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祭りは賑やかに続き、いつの間にかスギさんの周りには数えきれないほどの子供たちが集まって、楽しげな輪を作っていた。
「双葉さん。誰と話しているんですか?」
「わわ、総一さん。あの、独り言です」
「はは、そうですか。双葉さんは変わってますね」
「はい。とってもよく言われます」
私は返事をしながら、ススギ祭りと書かれたのぼり旗を見つめる。
――進木。それは、上へ上へと伸びゆくその姿を表したスギの語源でもある。
「この子たちは幸せですね。こんな立派な道しるべがそばにあるんですから。スギさんみたいに、まっすぐ大きく育つと思います」
それが少し羨ましくも感じていた。
「父はいつもこの千年杉に感謝してました。高倉酒蔵がこんなに長く続いたのは、間違いなくスギのおかげだって。だから次は自分たちの力で頑張っていきます」
「これからもきっと見守ってくれますよ」
「スギの神様ですか?」
「いえ、精霊です」
樹木と共に生まれ、樹木と共に消えていく。儚いけれど、美しくて尊い存在だ。
「ツキ、縁ちゃーん! ふたりともこっちに来て一緒に混ざろうぜ!」
声を空高く響かせたスギさんが私たちのことを手招きしている。太陽が西に沈みゆくにつれて、子供たちが手にしてる提灯が飴色に揺れ、グラウンドのスピーカーから粋な音楽が流れ始めた。ススギ祭りの締めくくりとして、梁川市の名を冠した『梁川音頭』を踊るのが毎年の恒例のようだ。
「……まったく。千年変わらず騒がしいやつだ」
大人たちが合いの手を入れると、子供たちが鈴の音を鳴らす。あーヨイヨイ。はートントン。その掛け声に意味などなくても、みんな幸せそうな顔をしていた。
「ツキさんは騒がしいのはお嫌いですか?」
「ずいぶんとひとりでいたからな。耳が痛いくらいだ」
人間と樹木の時間感覚は違うと言っても、ツキさんがあの森で過ごした年月は、永遠にも等しいほど長かったはずだ。だから彼は枯れることを望んだ。この世界に自分の居場所はないという、心の叫びだったのだろう。
「私はやっぱりツキさんに枯れてほしくないです。時代が変われば、人の心も変わるし、不義理な人もいるのは事実です。でもこうやって人間と樹木が寄り添い、その想いを未来に繋げたいと願ってる人もたくさんいます」
人は樹木に頼って生活し、樹木から温もりを分けてもらい、樹木が空気中にある化学物質を吸着してくれるおかげで、私たちは綺麗な空気を肺に入れることができている。
「樹木があるから人間は生きられる。そして樹木もまた人間がいなければ生きられない。共存という言葉は無機質で好きではないですが、共に生きると書いて、共生していくことはできると思ってます」
「…………」
「だから、どうか人間と一括りにして絶望しないでください。私がツキさんをもうひとりにはさせない」
受け止めていく、受け入れていく、受け継いでいく。樹木医としてはまだ半人前だけど、心を通わせたいと思う気持ちなら誰にも負けない自信がある。
「……縁、だったな、名前」
「え、は、はい」
ツキさんが空を見上げた。その瞳は、遠い過去を振り返るようでありながら、すぐそばの未来に手を伸ばそうとしているようにも見えた。
「俺に枯れるなと言うのなら、しばらくお前の仕事ぶりを観察させてもらう。それで樹木と人間が本当に共に生きられるのかをお前を通して判断する。だから、それまでは枯れるという選択は保留にしておいてやる」
ツキさんが私に託してくれた。だったらもうやることは決まっている。
「ありがとうございます。樹木医としてこれからも誠心誠意がんばります……!!」
始まりを告げる梁川音頭の調べが、いつまでもいつまでも、優しく私たちを包んでいた。