戦場の花形
リヴを見つけた男子学生が視線をリヴに絡めた後、大きな声をあげた。
「おあ? お、お、女がいる!」
その言葉にチャンバラ状態だった他の学生たちも手を止め、視線を泳がせてリヴを見つけた。
「え? まじ?」
「うわ、まじ! まじでいる!」
「ちょ、まて可愛くね?」
「何、何ナニ? 何で? どういうこと?」
男達の視線が暑苦しくリヴに絡みつく。
(うわ、やだ、ちょっと何!?)
初めての経験に、リヴは背筋がぞわりと粟立った。お腹をすかせた肉食獣の群れの中に放り込まれた兎のような気分だ。ケインが説明をしようと、あーと声を発した時だった。
「ケイン教授!」
一番背が高くて体格の良い、あの赤毛の男がぴっと手を上げた。
「何だ、ケル・ロア。」
ケインが彼の名を呼ぶ。ケル・ロア。リヴは頭の中で先ほど見ていた紙束の、彼のページを思い出す。土魔法と植物魔法が得意、超好戦的、攻撃方法は体術。書かれていた情報が頭の中をよぎる。
ケル・ロアはちらりとリヴに視線をよこした後、にかっと人の良さそうな笑いを浮かべた後、とんでもないことを言った。
「そこに居る女子はご褒美ですか? 俺が一番の成績だったら喰っていい?」
「はっ、はぁーーーっ!?」
リヴは驚いて立ち上がった。ばさばさと音を立てて膝の上に乗せていた紙束が地面に落ちる。
(な、何を言ったの? この男、いったい、今、何を言いましたの!!)
全身の血が頭に上ってくるようだ。顔は真っ赤になっているに違いない。
その男、ケル・ロアの発言を聞いていた学生たちが、どっと大笑いした。ケル・ロア本人は相変わらずニカリと笑顔を浮かべている。
「ケルさん、やめろって!」
「女の子真っ赤になっちゃってる! かわいいー!」
「センセー、俺も喰いたいッス!」
リヴを放置してやいのやいのと盛り上がる男達に、ケインがはぁーっとため息をついた。
「お前達、こちらはリヴ・リン・リストさん。リスト家のご令嬢だぞ。そんな方を飢えた野獣みたいなお前らのご褒美にするわけねーだろ! 今日は助手をお願いして来てもらったんだ! 手ぇ出すなよ!」
このバカ者どもが!と怒鳴るケインに、学生達はまたどっと笑う。
と。ある一人がリヴの顔をみて、あっと言った。
「リスト家のご令嬢って、この子が噂の偽リスト!?」
途端に笑い声がやみ、その場がしん…と静まり返った。偽リスト、と影で言われていることくらい承知していたリヴは、ぐっと唇を引き結び俯いた。
ヒーラーの一族なのにヒーラーじゃない、偽者のリスト一族のリヴに偽リストという、自分にぴったりで滑稽なあだ名。言い返したいが言い返せない。
静まり返ったその場で、皆の視線がリヴに集まった。何も言い返せないリヴを見て、それが肯定の意だと悟ったのだろう。何とも気まずい空気が広がる。
静まったその場に、ガツッという鈍い音が響いた。驚いてリヴが顔を上げると、先ほど偽リストとのたまった学生が頭を抑えて蹲っており、その隣で涼しい表情のケル・ロア。
何が起きたのか見ていなかったリヴは、きょとんとしてその光景を見つめた。
ケル・ロアは涼しい表情で
「ケイン教授、もう始めようぜ。俺、うずうずして間違えて隣の奴殴っちまったみたい。」
と言って、わざと痛そうに、右手の拳を開いてヒラヒラと振って見せた。その様子に、静まり返っていた学生達が、再びどっと笑う。
ケインもその様子に苦笑しながら、じゃあ始めるか、と答え、悪戯っぽく笑う。
「成績が一番悪かった奴には、ご褒美に俺のキッスをやろう!」
学生達がげええっと声を出す。ある者など、本当に吐いているかのように、背中を丸めてオエエっと舌を出してみせている。その背中を撫でて介抱する者、もらいゲロのふりをする者までいる。
リヴは、目の前に広がる自分の全く知らない世界に、驚いて目を丸くすることしか出来なかった。下品で、粗暴で、それなのにちょっと優しい。お調子者がいっぱいいて、お馬鹿なのに見ていると何だか元気になるというか…。
そんな彼らが、戦場の最前線で戦うアタッカー。
命を燃やし戦う、戦場の花形なのだ。