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披露

リヴが必死にゴールした初日から、体力バカどもは海水浴を楽しんでいたらしい。ケルが玄関先にいたのも、遅れてゴールしたリヴを誘いに来ていたからだというのをリードから聞いて、リヴはがくりと項垂れた。

仲間たちとの体力に差があるのは知っていたが、ここまで見事だとかえって清々しい。


「それを認識させようと、あえてリヴがバテるくらいのペースだったんだけど、まさか走りきられるとは思わなかったよ。お前のその努力家気質には頭が下がる。」

そう教授に労われれば、あまり悪い気はしなかった。必死に走りきったのはあの賭けのお陰でもある。心の中でほんの少しだけ、あいつに感謝をした。


初日の鍛練はそのまま終了となり、翌日からは朝にマラソン、昼過ぎまで休憩、午後は砂浜で立ち回りなどの手合わせが行われることになっていた。

二日目もマラソンで限界まで体力を使ったリヴは、昼までの休憩時間を部屋でゆっくりと過ごした。明日からもそうしようと考えていたのだったが、勇者がそれを許さなかった。


「リヴちん! 今日の手合わせで俺が三勝できたら、ご褒美に俺と海水浴デートして!」

午後の手合わせのために浜辺に出てきたリヴに、ものすごい勢いで駆け寄ったバートンが叫んだ。

「えええ?」

声を裏返らせたリヴに、教授がアハハと笑う。

「最近バートンは不調だからな。引率者としてデートは許さんが、リヴ、仲間に協力してやれ。」

「きょ、教授!」

「水泳は全身の筋肉を使うから、良い鍛練になるぞ。」

「っ!」

「教授命令きたーっ!」

困って言い淀むリヴなど目に入らないバートンが、驚喜しながら上着を脱ぎ捨て叫ぶ。

リヴは頬を赤らめ、恨めしそうに教授をねめつけた。

「私をだしにするなんて、ひどいですわ…!」

「まあまあ。少しばかり俺の身も案じてくれよ。教授がリヴを独り占めしているだの、リヴに海水浴させてやりたいからもっと軽めにしてやれだの、二日目にしてそりゃあもう色々言われてるんだから。」

「なっ…」

驚いてリヴは教授と仲間を交互に見やる。

「ちゃんと水分とって、休憩しつつ泳げよ。そうだな、誰かに頼んでおくか。」

ぶつぶつ言いつつ、教授は不服顔のリヴを置いてさっさと向こうの方へ行ってしまった。

「教授の薄情もの!」

リヴの叫びは、波音にかきけされた。




「うおおー! やったー!」

両手を天高く突き上げて雄叫びをあげるバートンの足元に、仲間たちが倒れている。そのうちの独り。ウェスパーがぽつりと呟いた。

「エロスの力、恐るべし…。」

その日、バートンは無敵の5連勝をあげ、完全復活したとか。




「ううううー…」

夜。

リヴはベッドの上に広がる二枚の水着とにらめっこをしていた。

右の一枚はふわりとしたレースや、ひだの大きな裾が可愛らしい、白いワンピース型。

左の一枚は、赤い縁取りと水色の布地が夏を体現するような、装飾の少ないさっぱりとしたビキニ。

言うまでもなく、ケルに押し付けられたショッピングバッグから出てきたのは、左のビキニだ。あまりに大胆なそれに驚いて、逃げ道的に姉の水着を借りて持ってきていた。保険、というやつである。

リヴはそっとビキニを持ち上げた。赤い紐を首にかけて、ブラを胸に当てて、横の紐を背中で結べば完成らしい。大胆な水着だったが、色やデザインは姉のそれより自分に似合う気がする。

