リトルガーデン
あれから二日間、リヴは自室に籠もって過ごしていた。
考えども考えども、自分がこれからどうしたら良いのか、答えどころか方向性も見出せないでいた。
三日目の朝。ふと外を見ると、庭師たちがせっせと腐葉土を運んでいる姿が見えた。
「そういえば…」
リヴはふと、庭の一角に設けて貰った、自分の薔薇園を思い出す。薔薇はリヴの唯一の趣味で、他人に誇れる得意なことだった。
そろそろ暑さも増してきたし、自分の薔薇園も夏用の手入れが必要な時期になってきている。
リヴは手早く身支度をした。化粧はせず、髪だけさっとハーフアップにくくり、レースの部屋着から汚れても良い庭弄り用のズボンとシャツに着替え、エプロンを身に着ける。およそ貴族令嬢とは思えない服装だ。
1階に設けられたリヴの部屋からは、そのまま庭へと出られるようになっているので、クローゼットからモスグリーンの長靴を取り出すと、ベランダの窓を開けた。途端に部屋の中から飼い猫のチャコが風のように飛び出す。庭の向こうからバウバウと吼えながら番犬のジェニファーが駆けてきて、子猫と大型犬が仲良くじゃれ合い出す。
(ずっと外に出てなかったから、チャコちゃんも寂しかったのかな…)
その様子を見て、リヴは目を細めた。
リスト家の庭は広大で、何人もの庭師が働いている。
リヴはベランダの隅においてあったバケツとスコップを手に取ると、庭の隅にある一角でバケツの中に藁を入れる。そのまま、手入れされた芝生の上を、さく、さく、と音を立てながら歩き、植え込みに囲われた小さな薔薇園へとやってきた。
そこはリヴが好きなように薔薇を育てている薔薇園だった。ひとりの庭師がリヴの姿を見つけ、立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「お嬢さん、体調を崩されたって聞きましたけど、もう大丈夫なんです?」
「ありがとう。うん、もう大丈夫よ。薔薇が気になって来ちゃったの。」
「そりゃあ、良かった。薔薇たちも、お嬢さんが来てくれねえってヘロヘロで。」
ロイという名の青年は、汗の浮いた額をぬぐいながらニカリと笑った。もう30になろうかというその青年庭師は、リヴの薔薇園を預かってくれている。彼の親の代から庭師としてリスト家に仕えてくれており、父からの信頼も厚い好青年だ。
「おぉーい、お前たち。お嬢さんから勉強させてもらえよー。」
ロイの声に、歳若い庭師たちが近づいてきて、リヴの手元を見つめる。
「根元のあたりに藁をかぶせて、暑さから守るのよ。」
リヴは持ってきた藁を、一本の薔薇の根元に敷いた。若い庭師たちはその様子を見つめながら、なるほど、などと声をあげた。
「俺、もっと藁取ってきましょうか?」
ひとりがリヴに問いかけたので、リヴは周りを見回してからニコリと笑った。
「あの腐葉土でも代用できるから大丈夫よ。やってみて。」
「わかりました!」
リヴの手をまねて、他の庭師たちも薔薇の根元に藁や腐葉土を敷き始めた。
「私は剪定をしようかな。」
エプロンの前ポケットから選定用バサミを取り出すと、リヴは手際よくパチンパチンと古い枝を落とす。
何かに夢中になっている間は、憂鬱な気持ちは忘れることが出来る。リヴは一心不乱に薔薇を扱って、額の汗をぬぐう。リヴのためにロイがパラソルを持ってきてくれて、白い肌が日に焼けないよう日陰を作ってくれた。
「額に汗するリヴお嬢様、綺麗だよなぁ。」
「お優しくて気さくで、それでいて高貴で…。まるで薔薇のようだな。」
「ぷっ。お前中々詩人だな!」
「いや、でも思わねえ? あのリスト家特有の淡い水色の瞳と髪。あの色の薔薇があったら…」
「…あったら綺麗だろうな。」
「あんなお嬢様、他のどの貴族の家にも居ないだろうよ。」
「でも大学で上手くいってないらしくて。」
「聞いた。先日ご当主様がお怒りになったとか。」
「…お嬢様、おかわいそうに。」
リヴを心酔している若い庭師たちが、遠巻きにそんな会話をしていることなど、当のリヴは知る由もなかった。
「おいお前ら! 口じゃなくて手ぇ動かせ!」
「へ、へい!」
彼らを叱り付けるロイもまた、優しい眼差しで薔薇を見つめるリヴに視線を送ると、ふっと笑顔になったのだった。
植物についてはど素人ですので、間違い等ありましたらすみません。