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第三章:星屑のイリュージョンと真実の萌芽

◆第三章:星屑のイリュージョンと真実の萌芽



創成祭当日。

学院全体がお祭り騒ぎのような賑わいを見せていた。

学生たちは皆、自分たちの成果を披露することに胸を躍らせ、見学に訪れた外部からの招待客や家族連れで、会場は熱気に包まれていた。


僕が参加する魔道具開発部門の発表は、午後の遅い時間だった。

母が約束通り手配してくれた輝石は、発表開始の数時間前に、学院の正門で、アシュフィールド家の紋章が入った荷物を携えた見知らぬ業者の手によって、間違いなく僕に届けられた。

受け取った輝石は、以前使っていたものよりも、心なしか透明度が高く、微かに魔力を感じさせる品質の良いものに見えた。

母が、最高のものを手配してくれたのだろうか。


感謝の念を心に留め、僕は急いで工房に戻り、装置に新しい輝石を慎重に組み込んだ。

回路を確認し、魔力伝達経路に異常がないか最終チェックを行う。完璧だ。

発表会場は、既に多くの学生や教授、そして外部からの招待客で賑わっていた。


僕の発表時間が近づくにつれて、緊張で全身が硬くなるのを感じた。

周りを見渡すと、僕に向けられる視線は、やはり以前と変わらない。

「アシュフィールド家の出来損ないが、一体何を展示するんだ?」

「魔力も無いのに魔道具なんて作れるわけないだろ」

「どうせ、他の誰かに作らせたんだろ、家の力で」…そんな声が、実際に聞こえるわけではないのに、まるで会場の空気に溶け込んでいるかのように、僕の耳にまとわりついた。


僕の番が回ってきた。

深呼吸を繰り返し、壇上に上がる。

開発した「高効率立体映像投影装置」を壇上の中央に設置した。

装置は、いくつかの水晶レンズと金属製のフレーム、そして内部に組み込まれた魔法陣ユニットから成る、比較的シンプルな外見だった。

他の学生たちが展示している、派手な装飾が施された巨大な魔道具と比べると、見劣りするかもしれない。


僕は構わず、装置に意識を集中させた。

会場のざわめきが遠のいていく。

深呼吸し、自身の身体の奥底に澱んでいる微かな魔力を、慎重に、設計通りに、そして最大限の効率で装置に流し込む。

僅かなエネルギーでも、この装置は機能するはずだ。


装置が静かに起動した。

組み込まれた新しい輝石が、淡い、しかし確かな光を放ち始める。

レンズを通して集約された光が、壇上の中央一点に集まる。

そして、それは現れた。


壇上の中央、空間に何もないはずの場所に、精巧な立体映像が浮かび上がったのだ。

それは、前世で僕が魅せられた、満天の星空。

暗闇の中に無数の星々が散りばめられ、それぞれが微かな光を放っている。

銀河が壮大に渦を巻き、流星が尾を引きながら夜空を駆け抜ける。

惑星が静かに軌道を描き、遠くの星雲が淡い光を放っている。


それは、僕が前世のプラネタリウムや天体観測で見た宇宙の姿を、僕自身の知識とこの世界の技術を組み合わせて再現した、『魔法科学』による宇宙のイリュージョンだった。

会場のざわめきが、ぴたりと止まった。

誰もが、その精巧で、そしてあまりにも美しい、幻のような光景に目を奪われていた。

立体映像は、驚くほど安定しており、僕が注ぎ込んでいる魔力は、他の発表者の強力な魔道具と比較すれば、微々たるものだ。


しかし、この装置は、その僅かなエネルギーを極限まで効率化し、これほどの複雑で巨大な立体映像を、滑らかに、そしてリアルに投影しているのだ。

審査員席に座る教授たちの間でも、驚きと戸惑いの声が漏れていた。

特に、白髪の老教授――アルベール教授が、信じられないものを見るかのように、僕の装置、そして僕自身を、食い入るように見つめているのが遠目に分かった。

