姉
雪景色の庭に、リスト家息女のリヴと、その家庭教師エスメロード。そしてこの場にそぐわない男が三人。誰がどうみても疑問を持ちえるであろうその光景に加え、怒りをあらわに大きな声を出す家庭教師。
そんな修羅場とも言える場に、雪を踏みしめながら一人の人物が近づいてきた。
「大きな声をあげて、一旦何の騒ぎですの?」
冷静な声で、5人を見渡すその女性は、淡い水色の髪と瞳。リスト家一族の証でもあるその姿をした、リヴに良く似た女性がそこへ立っていた。リヴの姉である。
「姉姫様! リヴ様を叱ってくださいませ! ご当主様に反発され、このような不良と…」
エスメロードが姉に駆け寄り、リヴを叱るように進言する姿を見つめ、悔しさに唇を噛んだ。きっとこの後姉に叱られ、すぐに父の知るところとなり…。折角開きかけた未来はあっという間に終わるのだろう。
と。ケルの仲間たちの一人が、突如大声を上げた。
「うわガッカリ! リスト家のお嬢さんだって言うから俺たち遊びに来てやったのに、こいつヒーラーじゃねえのかよ!」
唐突なその言葉に、リヴは驚いて目を見開く。もう一人が続けて言った。
「ぶははは、俺わかっちゃったもんね、こいつだよこいつ、あの大学で噂の"偽リスト"!」
何が起きたのだろう。先ほどまで、自分を心配して見舞いにきてくれたらしい発言をしていたのに。短い間ながら親しい関係になりつつあった人物の心無い発言に、リヴは怒りと悲しさで狼狽した。
みんな、なんで、という言葉がリヴの喉の奥にこびりついて口まで来ない。驚きで涙すら出ない。男たちは素行の悪さを見せ付けながら、黙りこくるリヴをあおる。
「かわいい顔で、リスト家のお嬢様でも、偽リストはなぁ。」
「さすがにイラネーよな!」
口々に、今まで言われた陰口の全てを凝縮したような言葉を面と向かって浴びせられて、リヴは下唇をぎゅうっと噛んだ。
「やめなさいあなた達!」
姉が怒鳴りつけると、男たちは顔を見合って、ニヤリと笑う。姉は男たちを睨みつけた後、そのままの視線をリヴにも向けた。
「リヴ! 貴方もこんな者たちに言われっぱなしになっていないで、何か言い返したらどうなの!」
姉の言葉に、リヴはぎゅうっと目を瞑った。言い返す言葉なんて無いのだ。自分は言われたとおり、偽リストなのだ。どうして父も姉も、わかってくれないのか!
「…放っておいてよ! この人たちに何と言われようと仕方ないの!」
「仕方ないって、あなた!」
「だって、だってそうじゃない! 私は本当にヒーラーじゃない、偽リストなんですもの! 優秀なヒーラーの姉さまには私の気持ちなんて判らないわ! 姉さまなんて嫌いよ!」
姉は珍しいリヴの激昂に目を丸くした。男たちは姉が驚きに固まったのを見て、チャンスとばかりに庭から飛び出して逃げていく。アタッカー志望の彼らの動きは素早く無駄もなくて、あっという間に庭から消えてしまった。その後姿を忌々しそうに見送った姉は、ふう、とひとつため息をついてリヴに視線を戻す。
「リヴ。今言ったことは本当?」
姉の声は、静かで冷え切っていた。リヴは涙声にならないようゆっくりと強く静かに息を吐きながら、本当よと答えた。
「ヒーラーじゃない、偽リストというところよ。本当なのね?」
姉がもう一度確認してきたので、リヴの心に再び怒りが湧いた。
「どうして今更そんなことを確認なさるの? 前期終わりの魔法検診で、素養なしと判別されておりましたでしょう! 結果を父上にもお渡ししたわ!」
もうこれ以上傷つけられるのは勘弁だ。
「エスメロード。」
姉が聞いた事の無いくらい低く冷たい声で家庭教師の名を呼んだ。家庭教師は黙ったまま、固まっている。
「お前、わたくしやお父さまに申し開きすることがあるのではなくて?」
姉の言葉に、家庭教師はびくりと肩をすくめた後、目を泳がせながら、小さな声でぶつぶつと、違う、私は、などと言い出した。姉はくるりと振り向くと、庭の隅で控えていた自分の侍女に、リヴの準備をして父の部屋へつれて来る様に指示すると、怒りに震えた目で家庭教師に言った。
「付いてきなさい。言い訳はそこで聞きます。」