監視者
「リヴちん!」
人だかりから離れて歩くリヴが呼び掛けられて振り向くと、リードが追いかけて来るところだった。
砂に足をとられながらリヴに追い付き横にならんだリードを、リヴは恨めしそうに睨む。
「…皆で私をダシにして、酷いわ。」
「ごっめんごめん! 皆リヴちんが好きなんだわ。」
だから許してね、と笑顔で言うリードの言葉に、リヴは赤面する。
(皆…? ケ、ケルも…?)
赤毛の憎たらしいあいつのしたり顔が脳裏に浮かび、リヴはぶるぶると頭をふった。
リヴが皆の元へ戻るのを嫌がったので、ちょっと話そうということになり、二人で浜辺を歩く。
「さっきさ…」
「なあに?」
言いにくそうに、リードが頭をかく。
「いいや、直球でいこう。リヴちんとケルさんって、デキたの?」
「は、はぁっ!?」
突然の衝撃的な台詞に、リヴは大きな声をあげる。それを見たリードが、ほっとしたように肩を下げた。どうやら今の質問をするために、力が入っていたらしい。
「あ、そういう反応ってことはデキてないんだ。」
「な、な、な!? で、できてませんわ! なんで私があんな男と!」
ふんっと息巻いたリヴの顔を、リードが少し心配そうに覗く。
「じゃあ、もしかして襲われたりしてない? ごめん俺さっきバートンの着替えに付き合って屋敷に行ってさ、俺の部屋って海向きにあって見晴らしが良いわけ。この辺りの一面が見下ろせるんだよね。で、あの小島の向こう側とかもよく見えて。」
リードの言葉を聞きながら、リヴはみるみるうちに真っ赤になる。
「ストップ! わかりました、誤解、誤解よ!」
全力で否定する。
あのヒモがほどけた一連の流れを、リードにすっかり全て見られていたなんて。数刻前に戻って歴史を変えてやりたい、とリヴは無意味な思いに囚われた。
「えー、誤解なの?」
リードがいたずらっぽく笑うので、必死に弁解する。
「私の水着のひもがほどけてしまって、その、ケルが直してくれようとしたんですの。それを私が勘違いして暴れたので、押さえ込むように…それだけ! それだけですわ!」
リードは小さく、うわーやるなぁ、なにそのオイシイ状況、とつぶやいた。が、恥ずかしさで大混乱中のリヴの耳には届かない。
「リヴちんってさ。」
勘違いだったみたい、と引き下がったリードは、気を取り直して質問を続ける。
「今、彼氏とか、特定の付き合ってる男って居ないんだよね?」
「え!?ええ。おりませんけど…。」
「よっし!俺らにもまだチャンスがあるって訳だ!」
「は?」
「こっちの話。で、好きな男とか、好みのタイプとかないの?」
「好みの…?」
好みのタイプと言われ、ぽんっとある人物の顔が浮かぶ。紳士で王子様面だが誰よりも強く、リヴにも優しい。
リヴは一瞬考えるようにした後、リードの目を見て言った。
「強いて挙げるなら、ケイン教授かしら?」
「はぁ!?」
リードがあんぐりと口を開けた。
「…おいおい、こういう流れなんだから、そこはケルさん、もしくは"リードみたいなやさしい人よ"とか言って欲しかったんだけど…」
難しい顔になってぶつぶつ唱え出したリードを、リヴは小首をかしげて見上げる。
「ごめんなさい、今何て?」
小さく早口で言われたので、リヴには聞き取れなかった。リードはすぐ笑顔になって、明るく答える。
「いや何でもないよ。…そっかぁー、教授は手強いなぁ。」
「? ねえ…、一体何の話?」
「何でもないって。そろそろ戻ろうか。午後の手合わせが始まるよ。」
「? そうね。」
誤魔化された感は否めないが、向こうの方でおーいと手をふる大男を見て、リヴはそそくさと歩き始める。
「あ、そうそうリヴちん。」
午後の手合わせも終わり、屋敷に戻ろうと荷物をまとめているリヴに、リードが近寄ってきて声を潜めた。
「なあに?」
周りを伺うようにした後、顔を寄せてくる。
「あのさ、次に水着のヒモがほどけたら、俺に結ばせてね。でないとあの小島でのこと…」
「!!」
驚くリヴに、にまーっと笑みを見せるリード。かああっと顔に血をのぼらせ言葉につまるリヴの背を、とんっと軽く叩いて、じゃあっと言うと、颯爽と屋敷へ戻っていった。
部屋に戻ったリヴは、荷物もそのままに大急ぎでソーイングセットを取りだした。
「ぜ、絶対に、二度とほどけないようにしなくては……!」
ケルに結んでもらった結び目が二度とほどけないよう、しっかりしっかりと、何重にも針を指し、糸を潜らせ縫い付けたのだった。