彼は、この学院でも特に魔力感知能力に優れ、「魔力の流れを視る」ことができると噂される人物だ。

その教授が、僕の装置が放出する魔力の少なさと、生み出される映像の壮大さのギャップに、何かを感じ取っているようだった。


「…素晴らしい」

静寂を破って、アルベール教授が感嘆の声を漏らした。

その声は、会場に響き渡った。

発表は、僕が予想していた以上の成功を収めた。

多くの学生が、教授たちが、そして外部からの招待客が、僕の装置の前に立ち止まり、その立体映像に見入っていた。

中には、僕に質問を投げかけてくる者もいたが、僕は『魔法科学』の概念をそのまま話すわけにはいかないので、ごまかすのに苦労した。


結果発表。

魔道具開発部門の最優秀賞は、強力な自動防御装置を発表した貴族の学生が受賞したが、僕の「高効率立体映像投影装置」は、優秀賞に選ばれた。

最優秀賞には届かなかったが、魔力がほとんどないと言われていた僕が、これほどの評価を得られたことは、学院の歴史でも異例の快挙と言ってよかった。

表彰状を受け取った時、僕は初めて、自分の力で何かを成し遂げたという、確かな達成感を味わった。

それは、家で蔑まされ、学院で嘲笑され続けた日々の中で、僕が必死にしがみついてきた知識と工夫が、ようやく実を結んだ瞬間だった。

心の奥底が、温かい光で満たされるのを感じた。

母の期待にも、微かだが応えられただろうか。


その数日後。

僕は学院長室に呼び出された。

緊張しながら重厚な扉を開けると、そこには学院長であるセオドア・グランツワルド氏と、創成祭で僕に注目していたアルベール・シュタイン教授が既に席に着いていた。


セオドア学院長は、この学院を長年率いてきた、厳格な人物として知られている。

だが、その鋭い瞳の奥には、学生たちに対する深い愛情と、真理を探求する知性が宿っているのを感じる。

アルベール教授は、白髪に丸眼鏡、どこか飄々とした雰囲気を持っているが、魔法理論、特に魔力の性質に関する研究においては大陸随一と言われる権威だ。


「レン・アシュフィールド君。セオドア学院長だ」

学院長が、穏やかな、しかし威厳のある口調で切り出した。

「そしてこちらは、アルベール・シュタイン教授。君の創成祭での発表について、話を聞かせてもらおうと思ってね」

「…はい、学院長。アルベール教授」

緊張しながら、僕は席に着いた。

「先日の創成祭での君の発表、見事だった」

学院長が続けた。


「特に、あの投影装置が、あれほど微弱な魔力であそこまでの映像を生成していたことに、我々は驚愕した。君は、アシュフィールド家の血筋でありながら、魔力がほとんどないとされてきた。その君が、あれほどの魔道具を生み出した。これは、我々の知る魔術の常識から外れている」

僕は言葉を選びながら答えた。

「その…僕は、魔力自体は少ないのですが、魔道具の構造や、魔力の流れを効率化する方法を独自に研究しまして…」

「独自の効率化、か」

アルベール教授が、初めて口を開いた。

その目は、僕を興味深そうに、そしてどこか、何かを見透かすような不思議な光を宿して見つめていた。


「君の魔道具も興味深かったが、儂が本当に驚いたのは、君自身のことなのだ、レン君」

「…僕、ですか?」

「うむ。儂には、他者の魔力の流れや、その『質』、そして『量』が、ある程度視える」

教授は、丸眼鏡の奥から、僕の身体を透かし見るかのような鋭い視線で言った。


「そして、儂には視えた。君の身体の内に秘められている魔力量は、微弱どころか、実のところ、想像を絶するほど膨大だ。おそらく、アシュフィールド家の血筋の中でも、歴代有数と言っていいほどのポテンシャルを秘めている」

「…え?」

信じられない言葉だった。

僕が? 膨大な魔力を秘めている? あの、魔力測定の水晶に全く反応しなかった僕が? では、なぜ僕は魔法が使えないのか? なぜ、微弱な魔力しか感じられないのか?


