強くて賢い
「エド、ストップストップ!」
本気まじりの手合わせを始めていたケルとエドワードの間に、銀髪君ががばりと体を入れた。
危ない!と一瞬全身を強張らせたリヴだったが、銀髪君は笑顔のまま上手にケルの拳を掌で受け止め、エドワードの足蹴りをガードする。
(わ、この人強い…。)
余裕の表情で、二人の攻撃を見事にさばききった銀髪君に、リヴは目を丸くした。
「んだよレイア。ケルなんぞに二股かけられるくらいなら、リヴだって俺と…」
噛みつくエドワードの言葉を、銀髪君がまあまあと遮ってくいっとリヴを顎で指し示す。
「エド。彼女、アタッカーだって。」
「レ、レイア!!」
にっこりリヴを見つめて言った銀髪君の名を、ケルが今日一番大きな声で怒鳴った。
「はぁ? アタッカー? だってリヴはどう見ても…」
エドワードが眉を片方だけ上げてリヴを見つめ、固まる。
そして。
「ああああああーっ!」
大きな叫び声を上げた。
(な、なに?)
自分の顔を見ていた人物に突如大声を上げられて、リヴは目をぱっちりと開いて固まった。
エドワードはリヴを指差して、唇だけをパカパカと動かしている。隣では銀髪君がクツクツと喉で笑いながら、人の良さそうな笑みでケルの肩をばしんと叩いた。
叩かれたケルの頬が、みるみるうちに髪と同じくらい真っ赤になった。あーとかうーとか、声ならぬ声をあげてガシガシと前髪を掻き回している。
(じょ、状況に全くついて行けていないのですけれど……。)
自分以外全員が言葉なくして通じあっている様子に、リヴは疎外感を感じた。
何だか非常に胸の奥がもやつく。
「リヴ、アタッカーってことは、ケルとペアを組んでるんだよね?」
銀髪君の爽やかな顔での問いにうなづくと、おお!と感嘆の声をあげたエドワードの首をケルが絞めた。
「お前ら余計なことは一切言うなよ!」
ガクガクとエドワードの頭を振りながら叫ぶケルに、リヴの胸の奥のもやつきがさらに増す。
「……ケル。そんなに動揺するだなんて貴方、影で私の変な話をしているんじゃないでしょうね。」
じとりと睨み付けてやると、
「はぁっ…ち、ちげーよ!」
とケルは返しながらも、そわそわと視線を泳がせている。
その様子に、やはり影で自分の悪口を言っているんだろうと結論付けたリヴは、口を横一文字に引き結んでむくれた。
「酷いわ………。」
思い付く限りの悪態をついてやりたいのに、リヴの口からはそれ以上言葉がでない。胸の奥がぎゅうっと締め付けられたように痛くて、何も浮かんでこなかったのだ。こんなことは珍しい。
黙ってしまったリヴに声をかけたのは、最も冷静な銀髪君だった。
「リヴ、誤解。ケルはいつもリヴのことを自慢してるんだよ。」
弾かれたように顔を上げて彼を見ると、銀髪君はにこりと微笑んでいた。
「レイア! 余計なことは」
「言わない言わない。」
必死に声を荒げたケルをものともせず、レイアは笑顔で続ける。
「俺のパートナーは強くて賢くて、そして美人だ、羨ましいだろ!…って耳にタコが出来るくらい聞かされてる。」
「えっ………」
リヴはぱちぱちと瞬きをした。
「強くて、賢くて………美人……?」
ゆっくりと口に出し、そうっとケルに視線を移した。
「……っ! いっ、言ってねー! 言ってねぇぞ! 何で俺がこんなブスのこと…!」
頬を赤くして、目を泳がせながら怒っているケルの肩を、がしりとエドワードが抱いた。その顔には、嬉しい楽しい面白い笑える、と書いてある。
「うん、ケル、判った。お前がシャイだということはよーく判った!」
「エドっ!」
「いやぁ、ヨカッタヨカッタ。お前もちゃんと男だったんだな。あまりに興味がなさそうにしてるから、もしやソッチの気があるのかと俺はお前が後衛をしているとき内心ケツの」
リヴの心臓がドキンと音をたてて、エドワードのしょうもない話を頭がシャットアウトさせる。
さすがのリヴにだって、この目の前の光景を見れば、ケルが照れ隠しで嘘をついていることくらい判る。
「ケル、貴方……。」
彼が隠していたのは隠れてリヴを誉めている自分だったのかと思うと、ふつふつと暖かい気持ちが湧き出でて。先程まで胸の奥でつかえていたモヤモヤがどこかへ行ってしまった。
(…何だか可愛い、かも。)
そう思えば自然と頬が緩み、口角が笑顔の形に上がる。
「ふふ。」
小さく笑い声まで漏れてしまった。