表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/85

ほんのイタズラ

「リヴ。さっきから何をニヤついているの?」

馬車に揺られるリヴの頬が勝手に緩んでいることは、レイアにばれていたようだ。

「別に、何でもないですわよ。」

そっけなく言葉を濁しながらもリヴの頬はさらに緩む。


(イタズラ名目とはいえ、頬とはいえ、私自分からケルに…)

思い出して胸の奥が温かく波打った。

なんだかんだ言ってもケルが好きだ。

知らないところで自分のことを美人だと言っていたなんて知って、リヴの気持ちは本人が気づかぬまま、心から溢れ出していた。

(ケル………。)

右手を胸に当てて、ゆっくりと目を瞑る。

(今日私に頬にキスされて、どう思ったかしら?)

あの瞬間だけでも、ケルの頭の中がリヴのことで一杯になってくれていたら、もうそれだけで良かった。自己中心的な考えなのはわかっている。でも、止まらない。

明日や明後日がどうなるか、気まずくならないか、そんなことは頭のどこか隅の方に追いやられて、ケルへの愛情でリヴは満ちていた。



馬車の速度が落ち、ゆっくりと停止した。

(あら?)

リスト家についたのかと思い窓の外を見るも、見覚えのない景色。リヴは疑問に思いながら、隣に座るレイアを見る。

「少し待っていて。」

リヴの表情の意味を読んだのだろう、レイアがニコリと笑みをくれて馬車の外へ消える。

彼が外へ出るために開いた扉から、外の景色が見えた。鬱蒼とした木々が繁る中に、舗装された狭い道が続いている。私有地か公園だろうか。


しばらくして戻ってきたレイアに外へ出るよう促され、リヴは疑問符を浮かべながらもそれに従う。

「ここはどこ?」

「うん。」

リヴの問いには答えず、レイアは道の先を示した。

「その角を曲がって、右手を見て。」

「?」

意味がわからないまま歩を進め、言われた角を曲がって右手に視線を移したリヴは、はっと息を飲んだ。

小さな木製のベンチに、闇夜に目立つ赤毛のケルが座っていたのだ。


戸惑いがちにレイアを振り返ると、笑顔で手を振っている。どこから現れたのか、レイアの隣にはエドワードもいて、ぐっと親指を立ててみせていた。

(行け、ってこと……よね。)

二人にゆっくりと会釈をしてから、ごくりと唾をのみこんで、リヴはそっとケルのもとへ足を進めた。






足音だけでリヴだと判ったのだろうか。

地面をのぞきこむかのように、膝に両肘をついて身を屈めていたケルが、がばりと体を起こし、恐ろしいものを見るかのようにリヴを見た。

その表情を見て、リヴはようやく、さきほどのラウンジでの行動を、後悔した。



ほんのイタズラのつもりだった。

でもそれは、軽率な行動にちがいなかった。

リヴの顔を見て言葉を失っているケルが、何よりの証拠だった。



「あの……。」

視線に耐えきれず、考えもなく言葉を発したが、その先が続かない。

再び気まずい沈黙が訪れる。

どうしたら良いか分からず、リヴはその場に立ち尽くした。



沈黙を破ったのは、ハァーっというケルのため息だった。

「………………隣、座れよ。」

聞いたことのないケルの低い声に、リヴは背中がゾクリと震えるのを感じながら、黙って隣へと腰を下ろした。


怒っている。

それも、リヴの知っている怒る、とは次元が違う。ケルは本気で、心の底から怒っているのだ。

「ケル、あの…」

謝罪しなければという気持ちが先んじて言葉を発したが、ケルが右手をすっと上げてそれを止める。

謝罪すらさせない、許さない。そういう重い空気をケルは発していた。

「………お前は、ずるい。」

重々しく発せられたその言葉に、ビクンとリヴは肩を震わせる。

ケルを見たが、彼は真っ直ぐ前を向いていて、リヴとは視線をあわせてくれなかった。

「……最後まで黙って聞けよ。」

変わらず低く固い声でそう言うと、ケルは視線を前へ、どこか遠くを見ながら言葉を紡ぐ。

リヴは全身を緊張させながらケルの言葉に耳を傾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