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「人間が死を選べるなら、俺たち樹木も同じだ。心次第で、時間と労力をかければ枯れることだってできる」

 それなら、これはツキさんが自ら消えたいという気持ちの表れだとでも言うの?

 これまで誰よりも多くの樹木に関する本を読み漁ってきた。でも、精霊の心について書かれたものは一冊もなかった。樹木医の資格があっても、これは勉強だけでは知り得ない領域だ。

 ふと、町の中心にある荘厳な神社のことが頭を過った。たしか歴史は300年前後だと聞いたことがあるけれど、そこには八百万の神が祀られ、町の人々だけでなく遠方からも参拝者が訪れるそうだ。

 ……もしかしたら、この森に足を運ぶのが難しいと考えた人が、誰でも参拝しやすい土地に神社を移したのではないだろうか?

 それを証拠にここには古びた拝殿はあるけれど、神様がいるとされる本殿は跡形もない。きっと、神様だけ森の外へと連れていったのだ。同じように扱われていたはずの、ツキさんだけをこの場所に残して。

「期待しては裏切られ、また誰かが迎えに来てくれると期待する。そんな繰り返しにはもううんざりだ。どうせ俺が枯れ果てて朽ちても、誰も気づかない」

 ツキさんの瞳は寂しさを超えて、まるでなにも求めない『無』のように見えた。

「……私は、嫌です。私はこのまま枯れさせるなんてできません。私は医者です。樹木を治すのが仕事です!」

 気づけば両手で握り拳を作っていた。

 ツキさんの言うとおり、今ではここに神社があったことや、見惚れるほど美しいケヤキがあることは誰も知らない。寂しいことだと思う。悔しいことだと思う。でも私が感じる何倍もの重みを、ツキさんはずっと抱えてきたのだろう。

「樹木医がなんだ。たかが二十三年しか生きていない小娘になにができると言うのだ?」

「たしかに千年生きているツキさんから見れば私は赤子のように感じるでしょう。だけど私は今日あなたを見つけました。見つけた以上、なにを言われても手離すことは絶対にしません!」

「信用できん。人間は移り気の激しい生き物だからな」

「信用はしなくてもけっこうです。私はあなたのことを忘れませんし、ここにだって足繁(あししげ)く通うつもりです。心の隙間も立派な病気です! 私が治療します! ツキさんの心を救わせてください……!!」

 私は思いを込めて深く頭を下げた。返事は聞こえない。その代わりに、ツキさんの二枚歯の下駄がゆっくり近づく音が響いた。

「普通、頭を下げるのは患者のほうじゃないのか?」

 ふわりと、陽だまりのような柔らかな香りが漂った。太陽の光を浴び、空に近い場所で生きる彼ならではの香りかもしれない。

 ツキさんの目はまだ警戒を解いていないが、さっきのような冷たさは薄れていた。

「そこまで言うのなら、一度だけ俺の頼みを聞かせてやろう」

「……頼み、ですか?」

「ああ、俺には友人がいる。そいつに会いに行きたいのだ」

 ツキさんはぽつりぽつりと、詳細を話してくれた。

 寛仁(かんにん)四年。約四百年続いた平安時代にツキさんは生まれた。当時園丁(えんてい)と呼ばれていた庭師によって大量の苗木が山へと植林され、その中のひとつがケヤキであるツキさんだったらしい。

「では、その時からの友人ということは、ツキさんと同じケヤキですか?」

「いや、あいつはスギだ」

「わあ、スギですか! ケヤキ同様に長寿の木ですね!」

「ああ、生まれ屋久島(やくしま)だと言っていた」

「屋久島! 私、行ったことあります!」

 手つかずの自然が残る屋久島で、登山道を進んだ先にある樹齢7000年を超える縄文杉を見た感動は今も忘れられない。

「ということは、どこかの山にいらっしゃるのですか?」

「あいつは酒蔵(しゅぞう)の当主へ貰われた。名前は……高倉(たかくら)という男だったな」

「た、高倉酒蔵ですか!? ものすごく有名ですよ!」

 私は下古なのでお酒に詳しくないけれど、歴史ある老舗高倉酒蔵の名を知らない人はいない。

「たしか梁川(やながわ)市に高倉酒蔵の本店があります。立ち寄ったことはないですが、梁川市には仕事で何回か行ったことがあるので場所はわかりますよ」

「じゃあ、ちょうどいいな」

 梁川市までは車で一時間ほどなので、さっそく向かってみることにした。

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