表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/85

選ばれた理由

「教授、班構成について質問が。」

手を挙げたリヴに、今度は教授が頷いて先を促した。相変わらず目つきは鋭いが、苛立ってはいないようだ。やはり顔が怖いだけだったらしい。

「なぜ、班のメンバー全員が攻撃要員なのでしょうか。いくら他国の方とはいえ、王子殿下が怪我をするような事態も想定すると、ヒーラーが必要ではないかと考えます。」

リヴの言葉に、理事長が微笑みを深くして教授を見る。さあどう答えるかね、という言葉が聞こえた気がした。

教授は口を横一文字に引き結んで一瞬黙った後、おもむろに口を開く。

「…エドワードの師としての立場から言おう。」

教授がエドワードを呼び捨てにしたことに、リヴは大きく目を開いた。ここからは彼が王子だということは抜きで話すという意図だと察する。

「卒業試験は仕官後の任務を前提にしており、チームワークが必要不可欠。軍に仕官後の任務で、卒業試験のチームメンバーを希望する者も居るように、自分にあった仲間を見つけるチャンスでもある。ただし、エドワードは他国王子だ。仕官後の仲間を求めている学生からすれば、無意味なことこの上ない。」

確かに、彼は他国王子なのだから帝国軍に仕官などしない。

教授は、ハァ、とため息をついた。

「エドワード側も、留学中の他国王子という意識が強いからチームワーク系の成績が悪い。積極的にわが国の学生と意思疎通しようという気が無いのだ。そういった点を考慮して…。」

教授がレイアを指差した。

「まずレイア。奴と親しくパートナーであるお前は当然、同じ班だ。あの我侭王子を任せられるのはお前しかいないだろう。」

レイアが苦笑しながら、恐縮ですと頭を下げた。

「次にケル。お前は…」

「待った!」

教授に名を呼ばれたケルが、嫌そうな顔で言葉を遮る。

「そんなケツが痒くなる台詞聞きたくねーよ。俺はレイアみたく、エドとパートナー張れるほど意思疎通できちゃいねえし、奴が王子だからとか他国の人間だからっつー特別扱いに正直イラっとする。それに巻き込まれたことに、はっきり言ってムカついてるくらいだ。」

「ケ、ケル!」

思わずリヴがケルをたしなめると、ケルはリヴをチラと見て、ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向いた。

そんなケルに、教授が唇の端だけで笑って見せた。

「…お前のそういう性格をかって、選んだ。王子だからといって媚びるような奴と、まともなチームワークが組めるとは思えんからな。」

ケルが教授に認められている、という事実に、リヴは自分のことのように喜びを感じ、ニコリと微笑んでケルを見上げた。そんなリヴに、ケルは頭をかきながら、

「けっ。クサいこと言ってんじゃねーよ。」

と強がりつつ、全員に背を向けて壁にかけられたままの地図の前に行ってしまった。


「さて、残りのメンバー一人についてだが。」

教授は楽しそうに口角を上げながら、リヴをチロリと見下す。

「お前の言うとおり、ヒーラーをと俺も考えたんだがな。」

リヴはゴクリと喉を鳴らした。

普通ならヒーラーが収まるはずの場所に、それを押しのけてアタッカーであるリヴが納まった理由が知りたい。非常に気になる。

「…エドワード、レイア、ケル。俺の受け持つ近接戦講義の中でもトップクラスで、かつ、濃いメンバー三人と組ませられるヒーラーは、お前たちの代には居なかった。ヒーラー系学生の成績表を全部取り寄せて見たんだ。間違いない。」

教授は楽しそうに理事長の座る執務机まで進むと、理事長に失礼と一言声をかけてから、机の上の書類ケースをがさごそと漁る。

「そこで俺が着目したのが、これだ。」

一枚の紙きれを取り出して、リヴの目の前に出した。リヴは急いでそれに目を通し、顔から火を噴いた。隣に立っていたレイアも、首を伸ばして紙きれに目をやる。

「成績表ですか? ヒーラー専攻かな。…あれ? うわー、ひどい。不可ばっかり。」

レイアの言葉に、リヴはさらに頬を赤くしてレイアを睨みつける。この成績表には見覚えがありすぎる。教授からのコメント欄が決定的だ。リヴはぷんぷんと怒りながら、レイアと教授を交互ににらみつけた。

