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地図を片手にしたケルが、暗い洞窟の曲がり角から颯爽と戻って、ニヤニヤと笑った。

「おいリヴ、可愛い赤ちゃん発見。」

彼は先頭で、道案内兼偵察役でもある。

こんな陰気な場所で赤ちゃんとは何だと、リヴは曲がり角から顔だけ出して奥の部屋を覗き、ハァーっと深いため息をつきながら杖を取り出す。

「あのねえ、可愛い赤ちゃんって………ベビーアントじゃないの。」

つまり蟻の幼虫である。

「何なに? ベビーアントって可愛いの?」

興味本意でリヴと同じように奥を覗いたエドワードが、それを目にした瞬間ガバリと大きな動作で目を離す。

「うげ、キモッ!」

一目散にレイアのもとへ走り、

「レイア、ヤバい。マジであれはムリ! だってこんな大きいブチュブチュが……ああー! 鳥肌が止まんねえ!」

身ぶり手振りを交えてベビーアントの気色悪さを伝えている。

(ブチュブチュ…)

エドワードの表現に、リヴはこっそりと笑いを噛み殺した。


「おいおい、普通、そういう反応はエドじゃなくてリヴがするところだろ。もうヤダー、エド君ダサーイ。」

そんなエドにケルが茶々を入れる。

大男のケルが腰をくねらせる姿には、さすがに笑いを噛み殺すことができず、リヴはぶぶっと吹き出した。

「イヤーン、エド、ブチュブチュこわいのぉー。」

リヴにウケたことに気を良くしたのか、ケルがさらにエドワードを茶化す。

「ケル、てめぇー!」

「何だよ、悔しかったらベビーアント倒してみろよ。」

「ぐうっ………」

二人の絡みは、まるで子供の喧嘩だ。

リヴはひとしきり笑った後、顔を近づけてにらみあっているケルの背を、まあまあと言いながら押して二人を引き剥がす。同じようにエドの背を、レイアがまあまあと言いながら押していたので、もう一度吹き出し笑った。


「リヴ、悪いけど、範囲魔法でベビーアントの数を減らしてもらえる?」

ふてくされるエドワードをなだめながらそう言ったレイアに、リヴはいいわよと即答した。

この流れでケルに振らないところが冷静で良い。

腰の後ろからすいっと杖を取り出すと、中級魔法の詠唱をしながらゆっくりと歩を進めた。

「おう、いってこい。援護してやる。」

ケルが人指し指と中指をくっつけて、リヴに敬礼のような合図を送る。了解の意味を込めて目配せをした後、長い詠唱を完成させると爪先に力を入れ、一気に奥の部屋へ飛び込む。

「やあッ!」

飛び込むと同時に杖を振るった瞬間、杖の先端が青白く光り、リヴを中心に冷気が吹き出でる。足元からパリパリと硬質な音をたてて部屋が凍っていく。あっという間に、部屋中が真白く霜で覆われた。と同時に、ベビーアントも霜で覆われ凍っていく。

杖の光が徐々に弱まったころには、ベビーアントのいた小部屋はすっかり氷漬けになっていた。

リヴははぁーっと深く息をつくと、肩の力を抜く。

「…皆、良いわよ。」

その声にまずケルが、次にレイア、最後に恐る恐るといった形相のエドワードがやってくる。

「おお、おおおお!? さっすがリヴ!」

部屋を見渡したエドは、苦手なブチュブチュが氷漬けになった様子にほっとしたようだ。ヘニャリと表情を崩した。

しかし、ケルがそれを許さない。

「エド、ほれ。」

何かをぽん、とエドワードの目の前に放った。

もちろん、それはエドの苦手なブチュブチュで。

「う、わ、おああ、お、わあああ!」

情けない声をあげ、両手をばたつかせながら後ずさるエドワードの背中をレイアが支える。

「な、何しやがる!」

逃げ腰になりながらも、何とかレイアの支えでケルに噛み付くエドワードと、エドワードにベビーアントを投げて渡したケルの二人を、リヴは交互に見やった。

「何しやがるって、お前、こんな攻撃力ゼロのベビーアントにビビッてたら、この試験クリアできねーだろ。」

ずいずいっと人差し指でエドワードの胸をつつきながら、背の高いケルがジロリとにらみ付けた。

「部屋中凍って室温が下がったから、動きやしねーよ。ほれ、その腰に下げた剣でスパっとやってみせろ。」

顎でエドワードの腰にさげた豪奢な剣を示す。

(ケルったら、わざとベビーアントを倒させて、苦手を克服させようって思ってるのね。)

