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第1話「ひもろぎの勾玉」

前の話の練り直しです。



 F市浅門町。

 この地区はかつては純朴たる農村であったが、戦後まもなく団地計画が行われ、東京方面へのベッドタウンとして急激に都市化が進んでいた。しかしそれは団地のある浅門駅周辺のみに限っての事であり、駅を外れると未だにのどかな田園風景が広がっていた。

 その浅門町のほぼ中心に広い敷地を持った山が存在する。本荘総本山と呼ばれるその山中には本荘神社があり、浅門町の氏神として古くから町を見守っていた。

 ほぼ平地の中にある本荘総本山は町のどこからでも見えるため、古くから町のシンボルとして親しまれていた。


3月下旬。それは起こった。

 時刻は夕暮れ時であった。赤い空の中、黒煙を上げながら一機の貨物機が本荘総本山に落下した。落下の瞬間、機体は更に真っ赤な炎に包まれて炎上したように見えた。

 少女、ななこはその光景を自宅の台所の窓から見ていた。

(あれは炎の赤?夕陽の赤?何か違う。例えるなら、花火とかの……ええと、炎色反応?)

 ななこは以前習った理科の用語を思い出しながら考えていた。

 すると山で燃え盛る炎の中から輝く何かがぐるぐると回転しながらななこの家へ向かってくる。目を凝らしてよく見てみるとそれは……グローブ程の大きさの勾玉だった。

「……うゆ?」

 勾玉はぐるぐると回転しながら、ななこの方へ落ちてくる……ことは無く、ななこの家の屋根の真上を通り抜けてそのまま飛んでいった。

それを見たななこは台所のすぐ背後のリビングでテレビを観ている兄に向かって言うのであった。

「ねぇ、おにーちゃん。勾玉って飛ぶの?」

 ななこが再びその勾玉を見るのは来月のことである……。



 4月上旬。全国的に始業式である。

 ななこの通う浅門学園初等部でも体育館で全校生徒が集められ始業式が行われていた。

 毒にも薬にもならない話をぼそぼそ声で校長が話しているのを聞きながら、ななこは考えていた。この前の勾玉のことである。

(あの勾玉、一体何だったんだろ……。というか勾玉って空飛ぶものなのかなぁ。おにーちゃんには正気を疑われたりしたけど……確かに飛んでたからなぁ、勾玉。それにしても校長先生の声ってどうしてこうも眠くなるんだろ……。あぁ意識が)

「ななちゃん、ななちゃんってば」

「うゆ?」

「だ、大丈夫?思いっきり女の子がしちゃいけない顔してたけど」

 彼女はななこの同級生の土浦このは。華奢な体つきとおでこを出した髪型が特徴的な女の子である。

「いやぁ、ちょっと考え事してたら眠気がいきなり……って、女の子がしちゃいけない顔ってどんなだよっ」

「ええっと……あんな感じ」

 このはが指す方向には同級生の下里あきらがいた。日焼けしたたくましい体育会系の体つきとショートカットの黒髪が特徴的な女の子であるが……彼女は白目を剥いて寝ていた。

「ぐ~……。」

「……なるほど、あれはアウトだなぁ」

 ななこは納得した。

「えっと、ななちゃん、悩み事……?その……私でよかったら聞くよ?」

「んーとね、勾玉について考えてたの」

 ななこがそう言うとこのはは思いもよらない言葉を返して来た。

「勾玉?ひもろぎの勾玉のこと?」

 校長のヤマ場もオチもない話が終わった。

『はい、校長先生ありがとうございました。引き続いてはお知らせです。前年度で産休に入られたO田先生に代わって、みなさんご存じ養護教諭兼図書室司書の本荘先生が担任も兼任することになりました。それに伴い、新任司書さんが入りました……。』

 教師の人事連絡が淡々と続く。

「このはちゃん、ひもろぎの勾玉って、何?」

「えっ?ななちゃん知らないの?これのことだよ」

 このははスカートのポケットから自宅の鍵を取り出す。鍵にはキーホルダー代わりにガラスのように透明な勾玉が結ばれていた。

「それが、ひもろぎの勾玉……?」

 飛んでいた勾玉よりずっと小さい、普通の勾玉である。

「ななちゃんは持ってないの?」

「持ってないなぁ」

「そっかぁ。これって浅門だけの風習なのかな。ななちゃんは確か引っ越してきたんだよね」

「うん。初等部入学の時に、南の方から、ね。ひもろぎの勾玉って、浅門の子ならみんな持ってるの?」

「んー。浅門の女の子なら大体持ってると思う。お守りみたいなものなんだって」

 このはは鍵についた勾玉を見せながら言う。

「どーりで勾玉もってる子多いと思った。この地域と勾玉って縁が深いのかなぁ?」

「ごめんね。よくわかんないの……。」

「そっかぁ」

『……以上でお知らせを終わります。最後に表彰があります。前年度の各校対抗弁論大会で我が生徒会が最優秀賞を受賞しました。生徒会長の白戸さん、副会長の賀上さん、書記の黄桜さん、前へ』