「だが、その膨大な魔力が、君の身体の中心部で、まるでよどみ、固まっている。

まるで、分厚い壁か、頑丈な檻の中に閉じ込められているかのようだ。

そして、実際に体外へ出力され、君が感覚として捉えている魔力は、その『澱み』から僅かに漏れ出ている、極々微量に過ぎない。

内包する魔力と、出力される魔力の間に、極端な、常軌を逸したアンバランスが生じているのだ」


教授は続けた。

「おそらく、幼少期に行われた魔力測定の水晶は、体外へ放出される『出力』を計測するものだったのだろう。君の場合、その出力があまりにも微弱であったため、水晶は反応しなかった。そして、君がほとんど魔法を使えないのも、膨大な魔力の流れが、その『澱み』…我々はそれを『魔力瘤まりょくりゅう』と呼んでいるが…それによって、著しく阻害されているためと考えられる」

魔力瘤。

初めて聞く言葉だった。

僕の魔力不足の原因は、単に魔力が少ないのではなく、膨大な魔力が体内で滞り、身体の外へ、意識の表層へ流れ出すことができない状態にあったというのか? それが、「灰色の烙印」の原因だった?


「なぜ、そのような状態に…?」

「原因は定かではない。先天的なものかもしれんし、あるいは、幼少期に何らかの強烈な衝撃や精神的な要因で、無意識のうちに自らの魔力を深く閉ざしてしまった結果、形成されたのかもしれない。いずれにせよ、問題は、この魔力瘤をどうするか、だ」


学院長が重々しく口を開いた。

「レン君。君は、我々の想像を遥かに超える、類稀なる才能を秘めている可能性がある。しかし、その才能は、今は君にとって危険な爆弾を抱えているようなものだ。その膨大な魔力がいつか暴走すれば、君自身が傷つくか、周囲に甚大な被害をもたらす可能性がある。あるいは、一生、その真の力を引き出せないまま、君の才能は闇に葬り去られるかもしれない」

学院長は真っ直ぐに僕を見据えて言った。その瞳には、厳しさの中にも、確かな希望と懸念が同居していた。


「我々と共に、研究をしてみないか? 君の魔力瘤を解消し、その真の力を解放するための、極秘の研究を」

それは、僕の人生を根底から覆す可能性のある、あまりにも大きな提案だった。

出来損ないとして生きてきた僕の中に、計り知れない力が秘められているという事実。

そして、その力を解放するための研究に、学院全体が協力してくれるという申し出。


僕は、一瞬、自分が夢を見ているのではないかと思った。

しかし、学院長とアルベール教授の真剣な眼差しは、これが現実であることを物語っていた。

「…やらせてください」

震える声で、僕は答えた。

「僕のこの力を…知りたい。そして、出来損ないじゃないってことを…証明したいです」

学院長は微かに頷き、アルベール教授は静かに微笑んだ。


「よろしい。だが、この研究は、学院の最高機密とする。君の魔力瘤の存在、そして君が秘める真の魔力量。これを知るのは、我々と君、そして必要最低限の協力者のみだ」

教授は続けた。

「特に、君の家族には絶対に知られてはならん。アシュフィールド家が、君がこれほどの力を持っていると知ったら…どうなるか、想像もつかん。君を利用しようとする者、あるいは、その特異な力を恐れて排除しようとする者が出てくる可能性が高い。君の身に、計り知れない危険が及ぶだろう」


僕は、家族の顔を思い浮かべた。父の厳しい目、兄姉の嘲笑。母の諦め顔。彼らが僕の真の力を知った時、彼らはどう反応するだろうか? 教授の言う通り、それは容易に想像できるものではなかった。

こうして、僕の、そしてアルクス魔法学院の秘密の研究が始まった。

表向き、僕は相変わらず魔力無き劣等生。

しかしその裏で、僕は自分自身の内に眠る規格外の力と向き合うことになったのだ。

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