ご褒美の?
「だーっ! もうお前、黙れ!」
さんざんエドワードにからかわれ続けているケルの堪忍袋の緒が、ついに切れたらしい。がばっとエドワードに掴みかかる彼を、銀髪君が再度止めにはいるが、今度は先程のようにすんなりとは止まらなかった。
ケルも本気で黙らせたい、ということだろう。
「不味いな。リヴ、何とかこのデカブツを止められない?」
腕を握ったり振りほどかれたりしながら声をかけてきた銀髪君に、リヴは少しだけ宙を見て考えた後、こくんとうなづいた。
「おとなしくさせれば良いんですのよね?」
「ああ、早めに頼む。」
リヴはそっとケルに視線を移した。
「ケル。」
リヴが頭に血がのぼっているケルに近づき名を呼んでみたが、ケルは怒りの形相でエドワードに掴みかかったままだ。
リヴには、ケルを大人しくさせる策がひとつあった。それを実行するには、もっと近づかなくてはならない。
「ケル。……ケール?」
掴みかかっているケルの袖に手を伸ばし、握ってユサユサしながらもう一度呼ぶ。
しかしケルはびくともしない。
「…ケル。落ち着いて。」
三回目の呼び掛けをしながら、リヴはケルの袖をぎゅっと引っ張った。そうして、大きな彼に向かって背伸びをする。
それでも足りず、つま先立ちになって。
ゆっくりと目を閉じて、そっとケルの頬に唇を押し当てた。
ほんの数秒だっただろうか。
ケルの頬から唇を離し、瞼を上げてケルを見たリヴは破顔した。
ケルは石化したがごとく固まっていたのだ。
エドワードも銀髪君もすでに離れていて。そこには固まるケルと、少しだけ照れるリヴ。
(だって、約束をしたものね。)
リヴは言い訳のように昼間の約束を思いだし、自分に言い聞かせる。
一番になったらチューしてあげる、というあれだ。
その約束があったし、ケルをおとなしくさせろと言われたから試してみただけ。変な気持ちはひとつもない。
そう言い訳して気持ちをまとめると、固まったケルを見上げてふふっと笑った。
「落ち着いた?」
にっこりと微笑んで見上げる。
(昼みたいに怒るかしら?)
様子をうかがうも、ケルは一言も発しなかった。ゆっくりと腕を上げて、リヴの唇が触れた頬を包むように手を当てた。
(あは、びっくりしたみたいね。)
悪戯成功。リヴの心はすっかり軽くなって、躍りだしそうだ。
ヒューという口笛の音にリヴが振り返ると、エドワードが満面の笑みで近づいてきた。リヴはそっとケルから離れ、再び銀髪君の隣に並ぶ。
バシンと大きな音を立てて、エドワードがケルの背を叩いた。
「---っ!」
その拍子にケルが我に返ったらしい。ばっと左手で口を覆う。そのまままた固まったのだが、みるみるうちにその顔が真っ赤になっていく。
「ケル、くそ、お前!」
バシバシと叩いているエドワードの腕を、顔を覆ったままのケルが右手で掴んで止める。何度か言葉を飲み込んで。リヴにむかってきっと牙を剥いた。
「ばっ…このっ……このバカ! 何すんっ…!」
「何って、約束したでしょう? 一番になったらチューしてあげますわよって。ふふ。」
照れて真っ赤になったケルに、勝ち誇ったように小首をかしげて笑顔を向けてあげると、ケルは言葉を失った後、
「ああああーーー!」
大声で叫びながら、だだっと大きな音を立ててラウンジを出て行こうとする。
「ケル、どこ行くの?」
楽しそうな銀髪君が背中に声をかけると、ケルはリヴに視線を向けないまま、
「うるさい! 走ってくるだけだ!」
そう言って、転げるようにラウンジから姿を消してしまった。
「俺付き合ってくるから、後宜しく。リヴまたね!」
エドワードが楽しそうに手を振りながら、ケルの後を追って行った。リヴはエドワードにぺこりと頭を下げて、嵐のように去っていく男二人を見送る。
そして、ふと気づいた。
「いけない。対近接戦の技を見てもらおうと思っていたのに…。」
ぽつりと出した色気の無い言葉に、隣の銀髪君がぷっと吹き出した。
「噂どおり、真面目なんだね。じゃあケルが戻ってくるまで俺が見ようか?」
「えっ?」
今日始めて会った相手に、しかも男性に、二人っきりで自分の勉強に付き合ってもらうのはどうなのだろう。そんな思いで答えを渋っていると、銀髪君がさわやかに笑った。
「ああごめん。ケルが良かったよね?」
「ええっ!?」
思いもよらぬ指摘に、リヴは声を裏返らせた。銀髪君はさらに楽しそうに笑っている。
「ハハハ! リヴを見ていれば判るって。ケルのことが好きだって顔に書いてある。」
「うそ!」
反射的に両手で頬をぺちんと隠す。隠してから担がれたと気づき、頬にぶわっと血が上るのを感じた。しばらく言葉を検討してから、そっと
「…………内緒にしてくださいね?」
とお願いをすれば、銀髪君は人の良い笑みのまま頷いてくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう。ええと…。」
「ごめん名乗ってなかった? 俺はレイア。」
銀髪君あらためレイアに、リヴはにこりと笑顔を向けて、もう一度お礼をする。
「ありがとう、レイア。…ケルが戻ってくるまで、技を見ていただいてもかまわなくて?」
リヴにしたら普通のことを言っただけのつもりだったのだが、レイアが再び噴出した。
「君って本当に真面目なんだね。ケルがストイックになるわけだ。」
「ど、どういう意味?」
レイアはにまりとほくそ笑む。
「…ケルに頼まれたし、内緒。本人に聞いてみたら?」
「まあ。」
ちょっぴり意地悪な言葉に、リヴはノートを開きながらはにかんで見せ、ふるると首を振る。
「それは、止めておくわ。私とケルは、家族みたいな関係なの。二人で憎まれ口を叩きながら、お互いに帝国軍一のアタッカーを目指すのよ。そんな関係をずっと続けていたいから、内緒なの。」
良いでしょう?と胸を張ると、レイアは少し肩を竦めて、リヴに聞こえないように小さな声で呟いた。
「………これは…ケル、がんばれ。」