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父との確執

帝国軍にて優秀な治癒魔術師、つまりヒーラーを輩出する名家、リスト家。

その嫡流として生まれ、数々の英才教育を受けたリヴ・リン・リストに、ヒーラーの素養なし。


この最低の結末を父や姉に伝えるにあたり、リヴには心強い味方が居た。リヴの家庭教師である遠縁の伯母、エスメロードである。

硬い表情で屋敷に戻り、まっすぐ自室に向かったリヴの元へ、使用人からリヴの帰宅を聞いたエスメロードが真剣な眼差しで向かってきた。二人は目と目で会話をすると、静かに部屋に入る。


「リヴ様、……結果をお聞かせ頂けますか?」


リヴの冷たく冷え切った心を暖めるような表情で、エスメロードが優しく囁く。リヴは、おずおずと成績表と診断結果を取り出し、エスメロードに手渡す。彼女がこくりと頷いて紙を開いたところで、堪えていた涙が溢れた。


「わたくし、だめだったわ…。わかってはいたのけれど、でも、…!」


喉の奥が引きつって、最後まで声にならなかった。エスメロードは紙から目を外し、リヴの両目を見つめてから、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「リヴ様、ああ、リヴ様、何という…!」


エスメロードの胸に顔を押し付け、リヴは嗚咽を漏らした。


「悔しい、悔しいわ先生! わたくし、わたくしは、やっぱり出来損ないでしたの! ヒーラーにはなれない、リスト家の役割を果たせない!」


抑えていた気持ちを一気に溢れさせるリヴを、エスメロードが抱きしめ、全てを受け止めてくれる。

リヴの診断結果、「治癒魔術の素養無し」というのは、どんなに努力しても治癒魔術は使えないと確定したという意味である。それは、治癒魔術の名門であるリスト家嫡流としては信じられない現実であった。


「リヴ様、ご当主様を、お父上を信頼なさいませ。この結果を見てまでも、ヒーラーになれとなど仰られませんでしょう。リヴ様はご当主様の可愛い娘でございます。きっと、他の属性に専攻を変えれば良いと仰いますわ。」

「そう…かしら。」


厳格な父の顔がリヴの脳裏に蘇る。今まで治癒魔術の練習をいくらしても結果が出なかったリヴに対し、父はずっと「素養があるのに努力を怠っている」という評価を下し、激しく叱咤をする。

リヴだって努力はしてきた。エスメロードに習い治癒魔術の知識をつけてきた。彼女のおかげで、座学ならリヴはエリート揃いの帝国大でもトップだった。そして今回、教授の勧めで魔術属性の診断を受け、結果が「治癒魔術の素養無し」だ。

ここに関してはもう、努力でカバーできる部分ではないのだから、父も判ってくれるだろう。


少し気を持ち直したリヴに、エスメロードが強く頷いてみせる。

「まずはわたくしから、父上にお話して参ります。」

エスメロードの強く優しい眼差しに、リヴは心底救われた。ほっとエスメロードにしなだれかかり、ありがとう先生、と呟く。エスメロードが懐から柔らかなハンカチを取り出し、涙に濡れるリヴの頬に優しく押し当てた。







エスメロードが出て行ってからどのくらい経っただろうか。リヴの部屋に、当主である父の執事で、リスト家の家令がやってきた。

「リヴお嬢様、ご当主様がお呼びです。書斎までお越し下さい。」

静かな口調でそう語る家令がリヴは少し苦手だ。幼い頃遊んで貰ったことはあるが、魔術の練習が始まったころからは父と同じく、厳しい視線を向けてくるような気がしている。

「…わかったわ。先生は?」

「一緒に書斎におられます。」

リヴはすっくと立ち上がる。こうして呼ばれることは予想していたので、泣いてしまって崩れた化粧も直し終わっている。


家令を伴い、父の書斎まではすぐに着いた。緊張を隠すようにノックをする。

「お父様、リヴでございますわ。」

腹に力を入れてそう声をかけると、父の声が「入れ」と返事をした。


父の部屋は、ドアを開いた正面に、大きな窓を背に執務机が構えている。

その前に向かい合ったソファとセンターテーブル。

父は執務机の向こうで、赤くなりかけた空を眺めていた。表情は見えない。エスメロードはソファのひとつに腰をかけ、青白い顔で俯いている。


「リヴ。」


父の低い声に身を震わせながらも、リヴははい、と乾いた返事を返した。ふいに、父の執務机の上に、さきほどエスメロードに渡した成績表と診断結果があることに気づく。成績表は開かれていて、昼間にリヴも見た、可、不可の羅列が見て取れた。


