かみ合わない会話
「こっちこっち。」
階段を降り、すこし不安げに廊下を歩くリヴを、リードが手招きして呼ぶ。
足音をたてないように気をつけて近寄ると、リードが廊下からテラスへ続くガラス扉を開けて、リヴをエスコートした。
二人してテラスへ出る。少し冷えて湿っぽい潮風が気持ち良く、リヴはすうっと風を取り込む。隣を見るとリードも同じようにしていたので、可笑しくなったリヴは、片手を口許にあてクスクスと笑った。
「リ、リヴちん、その笑い方禁止!」
「え?」
ぴっと人差し指を出されて叱られ、リヴははてなマークを浮かべた。
「変だった?」
「ブーッ、違う。可愛いすぎるの! もうちょっと俺を警戒してよー!」
頬を膨らめたリードの言葉に、リヴは少し赤くなって、困ったように眉を下げた。
「…可愛くなんて。いつもブスブスって言われてますもの。」
ケルの意地悪な笑顔が浮かんで、胸がきゅんとなる。彼からは、一度も可愛いなんて言って貰ったことはない。
しょげてしまったリヴの頭を、リードがぽんぽんと撫でた。
「ったくケルさんは…。」
「なあに?」
「ううん、こっちの話。ね、リヴちんは告白とかしないの?」
「え?」
突然の恋愛話に、リヴは驚いて顔をあげた。自分の気持ちに気付いてからずっと恋愛モードなリヴの脳裏に、また意地悪なケルの顔が浮かぶ。
(告白? え? だって私の気持ちは誰にも言っていないわ。)
リードの顔を見上げると、意味深な笑みを浮かべているので、リヴは動揺した。
(もももももしかして、私の態度って、すっごく解りやすかったのかしら!?)
背中にじっとりと嫌な汗をかきながら、リヴは必死に笑顔を取り繕う。
「こ、告白って、私が、どなたに?」
リヴの反応に、リードがえーっと唇を尖らせる。
「なんだよー、決まってるじゃん。リヴちんが心を寄せている、"ケ"…」
「わあああっ!」
リヴは両手でリードの口を押さえ、一文字目以降の情報漏洩を防いだ。
(な、なんでバレていますの!? やだやだもう、恥ずかしすぎて死んでしまいそうですわ!)
大混乱に陥るリヴは、ぶつぶつ唱えながら自分の世界に浸る。
「ぷはっ。そんなに慌てなくても、自分で教授が好みって言ったじゃんかよぉ。」
そんなリードの呟きは、リヴの耳に入らない。先日リードに聞かれて答えた好みの男性である、"ケ"イン教授のことを言われているなど思いもしないリヴの乙女心によって、この食い違いは解消されないまま会話は続いていく。
「そんなに必死になるってことは、リヴちんマジで好きなんだ。"ケ"のこと。」
「うっ…。」
ぼっと顔を赤くしたリヴに、答えを得ずとも察したリードは、うーんと言いながら外を見つめた。
(ヤバい、ちょっとカマかけてみるつもりが…。これはケルさん大ピンチだぞ。)
こちらもバレないよう、じっとりと嫌な汗を背中にかいている。
と、リヴが観念したように、ぽつりと話し出した。
「こ、告白なんて無理…。嘘って言われてバカにされるもの。」
内緒よ?と念を指すリヴに、リードはうんうんと大きく頷き情報をまとめる。
(攻めるつもりは無いみたいだな。ってことはケルさんにもまだチャンスはありそうだ。)
ほっと胸を撫で下ろす。隣のリヴに、何とかしてケルを良く思ってもらおうと、言葉をかける。
「まあさー、俺ら皆リヴちんのこと好きだし。ケルさんなんて、リヴちんが教授のことが好きって知ったら戦いを挑んじゃうくらい大事に思ってるみたいだし。」
「え?」
リヴが驚き顔をあげたことにリードは気づかない。腕組みをして、うんうんと自分の言葉に相づちを打っている。
「だからさ、あー、何だ、その……。元気なリヴちんが可愛くて俺も皆も大好きだから、いつでも俺らを頼ってよ。」
言い切ったリードは、話の大筋がおかしくなっていることに気付いた。慌ててリヴを確認すると、少し赤い顔でぼんやりと空を見つめている。
「ケル、が? ほんとう?」
確かめるようなゆっくりした声音。
「ん? ケルさん?」
「…だいじ、って。」
「ええ?」
リードは不思議そうに首をかしげる。
(良く判らないけど、ケルさんをアピールする大チャンス?)
リードは目を大きく開いて見上げてくるリヴの手を取った。リヴがぴくりと身を震わせる。夜の潮風が、下ろされたリヴの髪をさらう。にっこりと笑顔を浮かべて、リヴの横髪を耳にかけてやる。
「そーだよ、リヴちんのこと…」
リードを見上げるリヴの瞳が、うるうると揺らめいた。