 促されて生徒会のメンバーがステージ上へと登壇してくる。

 先頭に立つさらさらのセミロングヘアの整った顔立ちの少女が生徒会長の白戸みゆき。

 次の背がすらっととても高く派手めな顔立ちの少女が副会長の賀上みらら。

 後ろにいる平均的な体格で特徴の無い眼鏡少年が書記の黄桜。

 この3名が浅門学園初等部の生徒会の中心人物である。

 校長の手で大会の賞状が授与される。代表で前に出た生徒会長白戸は美しい所作で一礼すると賞状を受け取った。巻き起こる拍手喝采。

「生徒会長さんすごいよねぇ。テストの点数も毎回上位だし」

 心底感心するようにこのはが呟く。

「本当、私達と同い年には見えないよねぇ。それにひきかえ私達は……。」

「ぐ~……。」

 ななこは呆れたように横目で依然眠り続けるあきらの方を見やるのだった。


 その始業式の後。新校舎3階。教室にななこ達はいた。

「式でも紹介してたけど。養護教諭に加えて今年度から皆さんの担任も兼ねます、本荘です。以後よろしく」

 よれよれの白衣に分厚い眼鏡、そして何より眠そうな目とその下の濃いクマ。この女性が担任教師・本荘ひいらぎである。

「ひいらぎちゃん、目の下のクマすごいけど大丈夫っすかー?」

 式でたっぷり寝て元気いっぱいなあきらが聞く。

「誰がひいらぎちゃんかっ。本荘先生と呼びなさいっ。大体余計なお世話よ、まったく」

 ひいらぎ先生は眠そうな目で頭を掻きながら言う。

「それでは……ええと……何だっけ」

 考えるようなしぐさを見せるひいらぎ先生であったが、やがてゆっくり瞼が閉じてゆく。

「おーい、ひいらぎちゃーん、起きろー」

 あきらが呼びかけると、ぱっと目を開けるひいらぎ。この通り、どうやらこの教師、あまり尊敬はされていない様子。

「ああそうだった。時間割とか配るんだった。はい、一枚ずつ取って後ろに回して」

 ひいらぎは最前列の席にプリントを配ってゆく。

 このはは一枚ずつプリントを取ると後ろのななこに回す。

「はい、ななちゃん。……ななちゃん?」

「うゆゆ?」

「またぼーっとしてる。また考え事?」

「うん。勾玉のこと。詳しく調べてみようと思って。でもどうやって調べようかなって」

「ええと。調べものなら図書室がいいと思うの」

「そっかぁ。そうだよねぇ、うん。このはちゃん頭いい!」

 やがてプリントが最後列の席に行きわたるとひいらぎは言う。

「プリント足りてない子はいないわね?そしたら、ええと……。」

「ひいらぎちゃん、目閉じかけてるー」

「ああそうだった。学級委員長決めるんだった。それじゃ、ええと、上村さんよろしく!」

「えー!?」

 ひいらぎはたまたま目の合った前列の地味な女生徒に委員長任務を託す。

「さて。委員長も決まった事で。本格的な授業は明日から始まるわ。今日はこれでおしまい。いつまでも学校に残らずさっさと下校して明日の準備をしなさいね。はい、委員長、号令」

