聖剣ルミナス
聖剣ルミナスは拉致されていた。
どれほど警戒されているのか、魔封じの布で何重にも巻かれているせいで視界が閉ざされているだけでなく助けも呼べない。
船がどんどんと進んでいく。
陸と距離が空くにつれ、まるで死神に近づいていくような錯覚に陥った。
布程度で縛られてたまるか、と諦めずに何度も魔力を放出していくと、海面に干渉することに成功した。ルミナスは船を転覆させる勢いで何度も海面を揺らし、やっと船は動きを止めた。
チッと舌打ちが聞こえ、人間の足音が近づいてくる。
少し魔封じに綻びが出たようだ、今なら少し喋れるかもしれない。
「あなた正気? これが救国の英雄に対する仕打ちかしら」
「……封印を施したというのにこれだけ暴れるとは、流石というべきか」
しゃがれた男の声がした。
手に取られたルミナスは、重ねて布が巻かれていき自由が奪われていく。
このままでは少しの抵抗も出来なくなるだろう。
ルミナスは重々しく、どこか憐れみを込めて問いかけた。
「今なら、まだ戻れるわよ」
「いいや戻らない。君が居なれば俺の作品は正当に評価されるのだから」
男は止まらない。
さらにきつく、執拗な程厳重に巻かれていく。
「あなたの剣は立派だった、私の贋作なんかじゃない」
「ああ全く羨ましいよ、生れながらにして全てを持つ者の傲慢が……」
もう全て終わりにしたいのか、ルミナスはぶらんと海の上に掲げられた。
「頼む、消えてくれ。 聖剣ルミナス……」
どこか哀愁の漂う声が聞こえたのも束の間、ぱっと手を離される。
落下していく浮遊感は一瞬で、すぐに訪れた衝撃にルミナスは身を竦めた。
そして深く暗い海をゆっくりと下降していく。
あっけないものだ。
光が強くなれば闇も濃くなるということなのか、栄光を集めるほど憎しみもまたルミナスの元に集まってきた。
どうでも良かった、誰が本物で誰が偽物かなど。
剣として生れたならば、使い手が獲物を屠れるよう全力を尽くすもの。
それが全てではないか。
(どうすれば良かったんだろう)
長い時間船の上に乗っていたため、陸から相当離れた場所に落とされてしまったのは間違いない。
いずれにせよ海は広すぎる。捜索は困難だ。
鋭い冷たさが纏わり付き、沈むたび強くなる水圧の苦しさは否応なく絶望を加速させていく。
やがてルミナスは横たわり、砂が巻き上がる。
ようやく底にたどり着いたのか。
音も光もない静かな世界にただ一人、ルミナスは置いてけぼりにされてしまった。
このまま身が朽ちるまで暗闇に取り残されるのだろうか?
