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鼓舞

「は? 今なんつった?」

スポーツドリンクを口から離したケルが、怪訝そうに眉をハの字にして、リヴを見下ろした。

「だから、対近接戦のための技を編み出したいの。」

「いや、それはわかるけど。」

なかなか首を縦に振ってくれないケルに、リヴはやきもきする。

「私ひとりで、こうじゃないかしら、これなら行けるわ、って考えても、実際試してみないと大外れのことだってあるでしょう? 近接戦が得意なケルの意見が欲しいのよ。」

「いや、それもわかるけどさ。」

困ったようにぽりぽりとケルが頭をかく。

「だからって、今日じゃなくたっていいだろ?」

「どうして? 別に今日は何の予定も無いって、さっき言ったじゃない。」

「いや、言ったけどさ…。」


ケルは廊下の向こうで待っている、リヴの知らない男友達にチラリと視線を送った。

今からケルは近接戦の講義である。遠距離魔法を得意とするリヴは、その講義は取っていないのだが、とにかく対近接戦の技を編み出すためにケルの協力を取り付けようと、講義に向かうケルを捕まえたところだった。


廊下の向こうの方で、黒い長髪の男と銀の短髪の男の二人が、ケルを待っているのだろう。壁にもたれてこちらを見ながら二人で会話をしている。

「近接戦の講義が終わるの、結構遅いと思うんだけど。」

「ああ!」

リヴはぱっと顔をほころばせる。

「大丈夫、"氷魔術の歴史"の講義のレポートを書かないといけませんの。そこのラウンジでレポートを書きながら待ってますわ。」

ね、いいでしょう? と言って首を傾げて見せると、ケルは諦めたように項垂れて、わかったよ、と肯定の意を示した。


「ありがとう、ケル! じゃあ、後でね。」

「はい、はい。」

ため息をつきながらケルがくるりと背中を向け、歩き出した。そのあまりの力の抜け具合に、リヴは申し訳ない気持ちになる。

(これから近接戦の講義でたっぷり手合わせだっていうのに、あんなに力を抜けさせてしまって悪いことをしちゃったわ…。何か、適当にからかって元気にさせてた方が良いかしら?)

昔ケルがわざと下品なことを言って自分を鼓舞してくれたことが、リヴの心の中に強く残っていた。逆上して、意地になって挑んで失敗したこともあったけれど、そのせいで頑張れたことも沢山あるからだ。

(あ、良いことを思いついたわ。)

リヴがひとり、悪戯っぽく笑う。

「ケル、待って!」

ケルの背中に向かって慌てて名前を呼ぶと、ケルは気だるい動きで振り向いた。ここまで力が抜けているとなると鼓舞のしがいがあるというものだ。

「まだ何かあるのかよ…。」

唇を尖らせて振り向いたケルに、リヴは最高級の笑顔と上目遣いを送る。

「講義がんばってね。今日一番になったら、ご褒美にチューしてあげますわよ?」

ね? と可愛らしく笑ってみせた。


(ほら、ここでケルがぐわーっと怒って……)

というリヴの予想に反して、中々ケルの怒号が飛んでこない。おかしいと思いよく見ると、ケルは固まっていた。

(あ、あら? おかしいわね…。これは鉄板だと思ったのに、外してしまったのかしら。)

困ったリヴは一瞬視線を下げた。

(鼓舞するはずが硬直させてしまって…。困ったわ、どうしましょう。)

そっと視線をあげてケルの表情を伺う。

「お前…。」

ケルは眉間にくっきりと深い皺をよせて、リヴを睨みつけていた。

(あ、これはまずい怒り方ですわ!)

リードがいたら、「まじ怒り」と表現するであろうその表情に、リヴは焦る。

「け、ケル、ええと…」

「言ったな、お前、二言はねえな!」

リヴの言葉を遮って、ケルが目を細めて睨みつけながら、ずいっとリヴの鼻先に人差し指を突きつける。

「へ?」

「わかった、一番だな。お前が言ったんだからな。いいか、忘れんなよ。」

ずいずいと何度も指差されて、リヴは目を回した。

何だか判らないが、ケルは怒っているようだ。


ケルはくるりと後ろを向いて、大股で歩き出した。

がっくり力が抜けた状態を脱したようだ。鼓舞は成功。しかし、リヴの予想と違って相当怒らせてしまった。

(これは失敗? 成功? 講義の後も怒っていたら困るわね。対近接戦の技を見てもらうはずが…)

「リヴ、忘れんなよ! お前が言ったんだからな! ブス! バーカ!」

だいぶ向こうまで歩いていったケルが、もう一度振り向いて、遠くからリヴを指差して怒っている。ブスだバカだとは失礼な。その言葉にリヴもカチンときた。

「うるっさいですわ! さっさと行きなさい! この、バカケル!」

売り言葉に買い言葉で、リヴもケルに向かって言い返し、ふんっと背中を向けるとダスダスとその場を去る。






「あ。」



ラウンジについて机に荷物を置いたところで、ようやくリヴは失態に気づいた。

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