連携
レイアの作戦とエドワードの活躍によって、アントを一匹ずつ倒していき、非常に良いペースで片付いていく。
そんなときこそ気を張らねばならない。リヴは緩みかけた気持ちをきゅうっと引き締める。
覗き見る隣の部屋には、アントが5匹。密着するように固まっているため、今までのようにケルが引き寄せようとすると、一気に5匹全てがこちらへ向かってくることとなる。となれば、防御力に富んだガード役のいない一行は、かなり厳しい戦いを強いられるだろう。
「うーん、どうしようか。」
レイアが首をひねった。さすがの知将も良い案が浮かばないらしい。
「さすがにレイアが5匹を迎え撃つのは無理だろうな。」
エドワードも腕を組んで唸る。リヴも同じように首をかしげて、良い作戦が無いかと思考にくれた。
リヴの背中をこんとつつく感触に目をやると、背の高いケルが肘でリヴを小突いていた。
「なあに?」
首をかしげて見上げると、ケルは顎でアントをくいっと示す。
「お前の範囲魔法で何とかならねえか?」
「は?」
ケルの顔を数秒見つめて、リヴはケルの意図を察すると目を丸くした。
「あの5匹を一斉に倒すってことですの?」
そんな大魔法を使えば、魔力を相当消耗するはずだ。巣の奥へ来て、これからクイーンも待ち受けているだろうというときに、正直大きな消耗は避けたい。
「ちょっとケル、クイーンとも戦わなければいけないのに、それは無理というものですわ。貴方だって良くわかっているでしょう?」
リヴの指摘にもケルは何も返事をせず、ニヤリとだけ笑って見せた。なにやら含みのある笑い方だと、リヴは押し黙ってその顔をまじまじ見つめ思考に更ける。
(ガード役がいないのだから、遠距離魔法で距離をとって戦える私は確かに有利よね。でも、ここがゴール地点じゃないのだから…。)
考え込んだ後、リヴはもう一度ふるると首を振ってケルを見上げる。
「遠距離魔法が効果的とはいえ、私一人ではだめね。私とケルの二人で連携するのはどう?」
リヴの言葉に、ケルが嬉しそうに歯を見せて笑った。
「おし、判ってるじゃんか。まずお前が範囲魔法でアントを凍らせる。でもあのアントのことだから、すぐに抜け出て襲い掛かってくるだろ。そこを俺がグサリ!ってな。」
リヴはケルをジロリと睨み付けてから頷いた。
「最初からそう思ってたなら、そうおっしゃいな。…なるべくケルの前に一匹ずつ到達するように、範囲魔法を調整しますわよ。」
その言葉にケルはさすが、と大げさに体をそらした。
「俺もかなりの殲滅速度が求められそうだし、お前も相当消耗するけど…。見たところレイアとエドも結構消耗してるから、終わったら一旦休憩だな。」
その言葉に驚いてレイアとエドワードに視線を移すと、薄暗い巣の中で見難かったとはいえ、二人とも額に汗を浮かべているようだった。
(くやしい、観察眼はケルの方が上手だわ。)
唇を一瞬横一文字に引き結んで、すぐに戻す。杖を右手に持ち、左手をゆるく添えた。
「…数秒ちょうだいな。私が魔法を放ったら、作戦開始ですわよ。」
薄暗いアントの巣に、ふいにひんやりとした冷気が漂う。
アントの一匹が振り返った。視界に暗闇にも目立つ赤毛の大男を捉えたのだろう、ギチギチという威嚇音を発し始めた。その音に、仲間のアント達も順に振り向き、呼応するように威嚇音をあげながら、こちらへ体を向ける。
最初の一匹がのそりと一歩前へ踏み出した。
「来るぞ。」
リヴの目の前で、ケルの大きな背中から低い声が響く。しかしそれに返事をせず、リヴは詠唱を続ける。空気が冷たく張り詰めて、リヴの柔らかな頬が、まるで引っ掻かれたような感覚と共に薄く凍って、体温ですぐに融ける。ケルはニカリと笑いながら、パンと音をたて両手をあわせた。
「ケル!」
