彼女の素養
「アン、まだいけるわよね?」
リヴがアンを見ずに、堅い口調で言った。
倒れたアンは驚いたようにリヴの後姿を見たが、すぐに正気に戻ったのか、自らの足に治癒魔法をかけ始める。
「だ、大丈夫です。かすっただけで、もう治ります。」
傷口が塞がったアンが、自分の背丈ほどもある杖を支えにゆっくりと立った。
両足を地面につけ、足踏みをして、その場で跳び跳ねてみせた。もう大丈夫だということだろう。
リヴはそれを見て、にこりと笑った後、再び厳しい目でジュリアを見る。
全員が、ジュリアがわざと外してアンを攻撃したとわかっている。しかし、リヴはそこを責めなかった。
「ジュリアさん、今の平手でおあいこにして、仕切り直しましょう。次はちゃんと、オーブに当ててくださいな。」
続いてケルを睨みつけた。
「このバカケル。パートナーとしっかり作戦を練りなさいな。今のが作戦だとしたら、お粗末にもほどがありますわ。」
ケルは渋い顔をして肩をすくめた。
「…いや、こういう予定じゃ無かったんだけど…、悪かった。」
ケルが否定しなかったことが頭にきたのだろう、ジュリアは逆上した。
「う、うるさいっ! 作戦通りよ!ちょっと手元が狂っただけ!」
リヴは澄まし顔で肩をすくめて見せる。
「あら、ということはコントロールが苦手でオーブにあてるのが難しいのかしら? でしたら後方支援型ヒーラーとして戦術を組み立てなさいまし。」
リヴの言葉を挑発と受け取ったジュリアは激昂した。
「な、なにをこの…偽リストの分際で!」
怒り心頭なジュリアの暴言にも、リヴは心乱すことなくふうっと息をついた。そして一変、真剣な表情で顔をあげ、びしりと杖でジュリアを指す。
「……貴女という方は。みなまで言わないと判らないのかしら? 戦場の最前線で先ほどのような行動は命取りでしてよ。ヒーラーの貴女が、自分の命も、パートナーの命も危険にさらすおつもり?」
その言葉に、ジュリアは目をむいたままぐっと言葉をつまらせる。
リヴは氷のような瞳で彼女を見つめ、続けた。
「ジュリアさん、貴女の強みは強力な治癒魔法行使。今この戦場ですべきなのは、不得意な魔法攻撃でない。ここでヒーラーの貴女がすべきなのは、ケルと強力し、彼を治療し、私とアンを倒し、二人とも生還させるために知恵を絞ることです。」
ヒーラークラスの一同が、しんと静まり返ってリヴを見つめた。
「私は確かにヒーラーではない、偽リスト。…ですが、戦場では、偽だろうが本物だろうが関係ないの。戦場で私の容姿をみた敵方が、私をリスト家のヒーラーだと思えば、その誤解を利用して自軍に有利になるよう動く。貴女は私を見て、昔同様落ちこぼれと判断されたのでしょうけれど…」
リヴが杖をひとふりすると、目の前の空中に数えきれないほどの氷の粒が現れた。まるで宝石のように、キラキラと輝き宙に浮いている。
「私の本業はアタッカーです。ヒーラーの貴女がその私と張り合おうとなさるのなら、何を武器に戦うのかお間違いにならないことですわ!」
言うが早いか、リヴが杖を素早くジュリアに向けた。
氷の粒が、一斉にジュリアのオーブを貫く。
「きゃぁぁっ!」
両目をつぶって頭を抱えるジュリアの、全てのオーブが黒く変化していく。
リヴが力強く杖を振るうと、ひゅっと甲高い音がなった。
「私はもう、自分の役割を見失わないわ。」
戦線離脱するジュリアに、リヴが言い放った。……ジュリアを通して見えた、昔の自分への離別の言葉のように。
ヒーラークラスの一同は、静まり返って練習場のリヴを見つめていた。
彼女を偽リスト、落ちこぼれと言って笑った経験のある者は少なくない。
それが何だ。今目の前にいるリヴ・リン・リストは何だ。
一体何を持って偽リストだったのか。
今練習場の真ん中に立っているリヴは、確かにヒーラーではない。しかし、この中の誰よりも、ヒーラーとしての立ち回りを理解し、アンの実力や、対戦相手の特性を理解し、最大限に利用している。
対戦相手であり、自分たちのクラスでトップのジュリアに指導を下している。
その言動は至極的を得ていて、軍属ヒーラーを目指す自分たちにとって、背筋を正されることばかり。
リヴはそんな視線をものともせず、背中のアンに向かって張りある声で言う。
「アン、ケルの実力は私より相当上よ。胸をかりるつもりで全力でいきますから、全力でサポートお願いしますわね! もちろん、自分へのヒールも忘れずに!」
ケルを見て勝気な笑みを浮かべたリヴに、ケルもにやりと口角を上げる。
「もっとハンデやろうか?」
リヴが体制を建て直し、杖を構える。
「結構。遠慮致しますわ。……いきますわよ。」
「たっぷりほえ面かかせてやるから、かかってきやがれ!」
リヴの左足が、力強く地面を蹴った。