集合
面談が終わり教授の部屋を出ると、次の面談者であるケルがドアの外に控えていた。リヴの顔を見てニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「その様子だと、落第してなかったみたいだな。」
いつもの憎まれ口に、リヴはふんと鼻で笑って答える。
「ええ、あてが外れてご愁傷さまですわ。」
初めて"優"をもらったのだ。少しくらいの嫌味なんて何のそのだ。ケルは二、三嫌味を言ってからドアに手をかけて、体を半分入れてからふりかえった。
「あ、リヴ。1階にウェスパーたちが居る。うまいクレープ食わせてやるから、そこで待ってろよ。」
ニヤリと笑いながら、じゃあ、と言ってドアの中に消えたケルを見て、リヴは頬を赤くした。
「な、何ですの。まるで私が食い意地が張ってるみたいな言い方!」
研究室の中から、くくっと笑う声が聞こえた。リヴはむうっと唇を引き結んで、そそくさと部屋の前を通り過ぎ、階段をどしどし足音を立てながら降りる。
「あ、リヴちん!」
「あら。」
下から上ってきたリードに声をかけられた。彼は若干急いでいたのか、額にうっすらと汗がにじんでいる。リヴの顔をみるとニカリと笑った。
「ケルなら、私と入れ違いに面談に入りましたわよ。」
「みたいだね。皆こっちにいるから行こう!」
わかったと頷いて、リードの後に続く。
三人は皆明るく快活な性格なのだが、リードは他二人よりも、若干細やかな気遣いや優しさがある。もしかしたらリヴが迷うといけないと思い、迎えに来てくれたのかもしれない。
途中、何人かの学生とすれ違い、皆が珍獣をみるかのようにリヴを見てきたが、すまし顔で無視してやった。リヴに変なことを言う人間はまだ居るようだったが、ケルたちと一緒に居ると不思議と心無い言葉はかけられなかった。
(不良パワー、なのかしら?)
そんなことを考えながら歩いていると、むこうの丸テーブルで、ウェスパーとバートンがやけに近づいて座り、顔を突き寄せて何かをしていた。近づいてみると、バートンが持つ本を二人で覗き込んでいる。
「めずらしい。二人が勉強を?」
リヴの呟きに、リードが笑って
「いや、ぜってー違う。…ってか俺にも見せろ!」
一気に最高速度にまでスピードを上げて、リードが颯爽と走って行った。何のことやら判らないリヴは、そのままゆっくりとリードの後を追う。リヴより大分先に到着したリードも、にんまり顔で二人に加わり本を覗き込んでいた。
「うっほー、眼福眼福!」
「おおーっと、そうきましたか!」
「いや男ならこれくらい行っとかないと!」
「出ました! エロ魔神バートン様!」
不穏な会話内容に大体の内容を察しながら、リヴがその雑誌にチラリと視線を流した。
「き、きゃぁ!?」
そして真っ赤になって視線をそらす。
「おあ! リヴちん!」
「バートン隠せ!」
リヴに気づいたウェスパーとバートンが、大あわてで"色っぽいオトナのお姉さん"の雑誌を閉じて鞄の中に突っ込み、ごまかすようにニマーっと笑顔を向けてきた。
「…ったく、一体何をなさっているのよ!」
「いやぁ、夏ですから開放的に、なんちゃってー…」
恥ずかし気もなく答えたバートンの頭を、ウェスパーが楽しそうにぱしんとはたく。力をあまりいれていないからだと思うが、軽い音が響いた。
リードの特徴が優しさなら、バートンのそれは女好き、がぴったりだろう。
「あれ、リヴちんの持ってるそのプリント…。」
ウェスパーが目ざとくリヴの鞄からはみ出たプリントを指差してきた。ウェスパーは、勉強はどうだか知らないが、頭の回転が早く機転が利く。今もさりげなくエロ本談話から話を反らしてきた。
「え? ああ、これ?」
リヴはプリントを取り出して皆に見せた。さきほどケイン教授から受け取った、夏合宿の案内だ。
「わ! もしかしてリヴちんも行くの!?」
バートンが身を乗り出してきた。リヴは若干圧倒されながらも、こくこくと頷く。
「ええ、やっぱりアタッカーには体力が必要だと思うので、合宿で体力づくりをと。」
その回答に、三人は目をキラキラさせながら顔を見合わせる。
「男くさい合宿に神からの祝福が!」
「海水浴しようぜ、海水浴!」
ウェスパーが祈るように両手を組んで、天を仰いだ。リードも頬を緩めて変な提案を始めている。海水浴の言葉に早速バートンが反応し
「海水浴! 水着! ポロリもあるよ!?」
「「ねえよ!!」」
息ぴったりな二人に突っ込まれている。
「ちょっと三人とも! 私は自分を鍛えるために参加するんですのよ!」
「まあまあ、勝手に妄想膨らめて楽しんでるだけだから気にしないで。」
ウェスパーに笑顔で言いくるめられて、リヴはうっと押し黙った。そうなのだ。彼らの前に理屈は通用しない。たった半年の付き合いだがよく判っている。楽しいことがめっぽう好きな連中なのだ。
「お前ら楽しそうだなー。」
突如ぬっとリヴの後ろに大男が現れた。ケルだ。
「ケルさん!」
リードが嬉しそうにケルに近づき、自慢気に胸を張って語りだした。
「知ってます? 男くさい夏合宿に、なんとなんと、リヴちんも参加するらしいっすよ!」
その言葉にケルは大きく目を開いてリヴを見てきた。突如見つめられたリヴの胸が、どきりと音を立てる。
「な、何よ。私が参加したらいけないんですの!?」
無意識に喧嘩口調になってしまうなんて、本当に可愛く無いと自分でも思うのだが、自然に出てしまうのだから仕方ないのだ。噛み付いたリヴをまじまじと見た後、ケルはふぅん、と意地悪く笑って見せる。
「ま、お嬢様に耐えれるか知らないけど…。ホームシックになったら俺が毎晩添い寝してやるから安心しろ。」
「なっ! ば、バカーッ!!」
ケルのお下品発言に、リヴは真っ赤になって手近なバッグを投げつけた。そのバッグはバートンのものだったようで、開きっぱなしだった口から、先ほど三人が釘付けだった"オトナのお姉さん"の雑誌がばさりと地面に落ちた。
「きゃああっ! もう、サイテーですわ!!」