表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/85

最低の結末

判っていた。多分そうだと判っていたから。早めに判って良かったんだと思わなければいけない。

一つだけはっきりしているのは、全てが終わったということだけだ。



ここはサファイロス帝国の帝国立大学。魔術による軍事力が発達したこの国では、一番のエリート達が帝国大に入学し、卒業と同時にほぼ全員が帝国軍に入隊する。いわば国中のエリートが勢ぞろいする、出世のための登竜門とも言える大学に、この物語の主人公、リヴ・リン・リストも通っていた。


彼女は今、大学一年生の前期が終わったところ。専攻した治癒魔術の教授の部屋に呼ばれ、面談を受けている。

貴族令嬢として英才教育を受けてきた彼女が帝国大に入学したのは、至極普通の流れだが、他の生徒のように成績表を配られて終わりではなく、あえて教授の部屋で面談を受けているのには、彼女には深刻な理由があった。



机の上のリヴ成績表には、可、不可、の文字しか並んでいない。お世辞にも優秀で褒められるために呼ばれたような成績ではなかった。それに加え、先ほど手渡された魔力属性の診断結果が、リヴを絶望の底に叩き落している。


診断表には、火、氷、土、雷、と、沢山の属性が記載されていて、それぞれに対しての向き不向きが書かれている。リヴが一番最初に目にした、治癒、の欄には、見まごうことないくらい完結に「素養無し」の4文字が踊っていた。


机の向こう側で向き合って座る面談相手の教授が、すまなそうな顔でリヴに声をかけた。


「貴女の家の事情もわかります、辛いお気持ちなのも判るのですけれど、例えば氷魔法の…」

「有難うございます。」


教授の声をさえぎって、リヴは顔をあげた。にこり、と優雅な微笑を浮かべる。その微笑が悲痛だったことに教授は気づいたのだろう。黙ってリヴの言に耳を傾けてくれた。


「素養がないのであれば、これ以上無理に治癒魔術を専攻させて頂いても無駄ではないかと思います。…まずは父にこの結果を報告して、専攻をどうするかについては、また…」


気丈に話そうとするリヴの声が、喉につかえた。リヴは涙が出そうになるのを必死に堪える。最後まで言い切れなかったリヴを察した教授が、にこりと優しい微笑をリヴに向けた。


「ええ、そうなさい。一年生の後期が始まるまでには時間があるし、ゆっくりご家族と相談して決断すれば良いわ。」



治癒魔術師の一族の嫡流、本家の娘として生まれたリヴは、今まで治癒魔術の英才教育を受けてきている。なので帝国大に入る前から、治癒魔術がどうやら使えないようだということは判っていた。それでも厳しい父の言いつけにより、入学時に専攻を治癒魔術として半年間過ごしてきたが、やはり教授の目から見ても「違うのではないか?」というのは明らかなようだった。

リスト家特有の容姿である淡い水色の髪と瞳を持つリヴは、その容姿もあって同級生たちの間では格好の噂の的だった。その容姿を持つ者はつまり、リスト家一族の者、イコール優秀なヒーラーと見た目で判断出来るので、最初はこぞって皆近づいてきた。

それが、実技でほぼ0点を取るリヴを見、影で言われているあだ名が「偽リスト」。何とも不名誉で、リヴの最も傷つくあだ名だった。





教授が連絡先の書かれた名刺をリヴに手渡し、いつでも連絡しなさいと言った。リヴは立ち上がって、有難うございますと感謝の言葉を述べ、優雅に頭を下げる。

失礼しますと言って教授の部屋を出ようとしたところで、リヴよりも先に扉がカチャリと開き、誰かが顔を突き入れてきた。


「おわっ! …と、失礼。学生が来てたのか。」

「まあ、ケイン教授。」


リヴの教授が言ったケイン、という名は知っていた。接近戦の実技を担当している人物。教え方が上手いと生徒に評判の教授だ。リヴが入学するよりも先にこの帝国大を卒業している姉が、優秀な方だと褒めていたこともある。

リヴは後衛、治癒魔術の講義しか取っていなかったので、前衛の講義を担当する彼の顔を見たのはこれが初めてだった。きょとんとして、リヴよりも頭数個分上にあるその顔を見上げる。


「うちの生徒のペア決めでちょっと相談ごとがあってきたんだけど。そっちのヒーラーで…」


リヴのことなど目に入らないかの様子で、ケインは砕けた口調でリヴの教授に仕事の話を始めた。自分は邪魔になるだろうと感じ、リヴはぺこりと頭を下げ「失礼いたします。」と挨拶すると、するりと扉の隙間から部屋を出た。



カツカツと踵の音を立てて早足に廊下を歩き、建物から出る。空は嫌味のように晴れ渡っており、はじまりかけの夏の日差しがリヴの白い肌に暑く降り注いだ。


(終わった。全て終わってしまった。)


気温と反対に、リヴの心は冷たく沈む。

リヴの足は慣れた道のりを進み、リヴの家へと向かう。真っ直ぐ帰りたくないのに、令嬢として育てられたリヴは、寄り道して気晴らしが出来る場所など知らない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