買い物
「なあ、俺が悪かったって。クレープ奢るから機嫌直せ。ホラ。」
目の前においしそうなチョコクレープを突きつけられて、リヴはむっとしつつも、そろりそろりとそれを受け取った。
「こ、今回だけですわよ。」
視線を逸らしながらモゴモゴと言うと、クレープを持っていたケルの手が、リヴの頭をぽんっと優しく叩いてから離れた。
折角マルシェのウマイ店につれて来てもらったのに、変な意地をはったせいで楽しい会話もなくランチは終わってしまった。味は良かったと思うのだが、きちんと味わうようなゆとりがリヴには無かった。お店に対して申し訳ないことをしてしまったと、心の中で反省する。
クレープにそっとかぶりつくと、甘くてふわふわな生クリームと、ほろ苦いチョコレートの味、バナナの風味、甘酸っぱいイチゴの酸味が口の中いっぱいに広がって、リヴの頬が自然とほころんだ。
「…おいしい。」
小さくぽつりと漏らした感想を、ウェスパーは聞き逃さない。
「でしょー!? ここのクレープ、絶対チョコ好きのリヴちんが気に入ると思ったんだよねー。」
胸を張るウェスパーの言葉に、ケルが反応する。
「は? お前チョコが好きなのか?」
「え、ええ。…でもウェスパーに言ったことあったかしら?」
「んーん。リヴちん、いつも練習場に飲み物持ってくるだろ? 一年の冬に何度か同じ練習場で、ホットチョコレート飲んでるの見たから、チョコ好きなんだと思って。」
「うわ、すっげぇウェスパー。ストーカー?」
「こらこらリード君。観察眼が鋭いといってくれたまえ。」
何だか気恥ずかしくなったリヴは、黙ってもそもそとクレープを頬張る。マルシェで買い食いなんて、父親に見つかったら大目玉をくらいそうだ。でも、こうやって賑やかな場所で、賑やかな仲間と過ごす時間はひどく心地よかった。
「はい! 提案があります!」
クレープを食べ終わった頃、バートンが起立の姿勢で機敏に手を上げた。しゅっと風を切る音が聞こえそうなくらいだった。
「はい、バートン君。」
ウェスパーが指名する。
「夏合宿に持っていく水着を買いに行きませんか! 海水浴が出来る浜辺があるらしいし、暑いから1回くらい泳ぎたいです!」
リードがほーぉと呟いてから、皆を見渡す。
「という提案が出たけど、どうする?」
バートンは先ほど同様、起立の姿勢のままであったが、その目だけがキラキラと輝いている。
「いいんじゃね? 暑い盛りに走りこみをしたら熱射病とかになりそうだし、海に入って熱を冷ますのは良いと思う。リヴちんはどう?」
ウェスパーの論理的な回答に、遊びに行くんじゃないですわよ!と言おうとしていたリヴは、反論する材料をなくしてしまった。
「か、買い物くらいなら…。」
「決まり! 行こう行こう!」
バートンが万歳をして、すでにリサーチ済みだったらしい店の場所を、早口にまくし立てた。
その店は南国を思わせる内装に飾られ、天井も空をイメージしたのだろう、青い塗料が目に鮮やかだった。季節物である水着が沢山つる下がっており、試着室もしっかり完備されていた。
服を買うといえば、仕立て屋を家に呼んでオーダーメイドするリヴにとって、店頭にあるものを自分で選ぶショッピングは初めてだ。
「水着をお探しですか?」
男物と女物は別々の場所にあるため、一人きりになったリヴに、店員とおぼしき女性が声をかけてきた。店員に声をかけられることも初めてなリヴは、驚いてしどろもどろに答える。
「え、ええ。えっと、み、見ているだけですので…。」
「さようでございますか。お気に召したものがあれば、お気軽にご試着下さいませ。」
店員は百点満点の笑顔を浮かべてお辞儀をすると、リヴの隣からすっと離れていく。リヴのような客でもゆっくり店内を見れるよう、教育されているのだろう。その優雅な身のこなしに、リヴは感嘆のため息を漏らした。
気を取り直して、リヴは水着の棚を見渡す。赤、青、ピンク、緑、黄色、色とりどりの色、柄、形の水着が下がっている。
(多すぎて、全然選べないわ…。)
しばらくぼんやりと水着の大群を見つめていたリヴに、高揚した声がかかった。
「良かった! リヴちんまだ買ってないんだね!」
「へ?」
振り向くと、ニコニコと嬉しそうに頬を赤らめたバートンが立っている。
「え、ええ。まだ何も買ってない、ですけど…」
「俺が! 俺に選ばせてよ! ほら、ぜひこれを!」
そう言ってバートンが手に取った水着に、リヴはあんぐり口をあけた間抜け面で、その場にバッグをぼとりと落とした。
「な…な…な…」
「リヴちんスタイルいいから、このくらい開放的なやつでも全然オッケーだって! こういうキワどいやつは若い頃しか着れないと思うし、絶対似合う! 俺が補償する! もし不安だって言うなら今から試着を…」
やんややんやと笑顔早口でまくしたてるバートンを前に、リヴは気を放ちかけた。彼が手にしているのは、水着というか、ほぼ紐。小さな三角形の布がついただけの、紐だ。決して海水浴をするような代物ではない。そんなハレンチなものを勧められ、あまりの衝撃にくらり、と倒れそうになるリヴの背を、がしりと大男が支える。
「わりぃ、大丈夫か?」
ケルに寄りかかるようにしながら、リヴはふるふると頭を振った。落ち着け。バートンがエロ魔神ということくらい判っていたじゃないか。そう言い聞かせて深呼吸し、大丈夫だと答える。
後から追いかけてきたウェスパーが、悲しそうな顔でバートンの頭を叩き、リードがため息交じりに肩を抱く。
「バートン、うんわかった。お前は勇者だ。」
「俺だってそれを着たリヴちんが見たい。しかしいくらなんでも無理だろ。」
「いや、ウェスパー、リード、諦めたらそこで試合終了だって誰かが言ってただろ! 俺は諦めない! さあリヴちん、これを着るんだ!」
「うぐっ」
尚も諦めないバートンの謎熱意に圧倒されて、リヴは真っ赤になって押し黙った。何なんだろうこの迫力は。
ふいに、リヴの手に一着の水着が押し付けられた。驚いてその水着と、押し付けた張本人のケルを交互に見る。
「とりあえずそれ買っとけ。何か買えばあいつも諦める。」
「え。」
「バーカ。あれ着て俺たちを楽しませてくれるのか? なわけねーだろ。」
「うっ。」
「すいません、これください!」
強引に店員を呼び寄せて、ケルはさっさと会計を済ませた。あれよあれよという間に、リヴの手には可愛らしいショッピングバッグがあった。
「バートン残念だったな! こいつも水着買ったから帰るぞ!」
「えええっ!?」
ケルが向こうの方にいるバートンに声をかけると、バートンが驚き顔で振り向いた。その手には、リヴと同じく可愛らしいショッピングバッグ。
「ちょ、まってくださいよ! これ買ったのに!」
「ブッ」
ケルが噴出す。
「すいませんケルさん。止めたんですけどどうしても買うって聞かなくて。」
「リヴちん、ごめんね。奴が勝手に無駄遣いしただけと思って、許してやってよ。」
ウェスパーとリードにそう言われ、リヴは若干頬を赤くしながら、
「ほんっと、お下品ですわ!」
と鼻息を荒くした。
そんなぁー、と言いながらがっくり項垂れるバートンの肩を、ケルが慰めるようにぽんぽん叩いていた。