「えっ、あっ、終わります、礼!」

 帰りの号令が済むとひいらぎは歩行用の金属杖を持ち立ち上がって言うのであった。

「これで今日はおしまい。もう一度言うけど、みんな早く下校しなさいね」



 放課後。ななことこのはが向かったのは図書室だった。一応あきらにも声をかけたのだが図書室より校庭でサッカーしてる方が楽しいと断られた。

 図書室は旧校舎1階にある。その広さは普通の教室の二倍。しかし扉は閉じられていた。

「うゆ、閉まってる……。」

「明日からしか開かないのかな」

 などと扉の前で二人が話していると。

「あら?図書室に用かしら」

 隣接している司書室の扉の方が開いて中から新卒面接を思わせるスーツ姿の女性が出て来た。後ろ髪を一本三つ編みで縛っている他は特にこれといった特徴もない女性である。

「あの、私達、本を探してて……今日は図書室開いてないんですか?」

「いいよいいよー、今鍵開けるから。本当は明日からだけどどうぞ入って」

「ありがとう司書のお姉さん!」

 司書は懐から鍵を出すと図書室の扉を開ける。ななこ達は中に入った。

「自己紹介するね。私、ひいらぎ先生の代わりに新しく司書になった佐原っていいます」

「5年2組の長嶺ななこだよ」

「同じく土浦このはです」

「ななこちゃんにこのはちゃんね、よろしくね!それで、何の本を探してるの?」

「浅門にまつわる勾玉のことについて調べたいんだけど……。」

「勾玉?この辺には勾玉にまつわる伝承があるの?私、浅門出身じゃないからよくわからないんだけど、そういうのは郷土資料かな、奥の棚にあるはずだよ」

「ありがとっ」

 ななこは司書が指す奥の棚へと向かってゆく。

「ななちゃん、私も手伝おうか?」

「だいじょーぶ!せっかく図書室来たんだし、このはちゃんは好きな本見てて」

「分かった。お言葉に甘えるね」

 このはは割と読書好きであり、図書館で丸一日時間が潰せる子であった。とある本棚の前に立ち止まると一通り中の本を見回し、上段の分厚い本に手を伸ばして取……れなかった。

 背伸びして何とか指が本の背に触れるがなかなかとることが出来ない。と。

「この本かしら?」

 後ろから司書が本を取って渡す。

「あ、ありがとうございます」

「このはちゃん、だった?ずいぶん難しい本読むのねぇ」

 その本は分厚い植物図鑑であった。

「この棚の本、好きなんですけど大体読みつくしちゃって……。」

「もしかしなくても、図書室の常連さんなんだねぇ」

 このはは席に座ると図鑑のページを開く。司書は横でにこにことその様子を見ている。

「植物とか、好きなのー?すごいねぇ。私がこのはちゃんくらいの時には漫画しか読まなかったのに。それにしてもこの図書室ってとても初等部向けじゃない蔵書が混じってるの何とかならないのかな。難しい蔵書は高等部に渡してその分初等部向けの本を入荷するの!そしたらこのはちゃんはどんな本を入荷してほしい?」

(……読みづらい)

 この司書、どうやらこのはのことを構いたくて仕方がない様子だった。

 一方ななこは、郷土資料の棚で一冊の本を見つけていた。

「勾玉……。これかなぁ」

 質素な装丁のその古書の背表紙にはこう書かれていた。

『木下叢書 本荘総本山研究集成下巻 民俗編 浅門地区周辺の勾玉信仰について』


 旧校舎の裏。ひいらぎが何かを探すように歩き回っていた。

 右手で杖をつき、左手持った羅針盤のようなものを時折確認しながらゆっくりと歩いていたのだが、盤の針が草むらの中を指すのを見て歩みを止める。

「見つけた」

 ひいらぎは羅針盤を地面に置くと代わりに胸元から大きな勾玉を取り出して握りしめる。

 そして何やら呟き始める。

「掛けまくも畏きひもろぎの大神よ……。」

 ひいらぎの言葉に呼応するように勾玉に光が灯る。

「禍事祓い給い清め給えと申す事を聞こし召せ……。」

 ひいらぎが灯った勾玉の光を杖の先端に近づけると光は杖の先端に移る。

 と、その時。草むらの中から、潜んでいたそれが姿を現した。

 それは猫程の大きさの……ぼたもちのようであった。つぶあんに包まれた大きなぼたもちに極めて短い四肢が生えている、得体のしれないそれは草むらから姿を現すや否やひいらぎに向かって飛びかかって来たのだ!

「っ……!ひもろぎの大神よ、畏み畏み申し上げる!」

 ひいらぎは先端に光が宿った杖をぼたもちの中心に向かって突き立てる。すると光と共にぼたもちが弾け飛んだ。辺りに散乱するつぶあんと餅の欠片。

 ぼたもちが弾けて完全に動かなくなったのを確認すると、ひいらぎは羅針盤を手に取る。

「ふぅ……。あと2匹か。方向は、校庭のようね」

 ひいらぎが校庭の方を見据えた時。その方向から何やら声が聞こえて来た。

「!?まだ誰か残ってるの!?まずい、急がないと!」

 ひいらぎは杖をつき、校庭の方へ速足で向かうのであった。


『浅門町及びその周辺地区特有の風習として勾玉信仰がある。

 古くから本荘神社の氏子であった旧家では神棚に必ず勾玉が飾ってある。江戸時代後期頃には本荘神社の氏子は分家する際に神社から勾玉を授けられていたという(これは当時を知る古老の証言を記した金地君のノートによる)。現在では神棚を作る家はほぼ無くなったためか、この風習は途絶えている。

