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理由

「はっはっは! 見事だ、リヴ・リン・リスト。」

突如理事長が高らかに笑ったので、リヴは驚いて視線を動かした。

「理事長!」

教授が止めるように理事長を呼ぶが、理事長は良い良いという風に手を振った。

「君たちの任務がなぜ、このような遠方になったのか、説明しよう。」

笑顔だった理事長の目が、細く開かれる。

「単刀直入に言おう。帝都近辺で、卒業試験に適した簡単な任務はある。しかし、一国の王子殿下の卒業試験として、商人の護衛のような単純すぎるものは却下したい。」

リヴの隣に立つケルが、理事長の前だというのに気だるく腕組みをして、ため息まじりに頷いた。

「なーるほど。商人の護衛なんて、襲撃が無ければタダの散歩で終わる可能性もあるからな。"帝国軍人のエリートになるための試験が散歩でした"なんて他国に知れたら帝国軍の面子丸つぶれ、ってことか。」

ケルの的確な、しかしあまりの砕けた物言いに、リヴは背中に冷や汗をかく。

「ケル・ロア・バフォーエン、口を慎め。それからその姿勢は何だ。」

予想通り教授に鋭く指摘され、ケルはへいへいとばかりに背筋を伸ばした。


理事長はそのやり取りに微笑をうかべてから、再び目を細く開く。

「そういうことです。エドワード殿下が自国に戻られた後、帝国大のカリキュラムがどうだったのか、という点は必ずかの国の教育機関に伝わるでしょう。故に、大学側としても少しばかり難易度の高い任務を用意しなければならない。帝都近辺は治安も良いため適切な任務がありませんでした。そこで範囲を広め適切な任務をと検討した結果、このような遠方に。良いですね?」

疑問系で聞かれたが、ノーとは言わせない言い方だ。リヴは静かに頷いて、唾を飲み込んだ。


「…理事長の仰ったとおりだ。」

教授がハーと諦めたようにため息をついた。

「ついでに言うと、帝国領の北東部というのも意味がある。レイア・ディオス、アイゼンバーグは帝国領のどちら側か?」

指名されたレイアが顔をあげて地図を指差す。

「はい。帝国領から見て西部です。南西部と言っても良いかもしれません。」

教授が頷く。

「そうだ。今回の任務地は、アイゼンバーグから見て帝国領の反対側にあたる。この意味は判るな?」

教授が三人を見渡した。

(つまり、アイゼンバーグが敵国となる可能性を考慮して、我が国との国境付近への情報は少しでも遮断したい、と。そういうことね。)

アントの巣の制圧、というのも頷ける。例えば、盗賊団の制圧のような任務なら、地の利等を考慮しなければならず、必然的に自国内の地の利をエドワードが知ることになってしまう。その点、アントの巣の制圧ならば、巣の中に入ってしまえば地の利も何も無く、制圧後は軍によって巣内部は埋めるなり破壊するなりしてしまうので、アイゼンバーグ側に役立つ情報は何も残らない。


対アイゼンバーグ、つまりエドワードを警戒するという流れに、リヴはこっそりとレイアの横顔を見た。彼は冷静な眼差しで地図を見ている。

(レイアとエドは、私とケルとは根本的に違うんだわ。私たち二人はお互いに肩を並べて、同じ夢に向かって進むことが出来る。でもレイアとエドは、自分達の意思と関係ないところで敵味方になる可能性だってある。単純な親友ではいられないのね…。)

自分とケルが敵対することを想像し、リヴは寒気を感じた。

そんなことは考えたくない。耐えられそうにない。

しかし、隣に立つレイアは、酷く冷たい目で地図に目をやっていて、動揺の色は全く見えない。彼は全てを受け入れているのだろうか。



三人は揃って無言だったが、それを承知の意と取って教授は説明を再開する。

「さて、前置きはこの辺にしよう。」

壁から下げた帝国領の地図の上に、別の地図を被せる。どうやら、リヴたちが向かうキラーアントの巣の地図のよだ。

「キラーアントの巣の制圧は、いたって単純だ。巣の最深部にクイーンアント、つまり女王蟻がいる。」

教授が地図の一点を示した。王冠のマークが描かれている。

ケルが前へ進み出て、入口にトンと指を当てた。

「入口から中に入り、キラーアントを倒しながら奥へ進み、最深部のクイーンを倒す、と。」

言いながらするすると地図上を指でなぞり、最深部の王冠マークの上でバツ印を描く様に指を動かした。

教授が頷く。

「そうだ。単純だろう?」

「深さはどのくらいっすか?」

ケルが地図を見たまま質問し、教授が答える。だいたい最深部に到達するまでに2時間はかからないだろうとリヴは予測する。休みながら進んだとしても1日でクリアできる規模である。卒業試験としては妥当な規模というところか。

「地図があるということは、下調べ済みということですね。」

レイアの指摘に、理事長が嬉しそうに微笑む。教授は表情を変えぬまま、そうだと答えた。

「他の学生に比べ難易度を上げる必要があるとはいえ、他国の王子殿下を行かせるのだ。実態不明の洞窟に潜らせるわけにもいくまい。」

教授は、ケルがバツ印を描いた王冠マークをトンと指差す。

「我々で巣の内部は調査済みだ。キラーアントの強さも、お前たち学生に十分こなせるレベルと判断した。この地図を頼りにクイーンを目指せば良い。」

なるほど、少しばかりの配慮はあるようだ。


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