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ハーレムとか無理過ぎる 1

 暗い森の中を4つの影が走っていた。それは第三者から見れば到底走っているようには見えなかったが、獣道を倒けつ転びつ走る当人たちは懸命だった。

 実際命が懸かっていた。4人の後を森狼たちが追っていたのだ。


「きゃあっ」


 影の一つが可愛らしい悲鳴を上げて転んだ。


「殿下!」


 2つの影が立ち止まって守るように周囲を警戒し、残りの影が倒れた影を助け起こした。


「お怪我はありませんか?」

「ごめんなさい。足手まといになってしまって」


 影は4つとも女性だった。男が着るようなシャツとズボンを着けているが、長い髪と言葉遣いは女性のそれだった。その上育ちの良さも露呈している。

 転んだのはこの国の第2王女。助け起こしたのは彼女に長年仕える侍女。他の2人は近衛の剣士だ。


「追いつかれました」

「ここで対応しましょう」


 近衛たちは腰に薙いでいた剣を抜いて身構えた。侍女も王女を背にして短剣を手に持った。この侍女は王女の護衛も兼ねるために武芸にも秀でていた。

 森狼たちは足を止めた獲物を見て、隙を窺うようにゆっくりと近づいてきた。


「魔法で――」

「いいえ。森狼の毛は魔法を弾きます。斬撃で倒します」


 王女の提案は簡潔に退けられた。

 森狼は魔法を使うニンゲンたちと長い年月対峙するうちに魔法耐性を身に着けていたのだった。


 王女らを囲んだ森狼は4頭。各々唸り声をあげて脅し、フェイントをかけるように突っかかる動作を繰り返す。

 突然横合いの藪にから別の一頭が飛びかかってきた。近衛は素早く反応して剣を振るう。赤い血が飛び散り狼の鳴き声が響いた。


「小賢しい」


 その近衛の死角を突くように正面の一頭が低く潜り込んでくる。それをもう一人の近衛が剣を突きだして牽制した。続けざまに藪の中から王女を狙った一頭は侍女の短剣の餌食になった。


 近衛の二人はうまく連携して森狼を近づけさせない。かなりの技量があることは一目両全だった。が、森狼は数を増やしていた。多勢に無勢。ついに近衛の一人に森狼の咢が届いた。


「ぐうっ」


 すぐにその森狼の首を撥ねたが、右脚のふくらはぎのあたりから出血している。


「カリナ!」


 血を流したカリナと呼ばれた近衛にここぞとばかりに他の森狼が殺到する。それをもう一人の近衛がカバーした。瞬く間に2頭の森狼が倒される。


「ありがとう、ヘレナ」


 カリナは助けに入ってくれた近衛のヘレナに礼を言った。けれどその顔色は悪い。何頭かの牙が彼女に傷を負わせていた。


「ここは私が引き受けるわ。ヘレナは殿下と先に行って」

「だが」

「すぐに追いつくから」

「カリナ、なりません」


 王女から叱責の声がかかるが、それは弱々しいものだった。


「行って」


 カリナは王女に言葉を伝えたかったが森狼はそんな空気を読んではくれない。ヘレナに向かってそう言うのが精一杯だった。


「姫様、お早く」


 侍女のマチルダが王女の手を取ってこの場を離れようと走り出す。


「マチルダ、でも――」

「先へ進むのです、姫様」


 侍女のマチルダの顔には苦渋の決意が滲んでいた。それを見て王女は何も言えず、彼女に従うほかなかった。


「カリナ……」


 そして心の中で近衛の無事を祈った。それが叶わないことを知りながら。


 王女と侍女、そして近衛がこの場を離れていくが、森狼たちはそれを追おうとはしない。目の前に血を流している獲物がいるからだ。

 森狼は弱っている獲物がいれば、他に獲物がいたとしても弱っている方を集中して襲う習性があった。その方が効率的だと経験上知っているのだ。

 今しも片手片足を負傷してその場に留まることしかできないカリナを囲んで死角になる方から襲い掛かろうと狙っている。

 カリナも手負いとは言え近衛に選ばれるほどの剣士だ。簡単には近寄らせない。が、剣を振り下ろしたところを狙われて利き手を噛まれてしまった。


 もう剣を振れない。だが簡単に命はくれてやらない。一頭でも道ずれにする。


 そう思うものの足は動かず、腕も上がらない。意識も膿漏とし始めていた。このままでは森狼たちのエサになることは火を見るよりも明らかだった。

 だがそれでもよかった。ここに足止めできればそれだけ時間が稼げる。腹を満たした森狼たちがもう王女たちを追わないかもしれない。


 殿下さえご健在ならば王国は再興できる。


 それはこれまでに命を落とした仲間たちの想いと同じだった。


 殿下、どうかご無事で。コルメリア王国に栄光あれ!


