才能
班発表から数日。
卒業試験は滞りなく開催されていた。
四人はじめじめと湿度の高い蟻の巣を、奥へ奥へと進んでいく。
ケルが先頭を歩き、そのすぐ後にリヴ、エドワード、最後尾をレイアがという順番だ。
入り口からしばらく進んだ辺りから、リヴの膝たけほどの大きさのアントと遭遇し、バシバシと倒しながら一行は進む。
「米粒サイズの普通の蟻がこんなに巨大化するなんて…。魔力って使い方を間違えると怖いのね、気を付けなくっちゃ。」
さっと杖をふるいながらそう呟いたリヴに、ケルがハァーっとわざとらしい深いため息をつく。
「お前なあ…、そんな学術的見解してねーで、きゃあコワーイ!イヤーン!的な愛嬌でもだせよ。」
「……うるさいわね。」
可愛くない、と言われたようなものだ。リヴはむすっとしながらケルを睨む。ケルはヤレヤレと首を振りつつアントに向かって技を繰り出していた。
「仕方ないじゃない。どうやって普通の蟻がこのキラーアントになったのか、魔力はどうやって接種したのかとか、そういうことが気になってしまうんですもの。」
言いながら、壁沿いから五匹ほど群れをなして近づいてきたキラーアントに範囲魔法を放つ。五匹は一瞬にして氷の柱に閉じ込められた。
「それに、これだけ大きいと顕微鏡なしで細部まで監察出来て、昆虫図鑑の写真を見ているみたい。この個体はトゥリープアシナガアントに似ているわ、確か生息地は北部の水辺……興味深いわね。」
自分の範囲魔法で氷付けになったアントをじっと見つめるリヴに、ケルはハイハイと適当な返事をしつつ別からやってきた一体を蹴りとばす。
無駄口を叩きあいながらバシバシとアントを片付けていくリヴとケルの連携に、エドワードが唸った。
「んだよ、俺の出番が全然無いじゃんか!」
レイアが朗らかに声をあげて笑う。群れはは全てリヴの範囲魔法に、個体はケルの単体攻撃で沈んでいくのだ。
「すごいな。」
レイアの感嘆の声に、リヴは胸の奥に喜びを感じながら笑みを浮かべた。
「ふふ、わたくしたちアタッカーのペアですから。」
そんなリヴの明るい声に、アントに回し蹴りを決めたケルが続く。
「ベストな力加減で敵を倒す、しかも素早くってな。」
言うが早いか、すぐに次のアントへ飛び込んでいく。
「ええ。殲滅速度が無ければ命取りですもの。」
リヴも片目でちらとケルの向かう先を確認し、ケルの攻撃で倒せないであろうアントだけを、細い氷の矢で貫いた。
「なるほど。」
レイアが感心したように頷く。
ただの血気盛んな戦い好きに見られがちなアタッカーではあるが、実のところは非常に計算高く細やかな攻撃をしているのだ。
「今のリヴの放った氷の矢は、アントを一撃で倒せて、かつそれ以上余分の無い威力の攻撃、ってことだね。」
すぐに理解した上でそう纏めたレイアに、リヴは笑顔で頷いた。さすが、頭脳派のレイアだ。
「うわぁ、こいつら胴体切ってもまだ動いてやがる!」
エドワードが動揺した声をあげた。
「エド、こいつら胴体はダメだ。頭を強打するか、縦に真っ二つにすると良いぞ。」
アントの頭に裏拳を当てながら、ケルが助言している。ケルの一撃をくらったアントは、ピヨピヨと目を回してひっくり返り、動かなくなった。
(本当に、鼻が利くのよね。)
リヴはそんなケルを遠巻きに見て、ふうと息をつき笑う。
リヴが頭に詰め込んだ書籍の内容からアントを分析するのに対し、ケルは天性の勘で分析をする。その勘が馬鹿にならない。どうやって予備知識なしの状態から、あそこまで正確に弱点を見極められるのだ。
「…すごいな、ケルの奴。」
リヴの脳内を読んだかのように、レイアが呟く。リヴはこっくりと頷いて、言った。
「以前、うちの教授に愚痴ったことがありますの。ケルのあの勘はずるいと思いますって。」
レイアが興味深そうにリヴを見た。
「で、教授は何て?」
リヴは、仲間の三バカの様子を思い出し、ケイン教授の真似をしようと思ったがすぐにやめた。あの飄々とした爽やかさは難しい。そしてこんな場所でモノマネをしようと思うなんて、自分の図太さに内心驚く。
「リヴ?」
レイアにもう一度促されて、リヴは慌てて謝罪の言葉を口にする。仲間のことを考えると気が散漫するので、試験が終わるまで気を付けなくては。
一旦頭の中を整理してから、話をもとに戻す。
「教授はこう仰ったの。うん、ずるいよな。あれには俺も嫉妬する、……ですって。」
ケルに対するケイン教授の言葉だ。
「ぷっ…」
小さく吹き出した時、向こうの方でエドワードがアントに向かって剣を降り下ろした。ヒュンと刃が風を斬る音に続いて、エドワードとケルの声が二人の耳に響く。
「ケル、やった! 一撃だ!」
「だろ?」
満足顔の二人を見たレイアが、うんと頷いて纏めた言葉に、リヴは全身全霊で同意した。
「わかった。戦いの天才っていうのはケルみたいなのを言うんだな。」