彼の友人
レイアに対近接の技を見てもらいながら、リヴは舌を巻いた。
アタッカークラスで頭ひとつ飛びぬけているケルと親しいだけある。彼は間違いなく、相当な実力者だった。
「距離をつめられすぎた際の回避方法で、こういうのはだめかしら?」
ノートのページをめくり、考えてきた技法をいくつかペンで示すと、レイアは黙ってそこを見た後、首を振る。
「三つ目は良いけど、一つ目と二つ目はダメかな。リヴは計算しすぎ。俺が相手だったとしたら、この技は避けられると思うし、こっちは足を取ればリヴは万事休すじゃない?」
「…確かに。レイアの仰るとおりだわ。」
リヴは大きく頷いて、レイアの指摘をメモする。
レイアがケルより強いかと問われれば困ってしまうが、間違いなく、ケルとは違うタイプの優等生だ。
ケルの強さは、その戦闘センスや生まれ持った体躯だろう。反面レイアは、リヴと同じく頭脳派。リヴのノートを見ただけですぱっと弱点を見つけるし、その弱点の解説もわかりやすく、リヴの脳にすんなり染み込んでくる。
「これは、俺なら技を食らってでも足止めに入る。けど、リヴが回避技として大技…例えば高度魔法を出してきたら、後ろに下がるね。」
「ありがとう! 参考になるわ!」
リヴがノートに文字を書き足すカリカリという音が、人気の無いラウンジに響く。
(ノートを持ち帰って、家でもう一度技を組み立てなおしましょう。それからケルに実際に手合わせをしてもらって出来栄えにコメントをもらって…)
この後の流れを考えていたリヴの頭に、ケルの姿がぽんと浮かんだ。顔をあげて、無意識に言葉を紡いだ。
「ケル、遅いわね。」
「うーん? まあ…こんなもんじゃないの?」
ぽつりと呟いただけのリヴの言葉に、レイアが頬杖をついて気だるそうに答えた。
「?」
こんなもんだ、という言葉の意味を図りかねてレイアをじっと見つめていると、リヴの視線に気づいたレイアがにっと笑った。
「リヴさ。気持ちは内緒のくせに、ほっぺにキスとか、結構大胆だと思わない?」
「えっ!」
その言葉に、リヴは頬を赤くする。そして動揺をごまかすように、強い口調で切り返す。
「そういう変な言い方はやめて。そんなんじゃないわ、ケルにはああいう薬が一番効くの。ああすると、このバカ!とかブス!とか言って、プリプリ怒って本気を出すのよ。さっきもそうだし、今日の講義だって、一番だったんでしょう?」
「ああうん、そう、だね。一番だった。」
そういう本気じゃなかったけどね、と付け足して、レイアが楽しそうに笑い、おもむろに立ち上がった。
「多分今日は戻ってこないと思うから引き上げようか。俺が送っていくよ。」
「え? でも…。」
何故だかわからないが、リヴは気乗りがしなかった。すでに時間も遅いし帰らなければ家族も心配するだろう。なのに何故だか帰りたくない、ここにいたい。ここにいて、戻ってきたケルと話したい。
「レイアの家はどちら? 私の都合に付き合わせた上に送っていただくのも悪いですし…。」
ラウンジの入り口を見ながら半分腰を上げたリヴに、レイアが笑う。
「大丈夫。リスト家だろ? 通り道じゃないけど真反対でもないから。」
ほらほらと促されて、後ろ髪を引く思いでキャンパスの出口に向かったリヴは、校門の近くに止まった一台の馬車にふと、目を留めた。
馬車の隣には、仏頂面の従者と思しき男性が立っており、こちらにむかって硬い表情のまま会釈をした。リヴも貴族令嬢ではあるが、大学には基本、徒歩でやってきている。従者付き馬車で乗り付けるようなのは、王族か大貴族くらいのものだ。
「……ごめんなさい、ひとつ聞いてもよろしいかしら?」
恐る恐る斜め前を歩くレイアに声をかけると、彼は変わらぬ笑顔のままで、ん?と返事をした。
「レイアの、フルネームを教えてくださる?」
「え? レイア・ディオスだけど。言ってなかったっけ?」
……聞いてません。
リヴは心の中で苦虫を噛み潰した。
帝国軍に通じている者であれば、ディオスという名を知らない者はいない。
この国に、ディオスという名の有名人は二人。一人は皇帝陛下の側近であり、帝国宰相。もう一人は父の、いやリスト家のさらに上官にもあたる大魔術師。そしてこの二人のディオスは夫婦である。夫婦にはリヴと同年代の息子がいたはずだ。
どう考えても、間違いなく、レイアはその超有名人夫婦の息子であり、大貴族の子息だろう。
「そ、そういう重要情報は早めに…。」
「あれ、ごめん。じゃあエドのことも知らないって本当だったの?」
続けざまの怪しい発言に、リヴは言葉が見つからず黙りこくる。レイアがこの国の大貴族だと知っただけでも恐れ多くてショックだったのに、まだ何かあるというのか。
黙ってしまったリヴに、答えは"知らない"だと察したレイアが解説する。
「エドのフルネームは、エドワード・ネル・アイゼンバーグ。うちの大学に留学中の、隣国の第二王子だよ。」
「お、王子!?」
二アリーイコール・バートンの彼が王子? え、何、王子ってセクハラするの? 王子って他人の彼女を横取りする生き物だった?
絶句するリヴをものともせず、レイアは馬車の扉を開けてリヴをエスコートしながら人の良い笑みを浮かべた。
「そう。でもあいつ気安い関係の友人を欲しがってるから、リヴも良かったら俺やケルのように、気安く接してあげて。」
馬車の隣の席に座り、ね?と笑うレイアを見て、リヴはヘナヘナと体の力が抜けていく。
(大貴族のレイアと、王族のエドワードさん? ケルは二人と友人、なんですのよね?)
アタッカー仲間なら容赦なく殴り飛ばしていたケルが、エドワードの茶々に最初は拳で応戦しなかった理由について合点がいった気がした。
それにしても、あのケルが、そんな高貴な人々と気安い友人になっているなんて。後から知らされたから流れで会話が出来ているものの、リヴの小さな心臓では、初対面で身分を知っていて声をかけたり、ましてや気安い言葉を交わすような友人になど、なれようがなかっただろう。
「……本当に、敵いませんわ。」
小さく呟いたリヴの言葉に、レイアは楽しそうに笑みを浮かべた。