過保護
さて、リヴにとって難関なのは、夏合宿に保護者の同意が居る、ということだった。
厳格な父のことである。男だらけのアタッカーメンバーと一緒に泊まりというだけで、悪ければ却下、良ければ侍女一行を無理やりねじ込んでくるかのどちらかだろう。ストイックに体力づくりをしたいリヴは、そのどちらも避けたいところである。
しかしそんなリヴにも味方が居た。姉である。すでに成人しており軍のヒーラーとして第一線で活躍している姉に許可してもらえれば、父がどう思おうが関係ない。
リヴは帰宅した姉の部屋を訪ねて行き、必要な書類を渡しながら説明をした。
「…というわけで参加したいの。」
姉は真剣な顔でリヴが差し出した書類に目を通している。姉が味方だとはいえ、姉に却下されたら夏合宿は無しだ。自然と、説明にも力が入った。
「リヴの熱意はわかったわ。」
姉は書類から顔をあげてリヴを見ると、にこりと優雅に微笑んだ。
「じゃあ!」
「ええいいわよ。私がサインするわ。でもこれだけは言わせてちょうだい。」
姉の目つきが変わったので、リヴはごくりと喉を鳴らす。
「あの男には、気をつけるのよ。」
「へ? …あの男?」
誰だろう。リヴの脳裏に、まずバートン、その次にケルの顔が浮かんだ。
「あの男、ケインよ。ケイン教授!」
「は? 教授に気をつけろ、ですって?」
「そうよ!」
姉はぶんっと腕を振りながら、立ち上がった。姉の右手に握られたペンが、みしりと音を立てる。
「いいこと、リヴ。あの男は絶対、ぜったい、ぜーったい、あなたに気があるわ!」
「へ??」
今まで半年間、みっちり講義で一緒だったが、そんな気配は一度だって感じたことがなかったのだが…。首をかしげるリヴに、姉は部屋の中を歩きながら力説する。
「だってそうじゃない! リヴみたいな可愛い女の子を自分の弟子にするなんて、そうとしか考えられませんわ! ここぞと夏合宿に誘うなど…わたくしの大事なリヴに何かしたりしたら…きいぃぃ! 許せませんわ!」
「ね、姉さま? ケイン教授の研究室を選んだのは私で、別に教授が私を無理に入れたわけでは…」
「おだまりなさい!」
リヴは姉の説得を諦めた。とにかくサインはもらえるようだし、熱しあがった姉を止めることの出来る人間をリヴは知らない。多分、この世のどこにも存在しないと思う。
「まったく、何か対策を…そう、そう対策よ! 誰か! 誰かこれへ!」
机の端にあったベルを手にとり、姉は激しくそれを振った。普段、ちりんと優雅に音を立てるはずのそれは、姉の激しい扱いによってけたたましく音を響かせる。姉付きの侍女たちが大急ぎで部屋へやってきた。
「リヴの侍女に荷造りの指示を。貴方達はすぐに防犯グッズを用意して、それをリヴに持たせなさい。いいこと、一切の手抜きはわたくしが許しませんことよ。」
魔王のような威圧感を放つ姉に、侍女たちは返事をすると同時にさっと散っていく。この状態の姉に一切動揺しない彼女達は優秀だと気づいた反面、かなり過酷な職場なのだろうとリヴは内心、侍女達に同情した。
「リヴ!」
「は、はい!」
急に名を呼ばれ、心ここにあらずだったリヴの声は若干裏返った。
「十分、自衛するのよ。何かあってからでは遅いの。いいですわね!?」
「はい、よく判ってますわ。」
姉はリヴの返事に、満足そうにひとつ頷いた。
夏合宿参加の許可サインをもらった書類を胸に、リヴは姉の部屋を出た。扉を閉めて、ふうとひとつ息を付く。
(こんな過保護な暴走をされるなんて、偽リストのおちこぼれ時代の方が楽だったかしら…。)
そんな風に考えてから、少し、くすりと笑う。
「偽リスト、かぁ…。」
本当に、長く辛い時間だった。だったけれど、あの辛さがあったからこそ、今の自分が居るように思えた。自分でアタッカーを選んで、家柄や家族の意向に関係のない仲間が出来て、自分で夏合宿に行こうと動いている。
「ふふふっ」
自然とリヴの顔に笑みが浮かんだ。