 しかしもう一つ本荘神社の勾玉にまつわる風習が存在しており、そちらの方は現在まで残っている。それは氏子に子供特に女児が生まれた際に本荘神社に勾玉を授かりに来るというものだ。その勾玉は護符代わりに女児に肌身離さず持たせた。この風習は子供の死亡率が高かった時代に自然発生したものと考えられ、その意味では子供の成長を願う七五三と酷似している行事と言えよう。

 以上のことから本荘神社と勾玉には密接な関係があると考えられる。そのため、本荘神社の氏子で構成される浅門地区およびその周辺地区には勾玉にまつわる伝承が度々聞かれるのである。なおこれらの勾玉は本荘神社の通称であるひもろぎ様に由来して、俗にひもろぎの勾玉と呼ばれている……。』

「この辺りの風習で、女の子の成長祈願の勾玉が、ひもろぎの勾玉……。」

 ななこは更にページをめくってみる。

「もしかしたら大きくて空飛ぶ勾玉のことも載ってないかなぁ?」

 1ページ、また1ページ……。

 ななこは最後まで本に目を通してみるも、空飛ぶ勾玉の記述は発見出来なかった。


 校庭。あきらは幼馴染の平田ヨースケとサッカーのPK戦をしていた。

「人数いれば試合とかできるんだけどな。1対1だとこんなもんか。ヨースケ。いくぞー」

「うん。あ、ちょっと待って」

 平田はサッカーゴールの後ろから何か出てきたのを見てあきらを制止する。

 犬か猫か、そう思って目を凝らしてみると、それは大きなぼたもちであった。

「何だそいつ。珍しい生き物かな?」

 あきらはそれに駆け寄ってくる。

「不用意に近づかない方がいい。何か様子が変……。」

 平田が間に割って入ったその時。ぼたもちが平田に飛びかかって体当たりしてきた。

「うわぁっ!」

 まともに受けた平田は勢いのまま倒れこむ。

「ヨースケ、大丈夫か!?」

「ううっ……何だこれ、べたべたして離れない……。」

 それは平田が引きはがそうとして伸ばした右腕に絡みついて余計に離れなくなっていた。

「こ、こんなもん見た事ないぞ。とにかく、あたしの力で引きちぎって……!」

 あきらがぼたもちの一部を掴んで引きちぎると、平田に向かって粘液が飛び跳ねた。

「うわぁっ!?何だこれ!」

「わ、悪い!大丈夫か?」

「この粘液、触らない方がいい。何か……ぴりぴりする」

「えっ……?」

 平田はそれを見ながら言葉を続ける。

「思うにこいつは何らかの生物なんだ。だから何らかの意思を持って僕達を襲って来てる」

「こんな生物がいるのか!?だったらこの粘液は何なんだ!?」

「消化液だよ」

 その時。粘液が勢いよく空高く噴き出して来た。

「っ!?あきちゃん離れて!」

 平田は自由が利く左手であきらを力いっぱい押しのける。一瞬の後、粘液が平田の方へ降り注いでくる。平田はそのまま左腕で粘液を払い、自らの頭や身体を守る。左腕の粘液が付着した箇所の皮膚が溶けてゆく。

「うわぁぁっ……。」

 まとわりついたそれは更に右腕にも粘液を出す。

(飛沫ではなく直接はまずい……!皮膚だけでなく腕ごと溶ける……!?)