「レイア、お黙りなさいな! で、これが何だと仰るのです? 出来の良い三人の中に成績最悪の学生を一人入れてやろうっていう、そういうことかしら!?」

若干、挑発的になってしまったのは許して欲しい。過去の古傷をこんなところで大公開されたのだ。頭にこない方がどうかしている。

教授はにんまりと目を細めた。

「そうではない。この学生の不可以外の講義は全て座学で、成績も優だ。つまりヒーラーとしての考え方は満点と、そういうことになる。」

教授は書類ケースから別の紙を取り出して、ニマニマとそれを見つめた。

「この学生が今どこで何をしているのか調べて、驚いたよ。ケインを師としてアタッカーに転向しましたと。ヒーラーのはずがアタッカーに? ケインに聞いたら、ああこの子はケルのパートナーだよ、成績優秀だよ、なんて呑気に言いやがる。ケルにパートナーだ? あの一番の問題児と連携の出来るパートナー?」

その言葉に、背を向けていたケルがくるりと振り向いて、リヴを見つめた。レイアも、話の途中でさっきの成績表の主がリヴだと気づいたのだろう。教授とリヴをチラチラと見比べている。

「まあ、ケルのパートナーと聞いたあたりで、こいつにしようと俺の中ではほぼ確定したんだけどな。先日、卒業試験を抜きにした、卒業生全員の成績が出たので参考にしようと確認した。」

怖い顔の教授が、リヴの顔を見て、意味深ににいっと笑った。話の筋が見えず、ああこの人も笑えるんだ、などとリヴは見当違いなことを考える。

「いやー、笑った笑った。リヴ・リン・リスト、お前は何者だ? こんなもん、理事長に聞いても帝国大初だそうだ。卒業試験の成績が含まれて居ないが、そんなものではもうひっくり返らないだろうな。」

ぺらり、と教授が手の中の紙を裏返し、リヴの鼻先に突きつける。

ケルが足早にリヴの隣に戻り、その紙を見て、息を呑んだのが判った。

レイアは、おお、と小さく呟いた。

「全魔法系統の講義を全て受講する奴は居るが、これはお前が始めてだ。」

教授の突きつけた紙の右上に、リヴの名前。

紙の中央には火、水、土、と魔法系統が縦に羅列された表があり、各属性名の横に縦棒が綺麗に並んで…、いや、縦棒ではない。一番小さい数字だ。数字の1だ。

その欄の項目名は順位。全学生内での、成績の順位。リヴの順位だ。


「ヒーラーではないが、これだけ見識の深い学生なら安心だろうと踏んでお前に決めた。納得したか?」

リヴは黙ったまま、大学生活最後の成績表を食い入るように見つめた。

何度も、何度も見つめた。

なのに全然、頭に入ってこない。わからない。"1"って何だった? 良いの? 悪いの?


「ああ特に氷魔術の教授が、氷魔術の歴史のレポートが良かったと言っていてな。軍の広報雑誌に載せるらしいぞ。」

わからない。言っている意味がわからない。

リヴはリスト家の嫡子で、ヒーラーの素養なしの偽リストで、ケイン教授のクラスの中でもいつもビリで、努力で何とかなる座学だけで命を繋ぐ、ガリ勉の頭でっかちで。


ぐわんぐわんと頭の中で大きな音が響いている。

呆然と自分の成績を見つめながら固まるリヴに、執務机に座ったままの理事長が優しく微笑んで言った。



「リヴ・リン・リスト、貴方が今年の卒業生の、首席ですよ。」




呆然とその言葉を聞いているリヴの背を、満面の笑顔を湛えたケルが、バシンと力いっぱい叩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