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ケイン教授と講義

薔薇の手入れが終わり、リヴは軽く湯を浴びる。

侍女が持ってきてくれた遅くて軽めの朝食をお腹に収めると、リヴは身支度を始めた。薔薇の手入れで少しだけ気持ちが前向きになった気がする。家に居ても気持ちは塞ぐ一方なのだから、外に出てやろうと思った。


「リヴ様、どちらに行かれるのです?」

エスメロードがやってきて、心配そうにリヴに声をかけてきた。リヴはバッグを持つと、にこりと微笑んで彼女を見た。

「大学よ。一人でうじうじ考えていても、答えなんて出そうにないもの。何かヒントが欲しいの。」

心配そうなエスメロードに大丈夫、と念を押すと、リヴはコツコツとヒールの音を鳴らして足早に廊下を進んだ。丁度玄関の近くで出かけようとしている父に出くわした。リヴは父を睨みつけるように目を細めて、ねちっこい声を出す。

「ごきげんよう、お父様。」

どこへ行くとも何をするとも一切を語らず、ぷいっと隣を通り抜けて家を出る。父が何か言いたそうな視線を送ってきたが、それに答えることも目をあわせることもせず、カツカツと石畳の上を駆けて、リヴは門を出た。



(気晴らしが大学しかないっていうのが、いかに寂しい人生かってことを体言してるみたいで、嫌だわ。)


心の中で愚痴を零しながら、帝国大のキャンパスを歩く。まだ講義やテストの残っている学生たちがワイワイと話しながら横を通り過ぎていく。本当は、マルシェで寄り道して買い食いしてみたりしたいのだが、お嬢様育ちのリヴには敷居が高い行為だった。同じ貴族令嬢の友人と気晴らしするとしたら、たいていどこかの屋敷でお茶会になってしまうので、そういった付き合いに誘える人物も居ない。


「あれ? 君は確か。」


突如声をかけられて振り返ると、先日、リヴの教授の部屋で偶然出くわしたケイン教授が立っていた。身軽な服装で、時間的に今から自分の講義に向かうところか何かだろう。

「ごきげんよう、ケイン教授。一年のリヴ・リン・リストです。」

ぺこり、と礼をすると、彼はリヴの頭のてっぺんからつま先までじろじろ見て、ふーん、とか、ほーとか、声をあげていた。

「あの、わたくしが何か?」

「よし、君、今から俺の講義を見学しに来なさい。」

にかっと笑顔で、突然そんなことを言われ、リヴは目を大きく開いた。

「えっ?」

「いやぁ、今からウチの一年の実技テストなんだけどさ、全員男でむさいったら無いんだわ。可愛い女子が見学してたら俺も奴らもやる気出るだろ? ってことで、協力してよ!」

「ええ?」

動揺するリヴを一切気にせず、ケイン教授はニコニコと笑ってリヴを連れて行く。強引さに驚きながらも、リヴはその場の空気に流されて、テストが行われる練習場まで来てしまった。



「ほい、これ。」

「は?」

状況についていけないリヴは、強引に、紙束をクリップで留めたものとペンを手に持たされていた。

「こ、これは一体何、ですか?」

「ただ座ってるのも退屈だろうし、俺の助手ってことで手伝ってよ。」

「はぁ…」

ぱらりと紙をめくると、テストを受ける学生の氏名と魔法属性などが紙の上半分に纏められている。下半分は、攻撃力、機動性、機転、などの近接に関わる項目だけが記載されており、白紙のチェックシートのようになっていた。

「俺が見て上から点数を言うから。」

「…承知しました。書記をしろということですね?」

リヴは状況を察して、こくりと頷く。チェックシートは良くできていて、数字を書けば良いだけになっていたので、リヴでも簡単に出来るだろう。頷いたリヴを、ケイン教授がちらりと見て微笑んだ。

「察しが良くて助かるよ。さて、そろそろあいつらが来るぞ。」

その言葉にあわせたかのように、練習場の入り口がガヤガヤと騒がしくなり、練習着に身を包んだ男子生徒たちがなだれ込んできた。


「うっしゃぁー、やったるぜぇ!」

「ヒャハ! お前を伸してやるからな!」

「お前こそ!」

ギャハハハハ、と下品な笑い声をあげながら、体格の良い男達が入ってくる。人数は10人程だ。ケイン教授の講義を取る一年生たち。つまりリヴと同級生の、前衛たちだ。王子様面した貴族男子としか接点の無いリヴは、そのあまりな様子に眉をぴくりと引きつらせた。


「今年のウチの学生は好戦的なのが集まっててなぁ。完全アタッカー希望者ばかりだから、華の年代になりそうなんだ。…まあ、全員男だから華は無いけど。」

ケイン教授が苦笑いしながら学生達の様子を見る。彼らは練習場に入るや否や、自習とばかりに手合わせを始めていた。


中でも最も背の高く体格の良い赤毛の男が、全員のリーダー格、いやボス、という方がぴったりだろう。子分のように皆を従えて、大きな声で笑いながら仲間と手合わせをしている。

(ああいうタイプの人って、あまり悩みなんてなさそう。羨ましいわ…。)

ぼんやりと彼を眺めながら、リヴはふうっとため息をついた。




アタッカーとは、アタック、つまり攻撃的行為を主に担う兵のことである。

通常の兵は皆基本的に、剣や魔術などの攻撃手段を持っているが、アタッカーと呼ばれる兵たちの攻撃力はずば抜けている。ただの近接、前衛とは格が違う。防御魔法や回復、陽動魔法などは他の兵に任せて、とにかく相手へ与えるダメージを大きくすることに重きを置いている。戦いの最前線に身を置き、危険を顧みず戦う。この国の名だたる英雄達も、大体がこのアタッカー。彼らは戦場の花形なのだ。

治癒魔法を主とするリスト家の人間とは、対極をなす存在である。



「………。」

奇声を上げながら楽しそうに手合わせをする粗暴な男達を見て、リヴは引いていた。リスト家と対極という以前に、リヴとは対極の人種である。何というか、不良、というのに近い気がする。

「ははは、ご令嬢の君には驚く光景でしょう? これが戦場の花形、アタッカー。リスト家のヒーラーがペアを組みたがる…ね。」

その言葉にはっとして顔をあげると、ケインは人の良さそうな笑みを浮かべてから、学生たちに声をかける。


「ウェスパー! そんなへっぴり腰で戦場に立っても一瞬であの世行きだぞ! リード、お前は左側に隙があるって言ったのに全然直ってねえな!」


優男面したケインがドスの効いた声をあげたので、リヴはさらに目を丸くする。ケインに声をかけられた学生が視線を持ってきて、はた、とリヴに目を留めた。


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