緊張でドアの前に立ったまま動かないリヴを、家令が奥へと促した。ゆっくりと重い足取りで父の近くまで近寄る。あの診断結果を見れば、リヴが努力してもヒーラーになれないと判っているはずだ。

ごくり、と唾を飲み込んで執務机の前に立ったリヴに、父はゆっくりと振り向いた。その視線に、リヴの全身は氷に包まれたかのごとく冷え切った。

父の目は、怒りに燃えていたのだ。


「お前は、リスト家の恥だ。」


父の言葉が氷の槍のようにリヴの心に突き刺さった。驚きと恐怖で目を皿のように開く。


「私はリスト家の当主で、お前はその嫡流である。」


父は冷たい視線でリヴを、汚いものを見るかのように睨みつけた。


「嫡流は、リスト家の模範としての行動を常に意識しておらねばならない。お前が何を求められているのか、答えてみろ!」


静かだが激しい怒りを含んだ口調に、リヴの膝が震えた。絶望と恐怖で、喉がカラカラに渇く。浅く何度も呼吸をしながら、リヴはやっとのことで声を出した。


「…リスト家は、強力なヒーラーを輩出する帝国の名家です。治癒魔術は軍のみにあらず、市井でも重宝される貴重な魔術です。わたくしはリスト家の嫡流の娘として、優秀なヒーラーとして帝国軍に仕え、戦果を上げなければいけません。」


生まれてこのかた刷り込まれてきた、リスト家嫡流の役割を、リヴは流れるように答えた。父は冷たく睨みつけたままだ。リヴは続ける。


「私は長子ではございませんので、いつかリスト家を出て嫁に行きます。優秀なヒーラーとなり良き伴侶を得、リスト家一族の繁栄に外から貢献することが、わたくしの役割と存じます。」


言いながらリヴは悔しさと悲しさで、喉を震わせた。両目からは勝手に熱い涙が零れ落ち、せっかく化粧を直した頬を濡らしていく。言い終わったリヴを、父はギロリと射殺すように睨み付けた。


「この出来損ないの頭でっかちが。そこまでつらつらと答えておきながら、なぜそれが行動できぬのだ! 二度とこのようなものを私の目に入れるな!」


父はリヴの成績表と診断結果の紙を掴むと、腕を振り上げて乱暴に床に叩きつけた。紙で出来た軽いそれは、ぱしんと乾いた音をたてて床へと当たる。

それを目で追いながら、リヴは、ううっと嗚咽を漏らす。


「しかし、しかしお父様、その診断結果によればわたくしは……」

「出て行け!」


リヴの言葉を遮った父は鬼のような剣幕で腕を振り、扉を指差す。


「当分、お前の顔など見たくもない! この恥晒しめ!」



言葉を失って立ち尽くすリヴを、エスメロードが後ろから支え、さあと小さく囁く。彼女に連れられて父の書斎を出たリヴは、怒りとも悲しみとも何とも言いがたい感情が渦巻き、言葉を出すことも足を踏み出すことも出来なかった。

エスメロードが侍女を呼んで、リヴは両側を支えられるようにして自室に戻った。



自室の扉を閉じると、エスメロードが青白い顔で、リヴの顔を覗き込む。


「リヴ様、お父上様は混乱しておいでなのです。ご当主として厳しい方故、あのようなことを仰ったのでしょう。しかしいつかきっと判って下さいますわ。わたくしがずっと付いております。わたくしはいつも、リヴ様のお味方です。」

「エスメロ…ド……!」


リヴはエスメロードの胸に飛び込んで、わあわあと声をあげて泣いた。

どうしたら良いのかもう判らない。今までの必死の努力、治癒魔術の素養がないこと、父の激高。

怒ったら良いのだろうか。それとも、悲しんだら良いのだろうか。リヴは自分の気持ちを全くコントロール出来なかった。

何か行動を起こさなければいけないということは判るものの、何をしたら良いのか、どういう方向を向けば良いのか判らなかった。


泣きつかれて眠りについたリヴの頬を、エスメロードが優しく撫でた。



嫡流=本家筋、という意味で使用します。

主人公は男でも長女でもないのですが、本家筋の娘として重責を担わなければいけない、という教育方針です。

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