 平田が腕の一本犠牲にしてでも引っぺがすか、と覚悟を決めたその時。

「平田君!右腕を掲げて!」

「!?」

 その声に反射的に右腕を上に向けて掲げた瞬間。

 先端の光った杖が飛んできて平田の右腕に取り付いたぼたもちを叩き落した。

 杖の飛んできた方向を見ると右足を引きずりながらこちらに急ぐひいらぎの姿が。

「ひいらぎ先生!」

「まったく……さっさと下校しろって言ったでしょう」

 ひいらぎはこちらに来ると地面に転がっている杖を拾う。

「ひいらぎちゃん、あいつは一体……。」

「いいから二人ともとりあえず避難しなさいっ。校舎の中なら安全だから」

 ひいらぎは手早く二人を校舎の方へ逃がす。そして左手に勾玉、右手に杖を持ちぼたもちへと近づいてゆく。ぼたもちは先程の杖の攻撃により半分くらい潰れている。

「やった……かしら?」

 ひいらぎは潰れぼたもちに慎重に近づいてゆく。その間もぼたもちは微動だにしない。

 目前に近づいても動きはない。ひいらぎはぼたもちをつつこうと杖を構える。

(さっきので核を壊せたのかしら。念のためもう一度霊素で攻撃してみるべき……?だけど私に残っている霊素も残り少ない……。こいつの他にもう一匹残っている今、無駄撃ちは避けるべきか……?いいえ、やはり念には念を入れて確実に始末すべきね)

 ひいらぎはそう考えると勾玉を握る左手に力を込める。

「掛けまくも畏きひもろぎ本荘大神よ……」

 勾玉に静かに光が灯ってゆく。

「禍事祓い給い清め給えと申す事を聞こし召……っ」

 不意に上から何かが動く気配を感じて見上げる。サッカーゴールの後ろには学校用地と外を隔てる5メートルほどの高さのフェンスが存在している。フェンスの向こうは歩道と車道が通っているため、ボール避けのために設置されたものである。そのフェンスの上からもう一匹のぼたもちが飛びかかってきたのだ!

 ひいらぎはぎりぎりで気づいて避けるも体制を崩してしまう。地面に落ちたぼたもちはそのまま間髪入れずに飛び跳ねて左手に体当たりをしてくる。

「!?勾玉が!」

 勾玉はひいらぎの手を離れ、宙を舞う。ひいらぎは体制を整えきれずにその場にしりもちをついてしまう。が、すかさず杖を構えてぼたもちの再度の攻撃に備える。

 しかし攻撃が来たのは背後、潰れかけのぼたもちが息を吹き返して襲ってきたのだ!

