馬車
帝国首都にあるリスト家の屋敷を出たのは、日が昇る前。女子の荷物はどんどん増えてしまうため、纏めるのに苦労したバッグを持って大学へ集合し、教授の手配していた馬車に乗り込んで出発をした。
ケルと三人は、カードゲームをやってみたり、菓子を食べてみたりと、まるで修学旅行気分だ。そんな男たちにケイン教授が小言を漏らす。
「お前ら、到着して荷物を置いたらすぐ地獄の猛特訓始めるからな。なるべく眠って体を休めておいたほうがいいぞ。特にリヴ。」
「は、はい!」
急にケイン教授に呼ばれたリヴは、驚いてぴくりと反応した。
(ね、姉さまが変なこと言うからいけないのよ!)
チラリと横目で、隣の席に座るケイン教授の顔を盗み見る。
金髪で整った顔をしていて、一見優男風。所謂王子様面だ。しかし痩せて見える体は実際のところ筋肉質で、体力も気力も戦闘技術も、エリート学生なはずの仲間達を軽くあしらう程。年上なだけあって、大人っぽく落ち着いている。
「ん? どうしたリヴ。俺の顔に何かついてるか?」
「ふぁ? い、いえ! 何でもありませんわ!」
考え事をしながら、まじまじと顔を見つめてしまっていたようだ。あわてて目を反らして、リヴはえへんと咳払いをする。
(ちょっと素敵かも、なんて、私ったらどうしちゃったのかしら…。)
少し赤らんだ頬をこすりながら、リヴは窓の外の景色に目をやった。
(…眠りましょう。うん、それがいいわ。)
朝早かったせいで、思考回路がおかしくなっているに違いない。無理やりそう結論づけたリヴは、何としてでも眠ろうと心に決め、目を閉じる。馬車のゆれは心地よく、程なくしてリヴはこくりこくりと船を漕ぎ出した。
「うほぁー、ケルさんケルさん、見てください。リヴちん無防備な寝顔っすよ!」
ウェスパーがケルの肩をつついて、リヴを指差す。
「ほら、今隣に座ったら、もしかすると肩にリヴちんが寄りかかっちゃったりなんかして…。ほら席変わってもらったらどうです?」
にまぁっと頬を緩めてけしかけてくるウェスパーを、ケルは、若干頬を赤らめながらポカリと小突いた。
「いてっ」
「うるせーな、お前が座ればいいだろ!」
「えー、いいんすか? 本当に座っちゃいますよ。あわよくば膝枕なんかしちゃいますよ、俺。」
「おまえっ!」
右拳を振り上げたケルに、ウェスパーは両手でガードしながら、笑った。
「ほんっとにケルさん、素直じゃないんだから…。」
「はぁ? なんだそれ意味わかんねーし! 一応あんなブスでも女だし仲間だ、変なことすんなよ!」
両頬を真っ赤に染めながら、ケルが啖呵を切る。
「はいはい。判ってます。」
リードとバートンは、にやにや顔のウェスパーと、真っ赤になって怒るケルを観察しながら談義していた。
「なあリード、ケルさんってもしかして?」
「さぁ、どうなんだろうね? 聞いてもはっきりしねーんだよな。」
「協力すりゃいいのか、リヴちん狙っていいのか困るわー。男ならずばっとはっきり…」
「いや、そう言うなってバートン。ケルさん、あんなんなくせに、ちゃっかりリヴちんに水着選んで買ってやってるんだから。」
「え、まじで?」
「まじだよ。お前の水着を嫌がるリヴちんに、とにかくこれ買っておけって言ってさぁ。意外と隅に置けないよなー」
「はぁー…、もしや自分の気持ちに気づいてないってやつ?」
「かもね。なかなか頑固者だよ。」
「確かに。」
うんうん、と頷いてからリヴの方に視線をやった二人は、同時に
「「あ」」
と短い悲鳴をあげた。
こっくりこっくりと船を漕いでいたリヴが、馬車の揺れにあわせてぐらりと横に倒れ、隣に座っていたケイン教授の肩に寄りかかったのだ。
「ん? ああ、リヴ寝たのか。仕方の無い奴だなぁ。」
ケイン教授がハハハとさわやかに笑って、そのままリヴに肩を貸す。
(((わー、やべー…)))
ウェスパー、バートン、リードの三人が、恐る恐るケルの表情を盗み見ると、さも興味ないといった顔で窓の外を見ていた。
「あれ、不機嫌だよな。」
「間違いなく。」
「だから隣に座ればって俺言ったのに…。」
三人がそっとため息をついているなど露知らず、リヴは気持ちよく夢の世界に旅立っていた。