新世界への誘い
ケイン教授の実技テストは、壮絶だった。
武器は切っ先や歯を潰してあるとはいえ、一歩間違えれば大怪我を負う可能性があるような激しい模擬戦闘が、リヴの前で繰り広げられている。
先ほどまでお馬鹿でお調子者だという印象だった彼らは、先ほど同様、ホゥ!とかヒャハー!とか、奇声を上げながら武器を振るっていたが、もうお調子者の気配は一切無い。あるのは命のやり取りをしながら、戦闘に楽しみすら感じているのではないかと思うほどの迫力。
「ウェスパー、4、3、4、2、4、5。」
「4、3、4、2、4、5。」
リヴはその殺気に押されながら、必死にケイン教授が言う点数を復唱し、書きとめていく。
「おーし、いいぞ。次。」
次に出てきた人物を見て、リヴは少しだけ緊張する。
体格の良い赤毛の男。ケル・ロアと、偽リストとのたまったあの学生だ。
はじめ、の声と共に、学生がケル・ロアに向かって切りかかった。
「デヤァァ!」
「うお、お前気合入ってんな!」
ひょい、と軽々ケル・ロアが避け、左手を素早く動かした。何の動きか、とリヴが疑問に思ったときには、学生の足がツルに絡め取られて転倒していた。
(植物魔法、ですわね。)
ケル・ロアがあまりに簡単に扱ったので、リヴは目を丸くする。詠唱も一瞬だったし、ただ見学している自分が理解できなかったのだから、実際対峙している相手はもっと驚いただろう。
「ッラアア!」
学生は、足のツルを強引に剣で切り自由の身となると、再び剣を構えてケル・ロアに向かう。大きく振りかぶってぶんっと振られたその剣を、ケル・ロアが身を屈めて避けた。切っ先に掠められた赤毛が、パラパラと宙を舞う。
「ん?」
ケイン教授が小さく唸った。リヴは目の前の戦闘に夢中で、その意味に気づかない。
「…。俺お前みたいな奴嫌いだわ。」
ケル・ロアが小さく舌打ちをする。
「うるさい! 俺だってお前みたいな奴!」
学生が剣を前に構え、突き指すようにして走りこんでくる。ケル・ロアがバックステップをしながら、パンと両手を合わせた。学生は、ケル・ロアの体に向かって剣を突き出しながらさらに走る。
「ばぁか! 後ろは壁だ! 串刺しになれ!」
「バカはお前だろ。」
壁に背をつけた瞬間、合わせた手を前に開く。開いたと同時に練習場中に熱気が走り、その熱気の衝撃によって飛び込んできた学生が吹き飛んだ。
「しょ、衝撃、派?」
リヴは驚いて声をあげた。
拳の風圧で蝋燭の火を消すとかいう、あれのすごいバージョンだ。あの赤毛の男、みんなのボス格だけあって、実力も相当らしい。
「そこまで!」
ケイン教授が合図をしたと同時に、吹き飛んで倒れた学生の元へ走り寄る。治療が必要なのだとふんだリヴは、足元に置かれていた救急箱に手を伸ばして立ち上がろうとし、ぴたりと動きを止めた。
ケイン教授は倒れた学生を放置し、打ち捨てられた剣を見ていた。
「あー、やっぱりね。この剣、歯潰してないな。」
地面に衝突した衝撃で脳震盪を起こしている学生を見下ろして、ケインは憎憎しげに言った。
「お前、相手がケルじゃなかったら大惨事だぞ。帝国大の俺の講義でナメた真似しやがって。単位はもちろんやらない。そして停学処分な。」
冷たく言い放って転がる剣を鞘に収めると、固まっているリヴにおおいと声をかけた。
「ケルの手が怪我してると思うから、治療してやってくれー!」
治療、と言われ一瞬ピクリと肩を震わせたリヴだったが、思い直して救急箱を手に取ると、たっと一目散にケル・ロアの元へ走る。
衝撃派を放った状態そのままで、後ろの壁に背をつけたままのケル・ロアは、駆け寄ってきたリヴを見てニカリと笑った。
「うわ、なに、お嬢様ヤらせてくれんの?」
「貴方って人は!」
睨みつけてから、ケルの体の様子を見る。壁にもたれた背中は無事。体にも剣での切り傷はない。両手の平が焼けただれている。
「自分の衝撃派で焼けどするなんて! 手を出しなさいな!」
おとなしく掌を上に向けて差し出したケルに向かって、リヴは右手を差し出し、口の中で小さく詠唱をした。するとリヴの右手から、雪のように細かな氷が舞い出でて、焼け爛れたケルの両手に降り注ぐ。最初は小さく出し、次第に吹雪のように威力を増して患部を冷やす。
右手で詠唱を続けながら、リヴは救急箱から軟膏を取り出した。リヴの氷魔法によって冷やされた患部に、軟膏を塗っていく。包帯を取り出してその上に巻きつける。
「まだ、熱いかしら?」
「ああ、またジンジンしてきた。」
「じゃあこれを。」
リヴが両手を向かい合わせると、手と手の間にキラリと氷のつぶが生まれた。それは徐々に大きさを増し、赤子の頭くらいの大きさとなる。その氷をさっとガーゼに包んでケルに持たせる。
「きもちいいー…。」
「この状態で、すぐに医務室に行くのよ。この程度の傷なら、ヒーラーに治癒してもらえば一瞬で治るわ。」
余ったガーゼやハサミを救急箱にしまいながら、ヒーラーでない自分をリヴは悔やむ。こういうとき、父や姉だったら一瞬で怪我を治療出来るのに。
そんな風に苦悩するリヴの眉間が、突然何かに突かれた。
「しわ。」
「はっ?」
驚いて意識を戻すと、リヴの眉間に、包帯まみれのケルの指。
「なな、な、何をなさって…?」
「いやだからさ、しわ。眉間にしわよってるぞ?」
「!!」
リヴはざっと後ずさりし、自分の眉間を抑える。
「ととと年頃の乙女にしわ、だなんて…! 貴方ってなんて失礼な人なの!」
「ぷっ」
狼狽するリヴに、ケルは噴出して笑った。
「お前、へんな奴。」
「ななな、なんですって!」
「治療、サンキュー。医務室に行って来るわ。」
リヴの怒りなどお構いなしに、その失礼な男は立ち上がってニコニコと歩き出す。リヴの出した氷を大事そうに抱えながら。
「そうそう、お前さぁ。」
途中で足を止めると、ケルは振り向いてリヴに言った。
「お前、氷魔法ほぼ無詠唱じゃん。アタッカーになれよ。」
「!」
驚きで押し黙るリヴを置いて、その男、ケル・ロアは颯爽と練習場を横切って出口へ向かう。ケイン教授がリヴに叫んだ。
「悪いが医務室まで付き添ってくれ。後の奴のテストが終わったら俺も行くから。」
「わ、わかりました。」
方向性がわからないとか、どうしたら良いかわからないとか。
そんな悩みを持っていたことなど忘れて、リヴは夢中で彼の背中を追った。