「しまったっ!?」


 ななこは例の本を借りて読みながら上履きから靴へと履き替える。

「一通り軽く見ただけだし、もしかしたら見落としてるだけでどこかに空飛ぶ勾玉のことが書いてあるかもしれない……。」

「もーっ、ななちゃん、歩きながら本読むの危ないよぉ」

「んー……。」

 このはの言葉も聞こえていない様子である。

 と、その時。あきらと平田が校舎内に駆け込んでくる。平田の方は怪我をしているようで両腕の皮膚が爛れていた。

「平田君、そ、それどうしたの!?」

「ヨースケはぼたもちみたいなのにやられたんだ!今外に出たら危険だ!」

「ぼ、ぼたもち?危険って?と、とにかく保健室に行こう。ひいらぎ先生に手当して……。」

「ひいらぎちゃんは今、外でぼたもちの対処中だ。校舎内なら安全って言ってた。とにかくぼたもちの対処が済むまで校舎内で……!?」

 ガラス戸の遠く、外のひいらぎの様子を見てあきらは声を失う。

「何か、様子がおかしい……。」

 ガラス戸の遠くでひいらぎが両腕をぼたもちに取り付かれて身動きが取れなくなっているのが見えた。

「どどどどどうしよう!?ひいらぎ先生が!」

「あわてるなこのは……。」

 あきらはきょろきょろと辺りを見回す。が、人影はない。

「辺りに人がいなくて、他に人を探しに行く時間もない。つまり助けは呼べそうにない……という事は。」

 傍の掃除用具入れから鉄製のちりとりを二つ取り出して両手に持つ。

「あたし達で助けるしかないよなぁ!」

「あきちゃん……。」

「手負いのヨースケは残ってな。いくぞ!このは!ひいらぎちゃんを助けるんだ!」

 あきらは言うが早く外へ出て行った。

「え?あ、あきちゃん!?待ってよー」

 このはは掃除用具入れから竹帚を持って慌てて後を追う。


 ななこは本を読みながら外に出ていたのだが、ふと何かを感じて顔を上げる。すると。

「空飛ぶ、勾玉?」

 大きな勾玉が目前に迫っていた。しかし目前すぎて避ける間無く、頭にぶつかった。

「うゆっ!?いたたた……。」

 ななこはその勾玉を掴んでまじまじと見つめる。透明であるが中に光が灯っている、不思議な勾玉である。

「間違いない、あの時の勾玉だ……。でもどうしてこんなところに?」

 そんな事を考えていると校舎から掃除用具を持ったあきらとこのはが出て来る。

「二人とも、何してるのかなぁ?お掃除?」

「ひいらぎちゃんを助けるんだよ!ななこ!あたし達の後に続けぇー!」

 あきらはそう言うとひいらぎに向かって走ってゆく。

「わ、わぁーっ!」

 その後を必死で追いかけてゆくこのは。しかし身体能力の差かどんどんあきらから引き離されてゆく。……あ、こけた。

 仰向けに倒れ込む形で両腕をぼたもちに取り付かれたひいらぎ。身動き出来ず、杖も転がってしまった。

「こうなったら仕方ない!」

 ひいらぎは逆に両手をぼたもちの中に突っ込む。粘液に触れたのか手に痛みが走る。

「っ!……中の核を壊せば……!」

 ひたすらぼたもちの中を探ってゆく。

「私の手が溶けるのが先か、核を探し当てるのが先か……!」

 そんな事をしていると、向こうからあきらが走って来た。

「ひいらぎちゃん!今助けるから!」

「下里さん!?気を付けて!こいつ、また……!」

 その時。右手の潰れぼたもちが消化液を噴き出して来た。

「そのためのシールドだ!」

 あきらは左手のちりとりで消化液をガードする。ちりとりは消化液で溶けてボロボロになった。

「まともに受けたら危なかったなっ」

 あきらはボロボロになったちりとりを捨てて、残ったちりとりを両手持ちに切り替える。

 ひいらぎは右手の潰れぼたもちの中に固いものを発見する。

「!これだ!」

 それを掴むと力いっぱいぼたもちの中から引きずり出す。それは、黒く小さな勾玉だった。

「これを破壊しなさい!」

「よしっ!まかせなっ!ちりとりアタック!」

 あきらはちりとりを縦に構えてまっすぐに振り下ろす!黒勾玉に当たるも3分の1が欠けただけであった。

「何っ!?すっげぇ固いっ!」

 次の瞬間。左手の潰れてない方のぼたもちがひいらぎから離れてあきらへと体当たりしてきた。

「うわぁぁぁっ!?」

 あきらはとっさにちりとりで防御するも勢いを殺すことが出来ず吹っ飛ばされた。

「下里さん!?くっ……!」

 ひいらぎは右手に取り付いたままの潰れぼたもちの核を掴む。そして。

「掛けまくも畏きひもろぎ本荘大神よ……!」

 ひいらぎが唱えると右手の黒勾玉に白い光が灯り始める。

「禍事祓い給い清め給えと申す事を聞こし召せ!畏み畏み申し上げる!」

 ひいらぎが黒勾玉を握る手に力を込めると、勾玉は白く光って砕け散った。

「ううっ……ひもろぎの勾玉の補助無しではきついわ……。……!あとの一匹は!?」

 見回すとあきらを倒したぼたもちはひいらぎに向かってきた!

「っ!?」

 と、その時。

「えーいっ!」

 走って来たななこがその手に持った大きな勾玉でぼたもちを勢い良く叩き潰した!

 勾玉は眩く光り放ち、ぼたもちは飛沫となって地面に飛び散った。

「ひいらぎ先生!大丈夫?」

「え、ええ……。」

 ひいらぎは驚きながらも頷く。

(まさか……今、この子、ひもろぎの勾玉の力を使った……?)


