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『なぜ?』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/20

彼女は、夫を愛していた。


少なくとも、自分ではそう思っていた。


結婚したばかりの頃は、夫が帰ってくる時間を楽しみにしていた。

玄関の鍵が回る音を聞けば、自然と顔がほころんだ。


けれど、年月が経つにつれて、それは少しずつ変わっていった。


「おかえり」


そう言うだけになっていた。


夫が仕事の話をしていても、家事をしながら適当に相槌を打った。


「あとで聞くね」


夫が触れてこようとすると、


「今日は疲れてる」


そう断った。


最初の頃は、夫も笑っていた。


「そっか。また今度な」


そう言ってくれた。


彼女は、それで何も問題ないと思っていた。


夫は自分を愛している。


だから、少しくらい拒んでも大丈夫。


夫婦なのだから、そんなことで壊れたりしない。


そう思っていた。


ある夜、夫が珍しく言った。


「俺たちって夫婦なのかな…」


彼女は笑った。


「何言ってるの?」


「いや……なんでもない」


それ以上、夫は何も言わなかった。


彼女も聞かなかった。


それから、夫は何も言わなくなった。


不満も言わない。

寂しいとも言わない。

求めてくることもなくなった。


彼女は、夫婦喧嘩が減ったことを喜んだ。


「最近は、うまくいってるよね」


そう言うと、夫は少しだけ笑った。


「……そうだな」


その笑顔の意味を、彼女は考えなかった。


夫は、もう期待することをやめていた。


話を聞いてもらうことも。

触れてもらうことも。

愛されていると感じることも。


何度も拒まれるうちに、


「俺は、この人に必要とされていないんだ」


そう思うようになっていた。


そして、ある日。


夫の頭の中で、何かが切れるような音がした。


嫌いになったわけではなかった。


恨んでもいなかった。


ただ、


もうどうでもよくなった。


それが一番大きな変化だった。


妻は、そんな夫の変化に気づかなかった。


夫は帰宅しても、以前のように話しかけなくなった。


それでも家族としては優しかった。


子どもの父親としては、きちんとしていた。


生活も支えてくれていた。


だから彼女は思った。


「私たち、ちゃんとやってるじゃない」


ある夜、夫が静かに言った。


「離婚しよう」


彼女は、しばらく意味が分からなかった。


「……なんで?」


夫は黙った。


そして、少し考えてから答えた。


「俺、ずっと寂しかったんだと思う」


彼女は驚いた。


「だって、何も言わなかったじゃない」


夫は小さく笑った。


「言っても、伝わらなかった、もう遅かった」


その言葉を聞いて、彼女は初めて思った。


夫は、いつから寂しかったのだろう。


いつから自分を求めなくなったのだろう。


いつから、自分を見る目が変わったのだろう。


分からなかった。


分かったこともある。


夫は、最初から私を愛していなかったわけではない。


むしろ、愛していた。


だからこそ、何度も我慢した。


何度も期待した。


何度も傷ついた。


そして最後には、期待することさえなくなった。


心は、ある日突然離れるのではない。


小さな寂しさが積み重なって、


小さな拒絶が積み重なって、


「もういい」と思う瞬間が何度も訪れて、


そのたびに少しずつ、離れていく。


彼女がそのことに気づいたときには、


夫の心は、


ずっと遠い場所にいってしまっていた。




それでも彼女は、理解できなかった。


「愛してたのに……」


そう呟いた。


夫は静かに答えた。


「俺も、愛してたよ…」


その言葉は、


彼女にとって残酷な通知だった。


私を愛していなかったから、私から離れるのではない。


愛していたからこそ、


私を愛し続けることを、夫はやめた。


そして夫は今では、家族として隣にいることも、お互いの人生に関わり続けることも、全てをやめたいのだ。


愛していたのに…、

愛し合っていたはず…なのに。


夫の心はいったい、いつから離れてしまっていたんだろう。


私を見る夫の目の中に、

私がいなくなったのは、

夫の感情が何もうつらなくなっていったのは、いつからだったのか?


同じ日常が当たり前に続いていく、夫に離婚をきり出されるまで、私はそう思っていた。


愛していた。

でも、私たちは、愛し愛され続ける夫婦にはなれなかった。


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