「わわ私ったら…。」

選択肢がビキニに傾きつつある自分に驚いた。

こんなのを身に付けて人前に出るなど、父が知ったら怒り狂って倒れそうだ。

でも…


「うん。買って貰ったし、一度くらい着ないと失礼…ですわよね。」

誰かに言い訳をしているような気がして、リヴは肩をすぼめて回りを見回した。




解っていた。こうなるのは想像済み。でも頭で解っていたことが現実目の前で繰り広げられ、リヴは真っ赤になってオロオロするしかなかった。

「うおおおー! リヴちん可愛い!」

「リヴちん! リヴちん!」

「海、合宿、万歳!」

ビキニで浜辺に現れたリヴを見るなり、三バカがワッショイ状態で喜びだしたのである。

「イイヨイイヨー」

「こう、ちょっと首かしげて!」

貶されるよりは良いのだが、野獣の群れに放り込まれた小動物の気分になるので止めていただきたい。何だろう、この恥ずかしさは。

ひきつった笑顔で固まるリヴの後ろから、ざくざくと砂を踏みしめる足音が近づいてきて、そのままリヴの横を通りすぎた。大きな影が一瞬、日差しを遮る。

「オマエラは!」

影の主がガツガツガツと小気味良いリズムで三人の頭にげんこつを落とす。三人は各々低く唸りつつ頭を押さえて崩れ落ちる。

「いってぇ…。」

「ケルさん、ひどいっす。」

「マジ殴り…。」

ケルはふんと鼻をならした。

「うるさい。お前もこんなやつら相手にするな、行くぞ。」

ガシリと腕を捕まれて、リヴは声に詰まる。

「ちょ、行くって!?」

ケルは振り向き、意地悪な笑みを浮かべた。

「水泳の授業だ。あの程度のマラソンでヘバってたらアタッカーになんてなれねえぞ。俺が徹底的にしごいてやる。」

「はぁ!?」

リヴの声など聞こえないと言わんばかりに、ケルはリヴの腕を引いてずんずんと歩く。波打ち際まで来ると、ぽいっとばかりに腕を放った。

「まずは水に体を慣らせ。」

そう言ってざぶざぶと海に入っていく。

「な、何なのよ偉そうに!」

毒づきながらリヴも続く。と。

「きゃあ!?」

突如ばしゃりと水をかけられて、リヴは悲鳴をあげた。顔をぬぐってケルをみると、したり顔でリヴを見下ろしている。

「な、何するのよ!」

「お前が遅いから、水に慣らしてやってんだよ。」

「余計なお世話よ!」

リヴの頭に、かあっと血が昇る。勢いよく両手を水に突き入れ、掌に魔力を込めながら掬ってケルにぶちまけてやった。

「うわ、冷た!」

思惑通り、ケルはリヴの氷魔法によって冷やされた海水に、ぶるると身震いする。

今度はリヴがしたり顔を浮かべる番だ。

「てめっ! やりやがったな!」

顔をぬぐったケルが、勢いよく水しぶきをあげる。





「ちょっとあの二人何やってんの?」

ぎゃあぎゃあと騒ぎながら波打ち際で水のかけあいをしているケルとリヴを見て、リードが言葉を漏らした。

ウェスパーが意味ありげな笑みを浮かべる。

「これ本人に言ったら殺されるけど、全くケルさんも可愛いとこあるよなー。」

ウェスパーに続いてバートンが恨めしそうに呟く。

「うう、俺のリヴちんが…。俺も水着のリヴちんと水かけっこしたいぞー!」

最後は結構な音量で叫んでいたので、リードが吹き出す。

「なあリード。違うって言い張ってるけどさ、どうみても、ケルさんリヴちんに片想いの図、じゃね? 協力してやろうぜ。」

バートンを放置して、ウェスパーがリードに提案する。リードは面白いおもちゃをみつけたような、にんまりとした笑顔を浮かべ、がしりとウェスパーの肩を抱いた。

「オッケー。全く俺らのリーダーは素直じゃねえんだから…。で、どうする? ケルさん押すの?」

「いや、それは死ねる。お邪魔虫作戦にしよう。担当はバートンで。」

「それ名案。」

「呼んだ!?」

放っておかれたバートンが、自分の名を耳にして嬉しそうに寄ってくる。ウェスパーが言った。

「バートン、好きなだけリヴちんに絡め。ケルさんにぶっ殺されないよう、よーく気を付けるんだぞ。引き際が肝心だからな。」

「え、まじで!? わかった!」

即答したバートンは、早速リヴの元へ走っていく。

残った二人は、ぼそぼそと何かを打ち合わせた後、背後からリヴに抱きつこうとしてケルに盛大に吹き飛ばされたバートンの元へ向かった。



なんだか知らないがケルと激しい水かけっこ状態だったリヴの背後に、わきわきと怪しい動きの両手を掲げるバートンがいた。

「リーヴちん! 俺にも水かけてーっ!」

ばしゃりと水音をたてて飛びかかってくるバートンが見え、リヴは声無き悲鳴をあげる。

「バートンーー!」

ケルが大声をあげてリヴとバートンの間に立ちふさがり、飛びかかってきたバートンを殴り飛ばした。ぐえっと踏み潰された蛙のような声をあげて、バートンが吹き飛んでいく。

「ケ、ケル…!?」

手合わせの時以上に容赦のないケルの攻撃に、リヴは慌ててバートンを追う。そのリヴの顔面に、ばしゃんと勢いよく水がかかった。

「げほっ!」

塩辛さにむせかえり、涙目で前を見ると。

「バートンの仇ー!」

「ケルさんのペアには負けないっすよー!」

ウェスパーとリードが勢いよくケルに水をかけている。

「うわっ、お前ら2対1は卑怯!」

「何言ってるんすか、そっちはリヴちんがいるんで2対2でしょ!」

「くっ! おいブス参戦しろ!」

「はぁっ!?」

訳がわからないまま、男三人と女一人が水かけ合戦をする。

突如、リヴの足元に波が巻き起こり、足を何かが引っ掻けた。

「きゃ!?」

「バートン様、フッカーツ!」

ざぶーんと白波をたてながら、リヴの足元からバートンが湧き出る。足をとられたリヴは、大きく体勢を崩して海中にひっくり返った。


バッシャーン、と水しぶきが上がった。

「うわ、ケツのでかさに比例する大波が。」

ケルがわざとリヴに聞こえるように呟く。

「なんですってぇー!」

ぽたぽたと水を滴らせたまま、水中から立ち上がったずぶ濡れのリヴは、怒り心頭のままケルに向かって魔術をはなった。

「もう怒ったわ!これでもくらいなさい!」

ケルの周りの海水がパリパリと音をたて、凍りつく。

「うわわわわわ!」

凍って身動きがとれないまま、じたばたと暴れるケルに向かって、ずんずんと歩み寄ると、リヴは右手を振り上げた。

「この、バカケルーーーー!」

ぱしーんという音と仲間たちの笑い声が、真夏の砂浜にこだました。

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