第四章:内なる奔流への道
学院長とアルベール教授と共に始まった、僕自身の魔力瘤に関する極秘の研究は、困難の連続だった。
研究室は、学院の地下深くにある、厳重な防音・防魔処理が施された秘密の区画に設けられた。
ここに足を踏み入れるのは、学院長、アルベール教授、そして僕だけだ。
まず、アルベール教授の指導の下、僕は自身の内なる魔力を感知し、制御する訓練から始めた。
教授は僕に、目を閉じ、身体の奥深くに意識を集中するように言った。
「感じてみるのだ、レン君。君の体内の…澱みを」
言われるままに意識を集中する。最初は何も感じなかった。
しかし、繰り返し、繰り返し試すうちに、身体の中心部、胃のあたりに、重く、淀んだ、不快な感覚があることに気づいた。
それが、魔力瘤なのだろうか。
「そうだ、それだ。それが君を縛り付けているものだ」
教授の声が響いた。
「その淀みの、さらに奥。その向こう側に、巨大なエネルギーの塊があるのが分かるか?」
さらに深く意識を沈める。
すると、確かに、淀みのさらに奥底で、荒々しく渦巻く、形容しがたいほどの巨大なエネルギーを感じた。
それは、静かに存在しているのに、恐ろしいほどの力を秘めている、まるで嵐の前の海のようだ。
それが、僕の中に眠る膨大な魔力。
「…感じます…すごく、大きくて…荒々しい…」
「うむ。それが、君の真の魔力だ。長年、出口のない状態で溜め込まれてきたのだから、荒々しいのも当然だ」
次のステップは、その膨大な魔力の奔流から、僅かでも良いから、意識的に魔力を引き出すことだ。
それが、想像を絶するほど困難な作業だった。
澱みを迂回し、あるいは淀みの一部を揺り動かして魔力を表層へ引き出そうとすると、身体の内側から激しい抵抗が起こった。
まるで、身体そのものが、その力の解放を拒んでいるかのようだ。
「うぅ…っ!」
魔力を引き出そうと試みる度に、全身に激痛が走った。
神経が焼けるような感覚。意識が遠のきそうになる。
「無理はするな、レン君。焦る必要はない。君の魔力は、長年閉じ込められていたのだ。それを急に動かそうとすれば、反動も大きい」
教授は、僕の状態を慎重に見極めながら、訓練を中断させ、休ませてくれた。
そして、魔力の流れを視る能力で、僕の体内の状況を詳しく観察し、的確なアドバイスを与えてくれた。
「君の魔力瘤は、ただの塊ではないようだ。非常に複雑な構造をしておる。まるで、自らを維持するために、周囲の魔力を取り込み、さらに強固になる性質を持っているかのようだ」
同時に、魔力瘤を安全に解消する方法についての研究も進められた。
アルベール教授は、学院の禁書庫にある古代の文献や、自身の長年の研究資料を全て持ち出し、僕と共に検討した。
「魔力瘤の治療法に関する記述は、ほとんど見当たらない。過去に類例が極めて少ない現象なのかもしれん」
外部からの強力な魔力注入を試す案も出たが、教授は即座に却下した。
「危険すぎる。外部からの魔力が、内部の膨大な魔力を刺激し、制御不能な暴走を引き起こす可能性が高い。物理的な干渉も同様だ。下手に傷つければ、魔力瘤が破裂し、君の身体を内側から破壊しかねん」
様々な理論を検討したが、有効な手段は見つからなかった。
行き詰まりを感じ始めた頃、アルベール教授は、一つの結論に達した。
「…レン君。残念ながら、君の魔力瘤を安全に、かつ完全に溶かす方法は、我々が知りうる限り、一つしか考えられない」
その教授の目に、強い決意の色を見た。
「それは、どんな方法ですか?」
「君自身の魔力で、魔力瘤を内側から溶かすしかない」
「僕自身の魔力で…? でも、僕の魔力は、その魔力瘤によって阻害されているのでは…」
「うむ。だからこそ、君の魔力を、特殊な触媒を用いて精製し、魔力瘤を分解する性質を持つ、全く新しい『溶液』を作り出すのだ。そして、それを、君自身が服用する」
それは、あまりにも危険で、常識外れな方法に思えた。
自分の制御不能な、荒々しい魔力で薬を作り、それを自分の身体に入れる? 一歩間違えれば、自滅しかねない、文字通りの賭けだ。
「もちろん、簡単なことではない。まず、君が自身の魔力を、ある程度、意識的に制御できるようになる必要がある。荒々しい奔流の中から、必要な量だけ、安定した流れを引き出す訓練だ。そして、その魔力を安定させ、魔力瘤を分解する特定の性質を付与するための、極めて希少な素材が必要となる」
教授は、机の引き出しから、一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
それは、何百年も前のものと思われるほど劣化しており、端はボロボロになっていた。
そこには、いくつかの奇妙な植物や鉱石のスケッチと、僕には読めない古代文字で書かれた注釈があった。
「『月光苔』、『星涙石』、『陽溜まりの雫』…これらは、伝説に登場する素材だ。膨大な魔力を安定させ、浄化し、特定の性質を付与する力を持つと言われている。これらを集め、君の精製された魔力と調合することで、あるいは君の魔力瘤を溶かし、真の力を解放する『覚醒の秘薬』が作れるかもしれん」
「伝説的な素材…そんなもの、簡単に見つかるものなのですか?」
「いや、極めて困難だ。これらの素材に関する情報は、ほとんどが伝説や伝聞の域を出ない。だが…幸いなことに、儂はこれらの素材の在り処について、いくつか心当たりがあるのだ」
教授は、羊皮紙に描かれたスケッチを指差しながら言った。
「儂は長年、魔力の性質に関する研究と共に、伝説的な素材についても個人的に調査を進めてきた。その過程で、いくつかの手がかりを得ている。まあ、確証があるわけではないがな」
そう言って、教授は悪戯っぽく、口元に笑みを浮かべた。
「少し、学院を離れて、遠出になるかもしれんが…素材集めの旅に出かけるとしようか。もちろん、表向きは、特別な課外授業、ということにしてな」
学院長もこの案に同意し、僕とアルベール教授の、秘密の素材探しの旅が始まった。
それは、単なる課外授業などではない。僕の人生を賭けた、未知への挑戦だった。