それから。ひいらぎに指示を受けたななことこのはは飛び散ったぼたもちを片づけた後、保健室へと向かった。

「先生、あきちゃん達は?」

「手当は終わったわ。下里さんはかすり傷だけだったけど、平田君の方は……まぁ1週間もすれば包帯も取れるでしょ。跡が残らなければいいけど」

 あきらは包帯が巻かれた平田の両腕を見つめる。

「ごめんヨースケ。ひいらぎちゃんが帰れって言ってたのに、あたしが残って遊ぼうなんて誘ったからだ……。」

「いやまぁ、それに乗った僕にも責任あるし。あまり気にしないでよ」

「で、でもお前の肌に跡でも残ったら……!」

「……別に気にしないんだけどなぁ」

 そんなやり取りをする平田の肌は下手な女子よりもきめ細かかった。

「……確かにあきちゃんが心配する気持ち分かるかも。」

「平田君って何か生まれて来る性別間違えた感じあるよね。」

 そんな事を言い合っていたななことこのはであったが。

「うゆっ!そうじゃあなくって!ひいらぎ先生、一体あれは何だったのかなぁ!?」

 ななこは皆が一番気になっていたことを代表して聞いた。

 ひいらぎは少し考えてからこう答える。

「あれは……うしとらの化け物。簡単に言うと妖怪変化、かしらね」

「妖怪変化??」

「そう。根の国より鬼門を通じて出づる……簡単に言うと異世界から来たモンスターよ」

「なるほど、モンスターかっ!」

 あきらは納得いったとばかりに言う。

「あいつらは光の霊素を……ええと、生き物を捕食するの。平田君、消化液で溶かされて食べられそうになったでしょ?」

「……。」

 平田は自らの両腕を見る。

「でもさ、ひいらぎちゃん。どうしてそんなモンスターがいきなり学校に出たんだ?」

 あきらの疑問にひいらぎは複雑な表情で語りだす。

「私の一族は先祖代々ああいう妖怪とかを退治して街の平和を守り続けてきたの。今までその使命は私の姪っ子のめーちゃんが担っていたんだけどね……。」

「姪っ子のめーちゃん……。」

 ななこは突っ込むべきか否か考えていたが構わずひいらぎは続ける。

「つい先月、とある事件でめーちゃんは再起不能になってしまって、私にその使命が回って来たの……。」

「先月の事件、って、……貨物機が山の中に落ちたこと?」

 ななこが聞くと、ひいらぎは頷く。

「ええ……あれを見たのね。あの貨物機の墜落に巻き込まれてめーちゃんは再起不能になったの。そして、ひもろぎの勾玉は私の元へとやってきた」

 ひいらぎは机の上の大きな勾玉を見る。

「やっぱりあの時の勾玉はこの勾玉だったんだ!って、ひもろぎの勾玉?って確か、あの山の本荘神社が配っている勾玉のことだよね?」

 ななこはさっき読んだ本の内容を思い出した。

「ええ、よく知ってるのね。下里さんも土浦さんも持っているでしょう?ひもろぎの勾玉」

 このはは懐から鍵に繋がれた勾玉を取り出す。あきらは自らのランドセルに結んである勾玉を見る。浅門周辺の女子が持つ、小さな、透明な、勾玉。

「実はその勾玉達は全て、一つの勾玉を複製したものなの。それがこの勾玉。これこそが、ひもろぎの勾玉のオリジナルなのよ」

 ひいらぎは机の上の大きな勾玉を見ながら言う。大きさこそ違えどこのは達の持つ勾玉と全く同じ形であった。

「ってことは、ひいらぎ先生って、あの山の本荘神社の子だったの!?」

 ななこが驚きの声を上げるとひいらぎは半ば呆れ気味に返す。

「あのねぇ……言ってないにしろ、私のフルネームで予想つくと思うけど」

「え?フルネーム?ひいらぎちゃんの下の名前なんだっけ??」

「ひいらぎは下の名前よ、おバカっ!私は本荘ひいらぎ。この地を守る使命を帯びた本荘神社の宮司巫女の一族の末裔よっ」

「本荘神社の宮司巫女……。」

「……なんだけどね。私には宮司巫女の才能無いのよ。だからつばき姉さんの血筋が継いだってのに……どうしてこんな事になっちゃったんだろ……ひもろぎの勾玉の意思とはいえあんまりよ……。」