聖剣は錆びず、欠けず、魔力が尽きるまで存在する。
魔力が尽きるのが先か、気が狂うのが先か。
ぐるぐると考え込み、気分が沈み込んだ時点でルミナスは考えることを止めた。
そうだ、起こしてくれる人が見つかるまで、眠ることにしよう。
そうすれば劣化を抑えることができるし気が病むこともない。
それが何年後か分からない。
もしかしたら見つかる前に剣が崩壊するかもしれない。
(どうか、目覚めることができますように)
一つ一つ意識を閉じていく。
冷たさも、圧迫感も意識を閉じれば何も感じることは無い。
儚い希望を胸に抱き、聖剣ルミナスは眠りについた。
──それからどれほどの年月が経ったのだろう。
ぐい、と体が引き上げられる感覚にルミナスは気づいた。
長い間眠っていたため未だ微睡みが抜けないでいるものの、初めての感覚に淡い期待を抱いてしまう。
このまま連れて行ってくれるのでは、なんて。
しかし迷いなく海面へ引き上げられる感覚に、だんだんと胸が熱くなった。
そしてついに、ルミナスが海面から姿を現す。
手を伸ばし、ルミナスを掬い上げたのはとある少年だった。
「何だこれ……?」
船に乗りながら、きょとんと手にしたものを目にする少年。
少年が驚くのも無理はない、繭のように包まれた何かに警戒心を抱かない人間はいないだろう。
しかし少年の場合は好奇心が勝ったのか、めくれている端に気がついた少年は、爪でひっかいて布を剥がしていく。
そして、全ての布が剥がされた。
中にあったのは精巧に作られた金色の剣。
鞘は無いが刃こぼれしていない。細身ながらもしなやかな強さを感じるフォルムに、握りや鍔に施された装飾からは職人の情熱を感じる。
その美しい剣に少年は思わず見とれてしまう。
剣を傷つけないように慎重に、少年は鍔の魔石に手を掛ける。
その魔石を取りたいのか、何度か押したり引いたりしてみるものの、ガッチリと嵌まっており取れる気配はない。
「魔力を吸い取ってみるか」
その言葉に、ルミナスはこのチャンスを逃すまいと決心した。
魔石は、魔力が抜かれるとほんのすこし体積が小さくなる性質がある。
この少年はそれが狙いなのだ。
魔力を吸い取るなら、両者が繋がるタイミングが訪れる。
相手に吸い取られるのとは逆に、こちらが吸い取ることも可能だ。
少年の手から糸のように伸ばされた魔力が、ルミナスの魔石とさながらへその緒のように繋がっていく。
その瞬間、ルミナスは躊躇無く少年の魔力を吸収した。
「うっ!?」とうめき声を上げた少年に申し訳ない気持ちになりつつも、二度と無いチャンスを逃すまいとぐんぐんと彼の魔力をいただいていく。
思う存分吸い取ったその魔力は剣全体にじんわりと染み渡っていき、微睡んでいた意識はゆっくりと覚醒していった。
視界を阻んでいた布も取れているため全てが見通せる。
目いっぱいに広がるのは、今までルミナスを閉じ込めていた海そのもののはずなのに、全く別のもののように映った。
太陽から与えられる熱は命が吹き込まれるようだ。
波打つ海面は光を無数に反射して輝き、今までの不安が全て拭い去られるほどの煌めきがある。
はるか遠くに見える街からは人の生活の息吹がして、今すぐ駆け寄りたい衝動に胸が詰まった。
(もしかして、帰ってこれた……?)
ふとルミナスは自身である剣を俯瞰して見ることができると気がついた。
なんということだろう、人を模した体まで顕現できるほど力が戻っている。
魔力で造った体はふわふわと霊体のように宙に浮いていた。
ちらりと海面を覗くと、ほっそりとした子供の姿をした自身の姿が映った。
剣と同じ黄金の髪を長く伸ばし、装飾された魔石の色である紫の瞳をたたえている。
すらりとした目に真っ直ぐに伸びた髪。
以前大人の姿であった時は艶やかで気に入っていたが、今は大人びた子供のように見えた。どちらかというと可愛らしさの方が強い。
(前より体が小さいのは、この少年に引っ張られたせいでしょうね)
側には少年が一人。目を見開いてこちらを見つめている。
外見は今のルミナスと同じ歳くらいで10代前半ほどだろうか。
ルミナスの体を顕現させるほどの魔力を、その歳で手にしているとは侮れない。
ふわふわと近づき少年をまじまじと観察していく。
