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序章:灰色の烙印

【あらすじ】


名門魔法使い一族に生まれながら、魔力がないと虐げられるレン。魔法学院でも孤立していたが、ある日科学者だった前世の記憶を思い出し、「魔法は科学」であり工夫次第で克服できると気づく。創成祭の魔道具発表で危機に陥るも、疎遠だった母の助けで乗り越え成功。その際、体内に膨大な魔力が滞留する「魔力瘤」が原因で低魔力に見えていたことが判明する。教授の指導で自身の魔力から秘薬を作り魔力瘤を解消すると、全属性の強大な力が覚醒。しかしその力は危険視され、家族にも秘密にするよう指示される。レンは表向きは劣等生のまま、秘めた力と独自の『魔法科学』で道を切り開くことを決意する。

◆序章:灰色の烙印



アルクス魔法学院。

この大陸の魔法の粋が集う学び舎であり、その門をくぐることは、すべての若者にとって、輝かしい未来への約束を意味していた。

貴族の子弟から平民の秀才まで、誰もが等しく、その才能を磨き、世界の表舞台へと羽ばたく機会を与えられる場所。

だが、僕、レン・アシュフィールドにとって、その門は希望ではなく、現実の重圧を突きつける鉛の塊のように感じられた。


僕の一族、アシュフィールド家は、古くから続く魔法使いの名門だ。

強力な魔力を持ち、多くの偉大な魔法使いを輩出してきた。

父、レジナルド・アシュフィールドは宮廷魔術師団の重鎮。

母、エリアラ・アシュフィールドは高名な治癒魔法使い。

兄のカルロスは学院でもトップクラスの成績を収め、卒業後は騎士団への入隊が内定している。

姉のソフィアもまた、学術的な分野で頭角を現しつつある。

皆が皆、眩いほどの魔力を持ち、その輝きによって一族の威光を高めている。


そんな彼らの間で、僕は「出来損ない」として生まれた。

生後間もない頃に行われる、赤子の魔力量を測る儀式。

家族や親戚が見守る中、神官が聖なる水晶を僕の額に当てた。

通常ならば、魔力に応じて水晶は様々な色や強さの光を放つ。

しかし、僕の場合、水晶はピクリとも動かなかった。

ただ、そこに静かに存在する、無機質なガラス玉のようだった。


その瞬間、部屋に満ちていた期待感は凍りつき、やがて沈黙に変わった。

そして、静かな囁き声が広がる。

「まさか…」

「魔力が、ない?」

「アシュフィールド家の…」

父の顔からは血の気が失せ、母は顔色を悪くして立ち尽くしていた。

その日以来、僕はアシュフィールド家にとって、拭い去ることのできない汚点となった。


家での日々は、息が詰まるようだった。

僕は家族にとって、いないものとして扱われた。

食卓では会話に入れず、皆が僕を避けるかのように振る舞った。

父は僕に目を合わせようとせず、母は悲しみと諦めが混じったような視線を向けるだけだった。

兄と姉は、僕を露骨に見下し、時には嘲笑した。


「魔力もないくせに、一緒に食事するなよ」と、カルロス兄さんはよく言った。

「学院に来るのも恥ずかしいと思わないの? 家の恥よ」と、ソフィア姉さんは冷ややかに言い放った。


同年代の子供たちも、僕を仲間外れにした。

広場で魔法の練習をする彼らの傍らを通るだけで、

「あっ、魔力無しのレンだ」

「近寄るなよ、穢れる」と指をさされた。

時には、容赦なく石を投げつけられることもあった。

身体の痛みよりも、心の奥底にじわりと広がる孤独と絶望の方が、ずっと辛かった。


しかし、僕は諦めなかった。

魔力がないなら、知識で補うしかない。

そう強く心に誓った。

僕は家の書庫に籠もり、来る日も来る日も本を読み漁った。

魔法理論、歴史、古代文字、魔物に関する知識、薬草学…そして、父や兄たちが「下賤なもの」と見向きもしない「魔道具」に関する書物。


魔道具は、魔法使いが魔力を込めて使うものだが、その構造や仕組みには、魔力そのものとは異なる理屈があるように思えた。

それらの書物に、僕は微かな希望を見出したのだ。


アルクス魔法学院への入学は、まさに奇跡と呼べるものだった。

魔力基準を満たしていない僕が、本来なら門前払いされるはずだ。

しかし、筆記試験の成績が飛び抜けて良かったこと、そして何よりも、アシュフィールド家の「面子」を保つために、特例措置として最低限の魔力基準が免除されたのだ。

それは僕自身の力というより、家の名前の力だった。


入学式の日、学院の広大な敷地に足を踏み入れた僕は、張り裂けそうなほどの視線に晒された。

栄光に満ちた場の中心にいる僕を、誰もが訝しげに、あるいは侮蔑の色を込めて見ていた。

「なぜあんな奴がここに?」

「アシュフィールド家の恥晒しじゃないか」

「コネ入学だろ、どうせ」…そんな囁き声が、まるで呪いのように僕の耳朶にまとわりついた。


教室での日々も、想像通りだった。

実技の授業では、皆が当たり前のように使う初級魔法すら、僕には豆粒のような光を出すのが精一杯だった。

教授の指示通りに手を動かしても、魔力が通じない。周囲の生徒たちは、僕の不器用さを嘲笑した。


「おいレン、その火花は何だ? 蚊でも燃やすのか? ハハハ!」

「水の玉すら作れないのか? アシュフィールド家は地に落ちたな!」

組分けのグループワークでは、誰も僕と同じグループになることを嫌がった。

「お前が入ると足手まといになる」

「魔力無しじゃ何もできないだろ」

結局、僕はいつも一人で課題に取り組むことになった。


それは孤独だったが、同時に、誰にも邪魔されずに自分のペースで知識を深められる時間でもあった。

唯一の救いは、座学の授業と、学院に併設された広大な図書館だった。

哲学、歴史、言語学、地理学、天文学…そして、古今東西の魔法理論。

知識だけが、僕をこの灰色の現実から少しだけ解放してくれた。

僕は図書館の片隅で、来る日も来る日も、貪るように本を読み続けた。

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