 ひいらぎは心底恨めしげにぶつぶつと呟く。ななこ達に言っているというよりは、机の上の大きな勾玉に向かって話しかけているように。

「あの、ひいらぎ先生?」

 ななこはすっかり自分の世界に入っているひいらぎに話しかける。すると、ひいらぎはななこの方に向き直る。

「ねぇ、長嶺さん」

「な、何かなぁ?」

「試しにこの勾玉を持ってみてくれないかしら?」

「え?勾玉を?どうして?」

「いいからいいから」

 促されるままにななこは大きな勾玉の細い部分を掴んで持つ。グローブ程の大きさの勾玉である、結構な重量だ。ガラスのように透明な素材で出来ているようである。

「持ったね、そしたら集中して勾玉に力を込めるイメージを浮かべてみて」

「え?え?」

「いいからいいから」

「んー。勾玉に力を込める……。」

 促されるままにななこは集中してみる。すると。勾玉が眩く輝き出した。

「うゆゆゆゆゆゆ!?」

 ななこは驚いて手を放す。途端に勾玉は光を失って跳ねるようにベッドの上に落ちた。

「……やっぱり見間違いじゃなかった。本来は本荘一族の血にしか呼応しないはずのひもろぎの勾玉が何故か長嶺さんには反応した!」

 ひいらぎは嬉しそうに言う。ベッドに腰かけていたあきらは勾玉を掴む。

「ななこに反応するならあたしでもいけそうじゃね?集中するんだよね……。」

 あきらはななこの真似をしてみるも、勾玉は光らない。

「あ、あれー?やっぱりダメなのか?ひいらぎちゃんやってみてよ」

 あきらは勾玉をひいらぎにパスする。

「仕方ないわね、まったく。掛けまくも畏きひもろぎ本荘大神よ……。」

 ひいらぎが唱えると勾玉に小さく光が灯る。

「おおっ。でもさっきのななこの光よりだいぶ弱いなっ」

「仕方ないでしょ。今日は霊素いっぱい使ったんだから。それに私は全然才能ないの。めーちゃん達、歴代の宮司巫女は祓詞無しで光らせることが出来たんだからっ」

「祓詞?」

「ひもろぎの勾玉の力にアクセスしやすくなる呪文、かしらね。どういうわけか長嶺さんも祓詞無しで光らせてたけど、これって素質だと思うの」

「才能……。」

「それでね、長嶺さん!私とこの浅門を守ってほしいの」

「私が、この浅門を……?」

「ええ、情けないのだけど私だけでは救えない。あなたの力が必要なの」

 ひいらぎは頷いてまっすぐにななこを見据える。ななこは戸惑って目を逸らす。

(私の力?そんなもの本当にあるのかなぁ?さっきは無我夢中だったけど……私が、妖怪変化と戦うの?私、あまり争いごとは得意じゃないんだけどなぁ……。)

 ななこがゆっくりと目を逸らした先には負傷した平田。

(でも……もしも私に本当に守る力があるとして、その力があるのに戦わずにまた私の周りの誰かが傷つくことがあったら……きっと私は後悔する)

 ななこは覚悟を決めてひいらぎの方へ視線を戻す。

「私……やってみるよ」

「やってくれるのね。ありがとう!これからよろしくね」

 ひいらぎは大きな勾玉を差し出す。ななこは頷いてそれを手に取る。

 こうしてななこは本荘一族の末裔・ひいらぎと手を取り合って戦うこととなった。

「だけど、ひいらぎ先生。こんなに簡単に宮司巫女の使命を手伝っていいものなのかなぁ?」

「いいのいいの。所詮は私、宮司巫女の代理みたいなもんだし」

「代理?」

「正式に宮司巫女の座を継ぐには儀式が必要でね。……でも、めーちゃんも儀式はしてないから代理って言ってたなぁ。ってことは私は代理の代理?最後に正式な儀式を受けたのはさくちゃんだったはずだから……ん?そもそも何代目の宮司巫女だったっけ?」

 ひいらぎの頭の中で物凄い勢いで思考が展開されてゆく。

「確か母さんが56代目で、つばき姉さんが57代目、そしたらさくちゃんが58代目ってことになるから……めーちゃんと私は正式な儀式を受けてないから同列で代理って扱いになるわね。だったら長嶺さんも同列ということになるから……。」

「うゆゆ……?」

「私達は、本荘神社第58代目宮司巫女代理、ということになるわ」

「……?」

 ひいらぎは納得いったとばかりにそう言ったが、ななこによくわからない肩書が増えたことしか分からなかった。

「……まぁ、名乗る必要があればひもろぎの巫女代理、とでも言っとけばいいわ」

 ひいらぎはそれ以上説明するのを諦めた。

「うゆぅ。よくわかんないから匿名希望でいいや」

 ななこも理解するのを諦めた。

(長嶺さんの素質があればとりあえず当面は何とかなりそうね。だけど、うしとらの化け物が一度にこんなに出るのはおかしい。鬼門が開きかけているの?それとも別の何かが……。)

 ひいらぎは窓の外を見て考えるも、答えは出なかった。


 窓の外、校庭の大イチョウの上、葉っぱの隙間から何かが隠れて様子を伺っていた。

(ひもろぎの巫女……正統な後継者は絶えたとばかり思っていたが、まさかひもろぎの勾玉を継ぐ者が現れようとは……一体何者なんだ?)

 イチョウの葉の隙間の影から二つの目が光る。

(まぁいい。何者であれ、この浅門町を支配するため排除するまでだ!しかし、せっかく我が魂の故郷・根の国より召喚した妖怪変化ぼたもちが3匹とも潰されてしまった……。また呼寄せてぼたもち軍団を編成しなければならんな。そしてその時こそ貴様らの最後だ……ええと、何かひもろぎの巫女っぽいやつら!)

 今、浅門町に危機が静かに、しかし確実に迫っていた……!



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