魔法剣
レイアの指示に従って全員が配置につく。
リヴはレイアの後ろで、へばりつくように壁に背をあてて、前方のケルを見た。
レイアとエドワードがすっと手をあげて、準備万端だと合図を送る。それを見て頷いたケルと目が合ったので、リヴは一瞬だけ、頭を左に傾けて合図をした。準備オーケー、いつでも行けるわ、という意味だ。
それを見たケルが唇の端をピクリと上げて答える。
(安心しろ、ですって。)
リヴとケルとはずっとペアを組んでいるから、小さい動きでお互いの意図を伝えあう合図は沢山あるのだ。合図の意味に、リヴはこっそり口角を上げた。
ケルが右掌を上向かせると、手の中でジャラリと硬質な音が鳴る。
魔法で出した小さな石つぶてをひとつつまむと、ケルは音もたてずにアントにむかって投げた。離れた場所にいた一匹の背に、ケルの投げた石が当たる。微弱な攻撃を受けたアントが振り向く。ケルは間髪いれずにその眉間にむかって石を投げた。アントは今度ははっきりと攻撃を認識したようで、スルスルとこちらへ向かってきた。
「来たぞ。」
目の前のレイアが呟いて剣を構えたので、リヴも腹の底にグッと力をいれる。エドワードも反対側の壁で、スラリと例の美しいフォームで剣を構えている。
「レイア!」
向こうからケルが声を張った。
「こいつら知能は低そうだ。仲間が戦っている状態を目視しない限り戦闘モードに入らない。」
言いながら、アントを上手に誘導している。他のアントを見れば、仲間が戦闘モードに入っているというのに、全く気づく様子もなく部屋の中央で固まっていた。
「了解、他の仲間から見えない位置まで誘導するぞ。リヴ、遠距離魔法で頼む。」
「判りましたわ。」
リヴは頷くと、杖の先に魔力をこめながら、走って部屋の入り口まで戻る。ケルが石を投げつつ引っ張ってきたアントが部屋を横切ったところで、杖の先から氷の矢を放った。
「ヒット! いいぞ!」
氷の矢はアントの後ろ足に命中した。その本格的な攻撃に、アントの敵意がケルからリヴに移る。アントはリヴを攻撃対象として狙いを定め、ジリリと音を立てながら姿勢を低くした。
前足を振り上げ、ギチギチと音を立てて歯を鳴らすアントとリヴの間に、颯爽とレイアが割って入る。振り上げたアントの前足とレイアの剣が、キィンと高い音を立ててぶつかった。
当初の作戦どおりだ。
「レイア、俺の技が決まるまで耐えろよ。」
エドワードがアントの背後に駆け込んでくる。走りながら、剣を一度だけ大きく左へ構え、地面と平行に滑らすように、まるで空中を横に切るかのように切っ先を流した。その切っ先から、熱風を携えた炎が巻き起こる。
炎はみるみるうちに大きくなり、爆風を上げながらアントの背後に迫る。
「ちょっ、私たちも巻き込む気ですの!?」
リヴは急いで氷壁を繰り出し、アントとレイアの間に張った。
ドォンと大きな音を立てて、荒れ狂う炎と氷の壁がぶつかり、次の瞬間、粉々に砕け散った氷のつぶてがあたり一面に散った。アントの姿は無い。木っ端微塵になったようだ。恐ろしい威力である。
「エド…、やりすぎ。」
レイアが笑いながら剣でエドを示す。エドワードはあれ?と肩をすくめて笑った。
「ごめん、ちょっと気合入れすぎちゃったみたい。ま、リヴのおかげで無傷でしょ? ヨカッタヨカッタ。」
「いいわけないでしょう、全くもう。」
リヴはぷんぷんとエドワードを睨む。
「火魔法が使えるなら、最初からそう言いなさいな。アントの弱点は火ですのよ。それに、そんな魔力を一気に使うとこの先…。」
たたみかけるように言葉を投げるリヴを、レイアがまあまあと抑えた。
「リヴ、エドは魔法は使えないんだ。…ちなみに俺も。」
「え?」
その言葉に、目をぱちくりと瞬かせる。
「じゃあ、今の火魔法は?」
確かに、エドワードの剣からは爆風を巻き起こすほどの炎が起こっていた。あれは見間違いではない。
困り顔のリヴに、レイアが肩をすくめて説明する。
「あの剣、エドのあの剣ね。たぶん、魔力を刻み込んだ魔法剣みたいだな。」
「魔法剣!?」
思わず声が大きくなってしまったリヴは、あわてて周りを見渡した後、レイアに向かって今度は小声で問いかけた。
「あんなに強力な魔力を刻んだ魔法剣だなんて、聞いたことありませんわ。それも、魔法の使えない方が行使してあの規模の炎が出せるなんて…。」
リヴの問いに、レイアはゆるりと目を緩ませて答える。
「うん。俺も魔法が使えないから魔法剣のことは調べたことがあって、良く判っているつもり。あの剣が本当に魔法剣だとしたら、国宝級の代物だよ。」
「国宝級って…………あ、もしかして!」
エドワードの肩書きを思い出したリヴは、シャンと小気味良い音をたてて剣を鞘に収めるエドワードを見やった。
彼はアイゼンバーグ王子。同級生の腰に国宝級の剣というのは首をひねるが、一国の王子殿下がとすれば、十分納得がいった。
「羨ましいことこの上ないよ。」
レイアがおどけた調子でつぶやいたので、そうね、とリヴも答えて笑う。
「おい、雑談もほどほどにしとけよ。次行くぞ。」
あきれたようなケルの声で、二人は気を戻し、顔を見合わせてもう一度笑った。
さて、と一息ついたレイアがコキンと肩を鳴らして答える。
「ケル、次々よこしていいぞ。何せこっちには、炎を操る素敵王子が居るからな。」
「ぷっ。」
リヴが噴出すと、エドワードが目を輝かせてこちらを見た。
「何、何? 俺のこと、素敵王子って言った?」
まるでそのお尻には、ぶんぶんと景気良くゆれる尻尾が見えるかのようだ。リヴは頷いて、エドワードを鼓舞する。
「そうよ。エドのお陰で大分温存できそう。頼りにしていますわ。」
エドワードの目がまあるく開かれ、キラキラとした星が飛んだ。
「おおっ! 任せとけ!」
ガッツポーズがこれまた絵になりそうなほど決まっていたので、リヴは面白くてもう一度噴出したのだった。