薄い茶色の髪は柔らかそうで、碧の瞳と調和が取れていた。
垂れ目の瞳はぽやっとした印象を与えるが、引き締まった体やこなれた装備から、ルミナスは侮れない人物であると判断した。
特に目を引くのは少年の腰に付いている丸い装置だ。
あれは魔石探知機。
ルミナスに付いている魔石に反応して、少年はここまでやってきたのだろう。
探知機が知っているものと比べてスタイリッシュになっているのは、その分時が経過して技術が進歩したからかもしれない。
さらに観察していくと、少年の手に視線が吸い込まれていく。
その手は火傷や傷跡だらけの職人の手をしていて……、自分を海に沈めた彼が頭によぎった。
──ルミナスを海へ沈めた彼も、同じ手をしていた。
傷だらけの職人の手。
結局ルミナスの言葉は届かず海へ落とされてしまったけれど。
しばらく感傷的な気分に浸っていると、少年はわなわなと震え出し、顔を伏せて呟いた。
「……一体、何なんだよ」
しまった、放置しすぎただろうか。
もしかしたら、勝手に魔力を吸って怒っているのかも知れない。
しかしルミナスも背に腹をかえられなかったのだ。
これ以上相手を刺激しないようにルミナスはなるべく穏やかに伝えた。
「魔力についてはごめんなさい。
私はこの剣そのもの、名前はルミナス。
どうやって私を引き上げてくれたのか分からないけど、とにかくありがとう。
安心して。怪しい者では無いわ、なんせ私は国王の相棒……」
突如、バッと顔を上げる少年。
得意げに自己紹介をしだすルミナスを遮って、ぐいぐいとルミナスに近づいた少年は早口で捲し立てた。
「剣が意識を持つなんて聖剣以外で聞いたことない!!
名前も一緒みたいだけど……、なんでこんな傑作が海に沈んでいるんだよ!?
ねぇお願い、君のこと研究させてくださいっ!!」
ルミナスの前で手を合わせる少年は息が荒く目が血走っている。そんな彼にルミナスは引きつつも、怒らせたようでは無いことにほっと息をついた。
「一緒というか、まさしく私は聖剣ルミナスよ。
こうして人と会話できる剣なんて他にないんだから」
「君が変っていうのは認めるけど、聖剣といえば全鍛冶師の憧れだよ。
聖剣ルミナスは国に保管されているからこんな所にあるはずが無いし、もし聖剣を騙るのなら許さないから」
怪訝な顔をしながら釘を刺すように言い放つ少年。
しかし国の管理体制など知ったことでは無い。
誰に物を言っているのだ、と軽くため息をついたルミナスは全く気に留めないような素振りで話を続けた。
「ところで国王アルトリウスの居場所は分かる?
もし存命なら会いたいのだけど」
その言葉にきょとんとした少年は答えた。
「おかしなこと言うなあ……。
アルトリウスなんて大昔の人だよ。
今の王様はギルフォード様……って名前だったはず。
にじゅうご代目とか言われてたかな」
それを聞いたルミナスの心は冷や水を浴びたかようにさっと冷えた。
(やはり、取り返しのつかないくらい長い時間が経ってしまったのね)
百歩譲ってそれはしょうがない。
むしろ自我が保てている間に目覚めることができて幸運だったと言える。
しかし自分ではない剣が国に保管されているとはどういうことだろう?
新しく同じ強さの剣が作られたということか、それとも──。
浮かぶ疑問にルミナスは頭を悩ませた。
そんなルミナスにお構いなしに少年は言葉をかける。
「ねえそれでいいの?だめなの?」
じとっとした目にぐいっと一文字に閉じた口は明らかに不満を訴えていた。どうやら質問をスルーしたことにどうやら拗気味らしい。
少年といえど様子がおかしいし本当は関わりたくないが、どうやら自分に興味があるようだし、情報収集のために仕方ないとルミナスは割り切った。
つんとすましながら「少なくとも名も知らない方に身を委ねる気は無いわ」とお茶を濁してみる。
それを聞いた少年はキラキラと顔を輝かせながら答えた。
「俺はジール、鍛冶師見習い。
12年間生きてきたけど、一番綺麗だと思う、君のこと。
……だから、改造させてくださいっ!!」
その言葉の前半だけなら、ルミナスは素直に喜んでいただろう。
その少年、ジールの瞳孔が開いておらず、かつ息が荒くなければ、だが。




