逃げる
マラソンと海水浴が日課になったある日の浜辺にて。
「じゃっじゃじゃーん!」
満面の笑みでバートンが小瓶を取り出した。あまりに嬉しそうなその様子に、リヴは良からぬものを感じて、そっと数歩後ずさった。
「バートン、何だそれ?」
ケルが小瓶のラベルを覗き込む。よりによってケルが絡むか、とリヴは眉を潜めたが時すでに遅し。ケルによってパンドラの箱が開かれた。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくださいました。これは日焼け止めです。ゴホン、えー今から、日焼け止めをリヴちんに塗るシアワセ者決定戦をぉー、行いまぁーーっす!!」
小瓶を掲げ、声高に宣言したバートンを見て、ウェスパーとリードが両手で口を押さえながら、ぶぶーっと吹き出した。
「はぁっ!? ちょっとバートン、何を勝手に…!」
リヴが大声で拒否権を振りかざしても、ノリノリのバートンと便乗したウェスパー&リードは止まらない。
「マジでっ!? やるやる! どうやって決めんの?」
「もちろん塗るってこういうのだよね? 砂浜にリヴちんが寝そべって、こう…。」
リードが寝そべり、何もない背中でブラの紐をほどくような仕草をした。
「きゃああああ!!」
想像だけでリヴは悲鳴をあげた。
「リード! お前らいい加減に…」
「え、ケルさん不参加!?」
「ぐっ…」
止めに入ったケルだったが、ウェスパーの突っ込みに声をつまらせた後、ギロリとリヴを睨み付ける。
リヴはすがるような気持ちでケルを見上げた。ここでこの三バカを止められるのはケルしかいない。
般若のような面構えで吐き捨てるようにケルが
「……………さ、参加だ!」
と叫び、リヴのささやかな希望は打ち砕かれた。
「け、ケル!」
「うるせー! さあどうやって勝負する!」
ケルの参加に、三バカが沸き立つ。
「…も、もう……もうもうもう! 皆キライ! サイッテー! 大キライですわ!」
捨てぜりふを残し、リヴは海に向かって逃げ出した。
とにかく、勝者が決まろうがどうなろうが、午後の手合わせが始まるまで逃げ延びれば良い。そう決めたリヴは、浜辺の喧騒を見て見ぬふりをして、程近い小島までひとり泳いだ。
こんもりとした岩が突き出ただけのそこは、泳ぎ疲れた際に休憩するのにピッタリだった。今は、その岩が浜辺にいる皆から姿を隠してくれる。
リヴは足先だけを水につけてパチャパチャしながら、砂浜で元気に走り回る仲間を見た。あのマラソンの後であの俊敏な動き。内容はともかく、皆ものすごいスタミナだ。自分も頑張らないといけない。そう考え、リヴは海に入って泳ぎだした。
灼熱の日差しの中で、冷たい海水は気持ち良い。海も綺麗で、リヴは疲れも忘れて水中遊泳を楽しんだ。
水色の髪が水中に舞う様は涼し気で美しいのだが、それを見るものは誰もいない。
水面に顔をだし大きく息を吸って、再び潜ったとき、リヴは何か解放的なものを感じた。
水中でふと自分を見て、リヴはゴボリと空気を吐き出す。大きな悲鳴をあげたのだが、そこは水の中。大きな気泡だけがいくつも頭上に上って水面で弾けた。
いつの間にか背中でリボン縛りした水着のヒモがほどけて、首のヒモだけで何とか体に残っている状態だった。乙女の上半身が解放されているのだ…!
慌てふためきじたばたと手足を動かし、もつれるように泳いであの小島に向かう。一刻も早く水着を直さねばならない。かなり必死に、それでいて慎重にリヴは泳いだ。
大体こういうときほどついてないものである。おおい、と声をかけられ見ると、ケルが心配そうな顔で泳いでくるところだった。溺れているように見えたらしい。
放っておいて!と心の中で強く強く願ったが、その願いは届かなかった。
「おい、何だお前溺れたのか!?」
到着したケルが、髪から水を滴らせながら言った。