レイアの心配そうな叫び声に、ケルは自信たっぷりの笑みで答える。
「おーっし、レイア、エド、俺たちの連携見せてやるから、ゆっくり休んでろよ。」
リヴを取り巻く空気が、銀色に輝く。空中の水蒸気が凍っているのだ。リヴの淡い水色の髪も、毛先に白い氷の結晶がついて、ふわふわと揺れている。
かつてここまで魔力を高めたことはない。今までの戦闘が、戦いでなく手合わせであったことを再認識した。
凍って重くなった睫毛をゆっくり上げて、リヴはゆっくりと杖を持ち上げる。それに呼応するように、ケルがジャリ、と音をたてて踏み込み、左に体を倒す。
眼前のケルが体を傾けたことで、リヴの視界に威嚇体制のアントが飛び込んだ。リヴは何の迷いもなくアントにむかって力強く、杖を降り下ろす。
「………はあっ!」
降り下ろした杖の先から細かな雪が、いや、それはすぐに吹雪に、氷の結晶へと変わっていく。
先頭のアントはあっという間に氷柱に飲み込まれ、続く二匹も下半身を氷に閉じ込められ、その場で固まる。
それら三匹を踏み台に、大きな体のケルが軽快に飛んだ。
くるりと宙返りをしたケルの右手にするすると蔦が生え、右腕全体を包み込む。くるくると回転しながら、ケルはリヴの氷魔法を逃れた残り二匹の方へ落下していく。
「っらあ!」
着地と同時に右腕を縦に振り下ろしたケルの目の前で、アントがゆっくりと真っ二つに分断された。その手には、鋼色に光る一振りの槍が握られていた。
ケルは滴を払うように槍を頭上でくるりと振り回し一回転させ、勢いよくドンと地面につけた。衝撃で柄がしなったその瞬間、槍が地面に吸い込まれるように崩れてなくなる。
獲物のなくなったケルの右腕の蔓がざわめいて、次の瞬間、鈍くぎらつくサーベルが現れた。ケルの十八番、土・植物魔法の連携による武器生成である。
二の腕の筋肉を浮き立たせサーベルを重々しく振り上げると、力強く踏み込んでもう一匹のアントに飛び込んでいく。まるで鞭のように、しなやかに全身の筋肉を使って、アントを一刀両断にする。
「…っしゃ。」
小さく呟いて振り向いたケルは、あわてて一歩大きく飛び退く。リヴが半分凍らせたアントが復活して目前に迫り、上半身を持ち上げてケルに襲いかかるところだった。
ケルが飛び退いた瞬間にあわせ、リヴは再詠唱した魔力を一気に解き放つ。
「いきますわよ!」
その掛け声と共に、空間を叩き切るように大きく杖を振った。
杖の先端が青白い弧を描き、その弧がそのまま氷の刃となってアントへ向かう。ケルに襲いかかろうという瞬間、背後からの氷の刃によってアントは左右に分断された。
その分断された間を抜けるようにケルが飛び出し、もう一匹のアントに切りかかる。
それを目で追うこともせず、リヴも杖に両手を添えながら駆け出す。最初の一撃で氷柱に飲み込まれたアントにバチンと左手を当て、
「ヤアアッ!!」
突き刺すように右手の杖を押し当てる。
杖の先端からビリビリと振動が伝わり、氷柱に、いやその中の凍りついたアントにヒビが入っていく。
ケルがアントを倒し、魔力で作り出した武器を消し去ったのが見えた。
(うまく連携できたわ。)
ほっと一息着いたリヴは、すっとヒビ入った氷柱に背を向け、後ろ手に杖を降る。
杖の先から小さな氷の粒が飛び出て、カンと音をたてて氷柱の中央に当たった。
ミシリ、という音がリヴの耳に届いた。
「ふふ、計算通り、ですわね。」
リヴが呟いて顔を綻ばせた瞬間、ミシミシと甲高い音をたて、蜘蛛の巣を張るように氷柱のヒビが広がる。
「まあまあの連携だな。」
額の汗を拭いながらケルがそう言ったので、リヴもふふんと笑顔を返し、そちらに向かって歩き始める。
リヴの後ろでは、あっという間に白いヒビが全体に広がった氷柱が、大きな音をたてて崩れていった。