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「……はあ」
その帰り道。いつもは元気だけが自慢なのに、なぜか重いため息が漏れていた。依頼者の事情は理解できるものの、どうにもやりきれない思いが心を埋め尽くす。癒しを求めて目をやったのは、圧倒的な存在感を放つ〝千樹の森〟だった。
環境破壊が叫ばれる現代でも、この森は名前の通り千年前から変わらずそこにあるという。長い年月の中で、巨大な津波や地震、気候変動、さらには都市開発のための埋め立て計画にも直面したが、野崎先生の話では、この森には神秘的な力が宿っており、戦争の炎さえも寄せ付けなかったそうだ。
こういう歴史ある森を私たちは守っていかなければならない。気持ちを切り替えるために両頬を叩き、気づけば森へと足を踏み入れていた。
森の中は一面の緑が視界を埋め尽くし、思わず深く息を吸いたくなるような安らかな香りに満ちていた。一説によると、森の香りは樹木が自分たちの身を守るために放っている毒であり、仲間の木々に注意を伝えているとも言われている。
その毒を癒しだと捉えている人が私も含めて多いということは、人間と樹木は共存関係にあるのではないかと強く思う一方で、樹木の敵は微生物だけではなく、残念ながら人間もまたその一つ。悲しいけれど、森林伐採はこの瞬間もどこかで行われているのだ。
歩きながら、木々の状態を確かめるように触診を続けた。こうした広大な森では、一本の木が重い病気にかかると、まるで伝染病のように広がるリスクがある。それでも、この森の木々はいつ訪れても力強く生命力に溢れている。
……本当にすごい。やっぱり不思議な力に守られているのかもしれない。
歩みを進めるうちに、気づけば森の奥深くまで来ていた。樹木医として持ち歩く高度計とコンパスがカバンに入っているから、迷う心配はない。生い茂る草木をかき分け、まるで幕のように絡み合った枝をくぐり抜けると、突然、目の前に開けた空間が広がった。
「……わあ……」
思わず吐息まじりの声が漏れる。そこには木漏れ日を浴びながら建っている神社があった。
かつては鮮やかな赤だったであろう鳥居や拝殿は、色褪せて今にも崩れそうなほど古びている。何度も千樹の森を訪れているのに、こんな場所に神社があるなんて知らなかった。