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梶原さんの自宅は、町外れにある一軒家。今日は依頼の予定がなかったため、住所を頼りに足を運んだ。
「梶原さん。みどりの診療所の双葉です」
インターホンを押しても中から応答はない。バサッとなにかが落ちたと思えば、玄関ポストに押し込まれていた大量のチラシだった。敷地内の雑草が伸び放題で、踏み跡も確認できないことから、一目で家の出入りがないことがわかる。……梶原さんになにかあったのだろうか。心配になりながら、庭先に目を向けた。
約一カ月前。梶原さんから依頼されたのは、梅の木の相談だった。推定で五十年ほどの老木の梅は見事な風格だったが、三月という開花の時期にもかかわらず、一輪も花をつけていなかった。
『ずっと元気がないんです……』
そう話す梶原さんの顔色もあまり良くなかった。よほど大切にしている木なのだろうと、早速外観診断を行ってみたけれど、とくに異常は見つからない。詳細な調査のために精密検査を勧めると、梶原さんは首を横に振った。
『いえ、この梅の木はもう切ってくださいませ』
『え……か、開花異常はありますが、病気や根腐れはしていませんし、いたって健康な木ですよ?』
『わかっております。でもいいんです』
『伐採を……希望される理由を窺ってもよろしいですか?』
『もう誰もこの梅を見る人はいませんから』
梶原さんの意志は固かった。
樹木医として、私は時に樹木の病状や環境への影響を鑑み、やむを得ず伐採という選択をすることもある。しかし、それは最終手段としての判断であり、本来であれば治療によって樹木の健康を取り戻すことに力を注ぎたいのだ。とはいえ、梶原さんの心は変わることなく、最後には「先生、お願いいたします」と頭を下げられたため、仕方なく一枚の名刺を差し出した。
『申し訳ございませんが、みどりの診療所では伐採作業は取り扱っておりませんので、弊社と提携している造園業者に連絡を取っておきます。こちらに記載されている番号から連絡がございましたら、その際に改めてご依頼いただけますでしょうか……?』
その後やり取りがなされて、現在梶原さんの庭にあの梅の木はない。ノコギリで幹を切り、シャベルで木の根を掘り出し、土の中で張っている残りの根を消滅させるための除草剤が撒かれたため、梅の木があった場所にはなにもなくなった。
これはあまり知られていないが、木を袋に入る大きさにまとめられれば、可燃ゴミとして集積所へ持っていくことができる。生きていた木がゴミとして扱われてしまうこと。こんなに胸が痛くて苦しいことは他にない。