一理ある、とリヴは口には出さずケルに同意した。全く攻撃をしてこないベビーアントに動揺されていては、この先エドワードが戦力外になる可能性だってある。四人で協力して先へ進まなければいけないのに、こんなことで足を引っ張られたら堪らない。エドワードの問題は、班全体の問題だ。

「おいレイアー!」

何とかしてくれと助けを求めるエドワードの声に、レイアはめずらしくケルのように不適な笑みで答えた。

「エド、腹をくくれ。」

「!?」

レイアもケルと同意見だと知ったエドワードが、ざっとレイアから一歩引き、そしてあわててリヴの隣へ逃げてくる。

「リヴぅ……!」

心底嫌そうにチラとベビーアントを見たエドワードに、リヴはさてどうしようかと微笑をくれた。しかし、レイアが追い討ちをかける。

「エド、実際の戦場だったら王子殿下のお前を守ってやるし、こういう役は全部引き受けてやるよ。でも、今俺たち四人は任務遂行するためのチームで、お前は守られる側じゃない。」

特別扱いはしてやらないと、すっぱり言い切ったレイアに、エドワードがぐうっと黙る。そうしてまだ未練がましく、助けを期待するまなざしでこちらをチラチラ見つめてきたので、リヴはにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「エド、がんばって! ベビーアントを一撃で仕留めるエドの姿、きっと格好良いと思うわ。」

コクンと首をかしげて見上げれば、エドワードは泣きそうな表情ではあったが、覚悟を決めたようだった。

「…わかった、わかったけど…。」

しぶしぶと腰の剣の柄に手を伸ばす。

「本当に嫌だけど我慢するから、この試験が終わったらリヴ、一緒に食事な。」

「は! お前!」

ちゃっかりデートの申し込みをしたエドワードに、ケルが大声を上げた。しかしエドワードも負けていない。

「王子様の俺がこんな嫌がってるのに、ベビーアントを斬らせるんだろ。そのくらいのご褒美があったっていいじゃないか。」

今度は動揺するケルに、不適な笑みでエドワードが答えるという、さっきと間逆の光景が広がる。そんな二人に、レイアがくっくと腹を抱えて笑いを噛み堪えていた。リヴは左手を額にあて、もうなんだかよくわからないと首を振る。

「…もう、いいから、さっさとやっちゃって頂戴。」

「姫、承知致しました!」

演技がかった台詞を叫びながら、エドワードがシャンと音を立てて剣を抜く。さすが王子殿下、宝物級の見事な剣だ。

その剣をモデルのような美しいフォームで構えれば、まるで一枚の絵画のようだった。相手があの、ベビーアントでなければ。

エドワードは額に汗を浮かべながら、そろりそろりとベビーアントとの距離をつめていく。

そうして呼吸を整える。

「………覚悟! でやぁー!!」

たいそうな気合を入れた直後、飛ぶようにエドワードが踏み込んで、ベビーアントに渾身の一撃を与える。ベビーアントはその攻撃に耐えられるはずもなく、あっけなくスパンと真っ二つに断ち切られた。



どうだ!とばかりに胸を張って振り向いたエドワードは、眉間に深いしわをよせたままのケルを挑発した。

「これでリヴと食事だな。ケル、羨ましいだろ!」

ケルの眉間のしわがさらに深くなる。レイアがむこうの方から声を出さずに唇の動きだけでリヴにメッセージを送ってきた。

(”頼む”って…。)

唇を読んだリヴは、苦笑する。別に食事をするくらいかまわないが、そんなことでケルとギクシャクするのは困る。試験に影響があったりしたらもっと堪らない。

(まったく、男の子ってよくわからないわ!)

ふんとひとつ気合を入れると、エドワードのもとへゆっくり歩いていき、褒めるようにトンと肩をたたいた。

「エド、上出来だったわ。約束ですもの、試験が終わったら一緒にお食事をしましょうね。班のメンバー四人、全員でね。」

最後はわざと意地悪な言い方をして、ツンと顔を背けてやったのだった。

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