冬休みの自習ノート
リヴが優秀なヒーラーだったら、ケルとペアになったことはあっという間に広まっただろう。しかし、偽リストのリヴについての感心は非常に薄く、特に何事も無くリヴは大学で過ごしていた。講義の内容を完全アタッカー専攻に変えたことは、多少、教授に驚かれはしたが、教授は笑って言った。
「家名に拘らず、貴方の才を伸ばしなさい。貴方はアタッカーに向いていると思いますよ。」
リヴは、心の底から嬉しかった。
新しい世界を垣間見ながら、リヴの充実した後期のカリキュラムはあっという間に過ぎていく。冬休みで大学の講義が休みになったリヴは、自室の机でノートにペンを走らせていた。
外は雪が降っていて、リスト家の庭は一面の雪景色。反面リヴの部屋の中は暖炉の火がパチパチと燃え、十分に暖まっている。一人がけのソファの上で、猫のチャコがお昼寝中だ。
氷属性の講義と、魔術系アタッカーの立ち回りの講義では、リヴはそこそこな成績を収めていた。元々、実技より紙面での勉強を頑張る生活が身についていたことと、得意な氷魔法を中心に組み立てていることもあり、基礎から始めたはずのその講義では、真ん中かそれ以上の位置に上がっていた。立ち回りの講義では、庭いじりで足腰が鍛えられていたことが幸いしたのか、見事な足裁きだと褒められた。
リヴはふとペンの手を止める。
脳裏に、ペアである大きな赤毛の男の姿を思い浮かべる。豪快に戦うケルの実力は、同級生の中でも抜きん出ていた。面倒見も良く、皆のボス的存在にはもってこいな人物だ。
さらにケルはアタッカーの中でもトリッキーな動きをする非常に珍しいタイプで、仲間内ではトリッカーと呼ばれている。非常に好戦的で複雑な彼の動きを予測して、攻撃の穴となる場所に威力の大きな氷魔法を落したり、彼の大きな攻撃を予測して、敵の退避路をふさぐように氷の壁を起こしたり。
ケルの動きのパターンは非常に読みにくいが、息がぴったりあった連携技が決まったときは爽快で気持ちよかった。
「あ、思いついたわ。」
短く呟くと、リヴは再びペンを走らせ始める。
ケルがトリッキーな動きをするなら、色々なパターンに備えて動きを考えておけば良い。リヴのノートには、色々な戦術パターンが書き込まれていた。
トントン、というノックの音で、リヴは現実に戻る。どうぞ、と返事をすると、おずおずと部屋に入ってきたのは家庭教師のエスメロードだった。唯一の味方である彼女の顔を見て、リヴは頬を緩め、明るい声で彼女に話し始める。
「先生、これを見ていただけませんか? アタッカー同士の連携について、色々なパターンを考えてみましたの。良かったら…」
「リヴ様!」
言葉を途中で遮られ、リヴは驚いて押し黙った。エスメロードの顔をまじまじと見ると、顔色は青白く、表情も硬い。エスメロードは何かに怯えるかのように、胸の前でぎゅうっと手を結んでいる。
「リヴ様、お願いです。…ご当主様と、お父様と、和解は出来ないのでしょうか?」
苦しげに眉を寄せるエスメロードを見て、リヴの気持ちが沈む。
「和解…。」
言葉を繰り返したリヴに向かって、エスメロードははい、と語尾を強くした。
「アタッカーに専攻を変えられたこと、ご当主様は良く思われておりません。きちんとお話をされて了承を…」
「いいえ、無理よ。」
今度はリヴが言葉を遮った。
「リヴ様!」
エスメロードの悲痛な声に辛さを感じながらも、リヴは首を振る。
「だって、素養無しという決定的な結果を見せても、ああでしたのよ。これ以上の話し合いは無駄だと思うの。」
「しかし!」
エスメロードは尚も食い下がろうと声を荒げたが、リヴはもう一度、ゆっくりと首を振る。
「先生、もうやめましょう。治癒魔術に素養の無い私が、無駄と承知で治癒魔術師を目指すか、それとも別の道を目指すのか。」
言いながら、リヴはエスメロードを見ずに窓に近寄る。一面の雪景色の中、布を被った庭師のロイが薔薇園の方へ向かって歩いていくのが見える。
「…私は、もう選んだのよ。別の道、アタッカーをね。」
振り向いてエスメロードを見ると、彼女はわなわなと震える唇を噛んで、立ち尽くしていた。
「…わかりました。しかしリヴ様、私はリヴ様の家庭教師として、リスト一族の端くれとして、ご当主様との和解を諦めませんわ。」
エスメロードは一礼をして、部屋を出て行った。
リヴは音を立てずに閉まった扉を見て、小さくため息をつく。
専攻を変えてから、新しい世界が見えてきたことは嬉しい。しかし、今までリヴの拠り所だった彼女との間に入ったヒビに、最近気づき始めている。