第七章:二重生活と研鑽の日々
僕の二重生活は、想像していた以上に困難だった。
日中は、学院の授業に出席し、他の学生や教授の前で、相変わらず魔力の少ない出来損ないを演じなければならない。
実技の授業では、わざと初級魔法に失敗し、周囲の嘲笑を浴びた。グループワークでは、以前と同じように孤立した。
特に辛かったのは、同級生たちの侮蔑の言葉だ。
「おいレン、また火花かよ。情けないな、アシュフィールド家の恥だ」
「本当に学院にいる意味あるのか? 図書館にでも籠もってた方がマシなんじゃないか?」
以前なら、その言葉に心が深く傷つき、自分自身を情けなく思った。
しかし、今は違う。
僕の内には、彼らが想像もできないほどの力が眠っている。
彼らの言葉は、僕の真実を知らない故の発言だ。
そう割り切ろうとしたが、それでも、目の前で嘲笑されるのは、やはり胸が締め付けられるような思いだった。
それでも、僕は耐えた。
この力を隠し通すことが、僕自身の安全、そしてアルベール教授や学院長の努力を無駄にしないために必要なことだからだ。
一方、夜や、人目を避けた時間帯には、学院地下の研究室で、アルベール教授との秘密の訓練と研究に没頭した。
覚醒した僕の魔力は、まるで尽きることのない泉のように湧き上がってくる。
しかし、その力はあまりにも強力で、繊細な制御が難しかった。
教授の指導の下、まずは基本的な魔力のコントロールから始めた。
有り余る力を暴走させず、必要な量だけを、正確に、そして精密に操作する技術を磨く。
「君の魔力は、一度に全てを解き放つと、周囲一帯を消し飛ばすほどの破壊力があるかもしれん。それを、指先で蝋燭の火を灯すくらいの繊細さで操れるようにならなければならん」
教授の言葉は、僕の力の恐ろしさを改めて実感させた。
僕は、何時間もかけて、魔力の流れを細く絞り、特定の形に固定する練習を繰り返した。
最初はすぐに魔力が暴走しそうになり、冷や汗をかいたが、前世で学んだ精密機械の制御理論や、流体力学の知識を応用することで、徐々にコントロールできるようになっていった。
次に、教授は僕に、薬草を用いたポーション作りから始めることを提案した。
「錬金術は、魔力と物質を組み合わせる技術の基本だ。特にポーションは、魔力を液体に定着させ、特定の効能を引き出す。君の全属性適性を活かすのに最適な訓練だ」
研究室の一角には、様々な種類の薬草や魔法的な素材が置かれていた。
僕は教授に教わりながら、基本的な回復ポーションや魔力回復ポーションの作り方を学んだ。
そして、そこに僕自身の全属性の魔力を込めることを試みた。
普通の魔法使いは、特定の属性の魔力しか扱えないため、ポーションに込める魔力もその属性に限られる。
しかし、僕は全ての属性を扱える。
火属性の魔力を込めれば回復力を高めるポーションに、水属性なら精神安定に、風属性なら俊敏性を高める…といったように、様々な属性を組み合わせることで、これまでにない、複合的な効果を持つポーションを作り出すことができた。
「素晴らしい…! 火と水属性を組み合わせることで、回復効果と共に、傷の痛みを和らげる鎮痛効果まで付与されている。これは、既存のポーションの概念を覆すものだ!」
教授は、僕が作ったポーションの効果に目を輝かせた。
次に、魔道具への属性付与の訓練だ。
以前は微弱な魔力で簡単なエンチャントしかできなかったが、今は違う。
強力な魔力を、複数の属性を組み合わせて魔道具に注ぎ込むことができる。
ガラクタ同然の壊れた魔道具を使い、僕はエンチャントの練習を重ねた。
ただ魔力を流し込むのではなく、魔道具の内部構造を『魔法科学』の視点から解析し、最も効率的に魔力が流れ、機能を発揮できる部分に、特定の属性の魔力を精密に付与する。
それは、前世で電子機器の基盤に部品をはんだ付けしたり、配線を設計したりする作業に似ていた。
例えば、学院の工房に放置されていた、古びた「風の刃」を生成する魔道具。
以前は微風しか生み出せなかったそれが、僕が風と土属性の魔力を組み合わせ、精密にエンチャントを施すと、空気を切り裂くような鋭い風の刃を生み出すようになった。
「君の『魔法科学』と、この全属性の力が組み合わさることで、これまでにない、革新的な魔道具を生み出せる可能性がある。既存の魔道具の概念を打ち破り、全く新しい機能や性能を持つものを創り出すことができるだろう」
教授は、僕の可能性に大きな期待を寄せてくれた。
僕自身も、かつては憧れるだけだった魔道具に、自分の知識と力で新しい命を吹き込めることに、大きな喜びとやりがいを感じていた。
訓練の合間には、教授は僕にアシュフィールド家に関する話を聞いた。
教授は、僕の家族の対応に、何か引っかかるものを感じているようだった。
「君のアシュフィールド家の血筋は、確かに強力な魔力を持つことで知られている。しかし、君のような特異な状態が、なぜ一族の歴史の中で記録されていないのか…」
僕の魔力瘤が先天的なものだとしたら、過去のアシュフィールド家にも、同じような症状の者がいてもおかしくない。
しかし、教授が調べた限り、そのような記録は一切見つからなかったという。
「君の魔力瘤が、何らかの外的要因によって形成された可能性も考えられる。あるいは…非常に稀なケースだが、魔力自体が、特定の外部からの影響で、一時的に『隠蔽』された状態になったのかもしれん」
教授は、僕の過去に、何か隠された真実があるのではないかと示唆した。
しかし、幼少期の僕には、特別な出来事があった記憶はない。
穏やかとは言えないが、ごく普通の、魔力無き子供としての生活を送っていただけだ。
唯一、心当たりがあるとすれば、母、エリアラのことだった。
彼女は僕に対して、他の家族とは異なり、露骨な拒絶を示すことはなかったが、常に一線を引いていた。
そして、創成祭の時、僕の頼みを理由も聞かずに受け入れ、励ましの言葉をくれた。あの時の母の声と表情には、どこか秘密を抱えているような、深い感情が隠されているように感じられたのだ。
もしかしたら、僕の魔力瘤、そして真の力について、母は何か知っているのではないか? そんな疑念が、僕の心の中に微かに芽生え始めていた。
しかし、母に直接聞く勇気は、まだ僕にはなかった。
長年、僕たちの間に築かれた見えない壁は、あまりにも厚かった。
日々、僕は強くなっていった。
身体能力も、魔力制御能力も、そして『魔法科学』の知識も、目覚ましい速度で向上していった。
しかし、表向きの僕は、相変わらず学院の片隅で、孤独に本を読んでいる、魔力無き少年レン・アシュフィールドのままだった。




