お見舞い
怒りのあまり更衣室のシャワーで号泣してしまったあの日から、リヴは体調不良を理由に大学を休んでいた。1日、2日と休んで、今日は3日目。そろそろ行かないとと思うが、どう身を振れば良いのかわからない。専攻を元に戻すことも考えたが、治癒の力のない自分が治癒にすがって専攻するのも滑稽だと思う。
部屋でうじうじするのにも飽きて、リヴは庭で薔薇の世話をすることにした。窓を開けるとチャコが待ってましたとばかりに窓の外に飛び出し、遠くからバウバウと声をあげながら番犬が駆け寄ってくる。二匹のじゃれあう様子に、自然と顔がほころんだ。
まだ庭は雪景色で寒いから、リヴは庭を散歩しながら薔薇園の様子を見ることにした。
チャコを胸に抱き歩く。番犬はリヴの数歩先を歩きながら、白い息を吐きながら何度も何度もリヴを振り向いて止まる。
「ジェニファーったら。どうせ貴方が待っているのは私ではなくてチャコの方なのよね?」
ばう!とジェニファーが返事をしたので、リヴがくすくすと笑った。
「リヴ様!」
突如、悲鳴のような声がリヴの名を呼んだので、リヴは驚いて足を止めた。チャコがリヴの腕からするりと抜けて、ぴゅーっとどこかへ駆けていく。それを追ってジェニファーもばうばうとどこかへ行ってしまった。ひとりぼっちになったリヴの元へ、声の主、顔面蒼白のエスメロードが息を切らせながらやってきた。
「先生、どうなさったの?」
最近めっきり会話が減っているエスメロードに、リヴは声をかけた。エスメロードは息を整えてから、恐ろしいものでも見たかのように、リヴに話す。
「何やらリヴ様のご学友だと名乗る男たちが、屋敷の玄関に。とても粗暴な、そう、不良なのです! リヴ様に会わせろと騒いでおりまして…」
(粗暴な、不良な男?)
リヴの脳裏に一人の人物がよぎるが、男たち、という複数形で言われたことでリヴは首をひねる。ケル・ロアはこの世に一人しかいない。
「お! いた!」
突如、男の声が庭に響いた。エスメロードがひいっと小さく悲鳴を上げる。それも無理も無い。どやどやと渦中の人物たちが、リスト家の庭を走って横切ってきたのだ。その顔を見て、リヴは動揺した。ケルの仲間の三人だった。
「リヴさん、新年早々休んじゃってるけど、病気?」
「ケルさんはペアが居ないからっていって講義をサボるし、早く来て欲しいなーなんて。」
「そうそう。んで俺たち三人でお見舞いに来たってわけ。」
な、と一人が言うと、他の二人が頷いた。
「わたくしの、お見舞いに? みなさんが?」
リヴの問いに、三人は見事にあわせたかのように、うんうんと頷く。
自分のことを心配して、学校の人間が自宅にやってくるなんてリヴには初めての経験だ。それも、普通にリスト家令嬢として生きてきたら接点など得ようはずも無い、苦手な部類の男たちが来るなんて。
「……リヴお嬢様。」
驚いて黙っていたリヴに、エスメロードの静かな声がかけられる。リヴの信頼する彼女の顔を見ると、彼女は怒りをあらわにしていた。
「まさか、リヴ様が不良とお付き合いなさっていたとは!」
「え?」
「はしたのうございます! リスト家嫡流のお嬢様として、あってはならない行為でございますわ!」
「ちょっと、先生!」
信頼するエスメロードに突如怒りをぶつけられて、リヴは胸の奥に焼きごてを押し付けられたかのような、じりりとした気持ち悪さを感じた。
「リヴ様はリスト家嫡流のお嬢様ですよ! ご自分のお立場を理解なさいませ!」
その言葉を投げられた瞬間に、リヴの脳裏にあの光景が蘇った。父の執務室の光景。ケルとの練習場での光景。またその言葉に苦しめられるのか。
かっと怒りに頬を染め、拳を握り締めた。