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昔の自分

練習場の更衣室に到着したリヴは、異様な光景を見ていた。

(じょ、女子更衣室に女子が…!)

普通なら当たり前の光景が、なぜリヴの目に異様に見えるのか。それは、ケイン教授に師事するアタッカー選考者に、女子がリヴ一人しかいないから。これまで女子更衣室を使うのはリヴだけだった。他人がここにいることに、少しばかり気後れを感じてしまう。

そしてふと、先日教授が言っていた言葉を思い出した。

(そういえば、合同練習をするって言っていたような。)



リヴたちは三年になっていた。今年で大学を卒業し、軍に入る。卒業試験は初歩的とはいえ軍の任務なので、そろそろ練習も本格的になるということだろう。


落ち着かない心持ちで着替えを終え練習場に出ると、いつもケルたち5人で占有しているベンチにわいわいと人が、それも女子学生が居るのが見えた。すっかり男所帯になれてしまったリヴは、何だか落ち着かない心持ちになってそわそわと周りを見回す。

すると練習場の真ん中で、いつもどおりケルとバートンが手合わせしているのが見えた。

(これだけ雰囲気が違っても、おかまいなし、なのね。)

良く言えば、周りの空気に飲まれない、ということだ。そんな二人を羨ましく思う。


「リヴちん、こっち!」

名を呼ばれて振り向くと、いつもの隣のベンチでウェスパーが手まねきしている。小走りに近寄ったリヴに、すでに座っていたリードが小声で言った。

「大丈夫? 変なこと言われたりしてない?」

「え?」

唐突な言葉に首をかしげると、リードが隣のベンチを顎でしゃくった。

「今日、ヒーラーと合同練習みたいだから。」

「あ。」

そう言われてようやく、リヴは見知った顔がいくつかいることに気づく。この場にいるのは、一年生の前期だけ所属したヒーラーのクラスだということに気づき、リヴは苦笑してリードに告げる。

「ありがとう、リード。元のクラスだって全然気づかなかったわ。」

リヴの言葉に、リードとウェスパーがほっとしたように表情を緩めた。


「リヴ様、お久しぶりです。」

ふいに声をかけられて、リヴは振り向く。水色の髪をした、優しげな顔の男がそこに立っていた。その顔をみて、リヴは顔をほころばせて彼の名を呼んだ。

「ディー!」

リヴの嬉しそうな顔に、ウェスパーとリードが顔をあわせたので、リヴは笑顔で二人を振り向き紹介する。

「ディーよ。私の従兄弟なの。こっちはウェスパーとリード。私のアタッカー仲間よ。」

従兄弟、つまり彼はリスト一族のヒーラーである。ディーは色素の薄い笑みを浮かべて、二人に挨拶をし、手を差し出した。

仲間、と呼ばれた二人は嬉しそうに笑顔になり、よろしく、と手を出す。

握手を終えたところでリヴが、ふと首をかしげる。

「あら、でもディーは私よりひとつ年下で…ヒーラークラスの二年生じゃなかったかしら?」

ディーがにこりと笑ってリヴを見る。信愛の気持ちがこもった暖かい笑みだ。

「ええ。今日はうちの教授の受け持っている、二、三年のクラスと、ケイン教授のクラスとで合同なんです。軍属ヒーラーの人手が足りず教授が召喚されたので、ヒーラークラスは二年も三年も教師不在なんですよ。それでこの合同練習に。」

そういえば南の国境沿いで大規模な衝突があり、ヒーラーの父も姉も最近慌ただしくしている。大学は帝国軍人をかねた教授も多いので、召喚されたのだろう。

なるほど、とリヴが頷いたとき、隣のベンチから、きゃあーっと黄色い悲鳴が上がった。

「何だ何だ?」

隣のベンチを見ると、女子が頬を赤くしてきゃいきゃいと飛び跳ねていた。その視線の先を見て、リヴは、ふうーん、と状況を察した。

手合わせをしているケルとバートンが盛り上がり、ド派手な大技を繰り出している。

「おっらぁ!」

「バートン、女子にカッコいいところ見せようって魂胆丸見え!」

「うっさいっす! 俺に華持たせて負けてください!」

「じょーだん!」

楽しそうに本気の手合わせをする二人に、ヒーラー女子がキャーキャーと声援を送る。

「うっわ、なに、あの男くさい二人の手合わせに声援もらえちゃうわけ?」

リードが悔しそうに言うので、リヴが笑う。

「うーん、ヒーラーの講義って手合わせが無いから、珍しいんだと思うわ。リードとウェスパーも、やってみせたらモテるかもしれなくてよ?」

リヴの言葉に、おおっとウェスパーが腰を浮かせたが、リードはどっかりと深く腰掛けていった。

「俺はやめとく。何か頭の悪い見世物にされてるみたいで、気分悪い。」

思わぬリードの発言に驚いてリヴが見ると、リードは何かを見つめているようだった。その視線の先を見て、リヴはすっと胸の奥が冷える。

そこには、不敵な顔でこちらを見つめている、リヴの元クラスメイト、ジュリアがいた。




(ジュリア。)

リヴは、苦いものを感じ、ぐっと奥歯をかみ締めた。

思えば、実技のクラスでさんざんリヴを小ばかにして、偽リストのあだ名をつけたのもジュリアだった。幼い言い方をすれば、ジュリアはいじめっ子だ。

(判りますけどね。同じ年代にヒーラーで有名な一族の嫡子が居たら、自分が霞んでしまうかもって心配になる気持ちも。)

アタッカーのクラスにも、有力なバフォーエン家の嫡子であるケルがいるが、ケルは皆から昔のリヴのような扱いは受けていない。

それはケルが皆を凌駕するほど強く、皆が俺らのリーダーと言ってはばからないほど慕われる性格だからだ。リヴだって、ケルがリーダーだと思っている。そこの度量が全く違った。

(あの頃の私は腐っていましたから、ケルほどの度量もありませんでしたし、さぞジュリアは苛立ったんでしょう。)

ふうっと忘却の彼方にあった昔を思い出し、リヴは目を細めた。


ケイン教授が入ってきて、うわー、と小さく呟いている。さすがの教授も、ヒーラー女子軍団の黄色い声援に戸惑ったようだ。それを見たリヴは、睨みつけてくるジュリアのことなど忘れて、ぷっと吹き出した。そのリヴを見たリードとウェスパーは、ほっと肩の力を抜く。

「大丈夫そうだな?」

「うん、今のところ。でもウェスパー、俺らできっちりフォローしよう。俺らのリヴちんをいじめるバカが出た日には…」

リードが、わざとらしくぶるりと震えて見せた。ウェスパーがうんうんと頷く。

「出た日には…? どうなるんですか?」

隣にたたずんでいたディーが、不思議そうに問いかけてきたので、ウェスパーが恐ろし気な顔をして、こそりと赤毛の大男を指差した。

「しーっ! リヴちんは俺らのリーダーの想い人なの! ケルさんが暴走したら俺らが止めないといけないんだから…、あ、お前、俺らが怪我したら治療頼むぞ!」

ディーはきょとんとした顔で、少し離れた場所に座るリヴの横顔を見た。


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