 カリナが死を覚悟した時、突然森狼たちがおろおろしだした。耳を伏せ尻尾を丸めて怯えている。そして一目散に駆け出し散っていった。

 だがカリナはもうそれを見ていなかった。意識が薄れ目も開けていられなくなっていた。

 体中の力が抜けどさりとその場に崩れ落ちた。




 王女一行は森の獣道を進んでいた。

 一行の空気は重かった。口には出さないがカリナがその身を犠牲にして(これは言葉どおりだ)時間を稼いでくれたのは全員が知っていた。

 これまでどれだけの仲間を失ったことだろう。それでも進んで、いや逃げなければならない。王族のほとんどが生きていない今、ここで王家の血を途絶えさせるわけにはいかないのだ。


 無言で進む3人の耳に水が流れる音が聞こえてきた。小さな川があるらしい。

 やがてそれが3人の視界に入った。森の下草の間を緩い傾斜に沿って薄茶色の水が小さな流れを作っていた。


「ずいぶん濁っているな」


 森の中とはいえ、雨が降っていなければ流れる水は綺麗な見た目をしているのが普通だ。

 なんとなく違和感があってマチルダはその茶色い水を凝視した。彼女は鑑定の能力を持っている。その結果は……。


「え、なぜ?」

「どうしたの、ですか?」


 戸惑うマチルダに王女が息も絶え絶えに問う。彼女はあまり体が丈夫ではなかった。この逃避行で体力の限界も近い。


「姫様、もう少しの辛抱です。この先に人が住んでいるようですので」


 喋るのも辛そうな王女は眼だけで説明を促した。


「この川の水は何かの『排水』です。排水というのは自然のものではありません」

「つまり人がいると?」


 王女の代わりにヘレナが聞く。


「ええ、その可能性があります」

「では急ごう。やつらが追ってこない保証はない」


 流れる水を辿ってほどなく王女たちの目の前に防壁と門が見えた。小川はそこから流れ出ている。


「やはり村があったか」


 防壁は下が土塁で、上には魔物除けになるポイズンアイビーが繁茂して十分に役目を果たしているようだったが、門は木の柵が設けられているだけだ。それでも中に入ればもう森狼は追ってこないだろう。そう思うと深く安堵の息が出た。同時にカリナや犠牲になった仲間たちの命に報いねばと身を引き締める。

 門を潜るとすぐ横に石を積み重ねた塔のようなものがあった。わかる者にはそれは墓のように見えただろう。だが彼女たちにそのような慣習は無かったので、単に不思議なものがあるなという感想に留まった。

 そこから目を前にやれば、よく整備された畑が広がっていた。けれどもそこで働いているはずの農夫の姿が無い。まだ日暮れには程遠いのにどうしたのだろう。


「上に家がありますね」


 辿ってきた川の流れを遡るとなだらかな丘の上に家が集まっていた。


「姫様、一先ずあの集落で休みましょう」


 王女はもう侍女の助けなしには歩けないほどに疲れ切っていた。それでも目の前に休める場所がある。それだけで気持ちを持ち直せた。


 集落に着いた一行は更に疑念を持たざるを得なくなった。壊れ荒れ果てている家ばかりだったからだ。


「本当にここに人が住んでいるのか?」

「しかし畑には人の手が入っていました」

「いったいどうなっているんだ」


 警戒しながら進むと石畳で整えられた小さな広場の真ん中に異様なものが鎮座していた。それは石壁で作られた囲いで、その中から湯気が上がっていた。若干異臭もする。その傍に別の囲いもあり、更に水路のようなものが集落の外に続いている。

 とても気にはなったがまずは王女を休ませることが最優先だ。幸い一軒だけ壊れていない家があった。家の周りは整えられているように見え、生活感がある。やはり人はいたようだ。


 ヘレナが入り口のドアをノックして来訪を告げる。が、応答が無い。何度か繰り返したが同じだった。


「気配はあるのだが」


 ヘレナが小声で告げた。


「こちらには王女殿下がおられます。多少強引でもかまいません。姫様の体調を優先します」


 マチルダの許諾を得てヘレナはドアノブに手をかけた。そして、


「勝手に入らせてもらう」


 言うや否やヘレナはドアを開けた。そしてすぐに剣を抜く。


「なぜここにヒト族が!」


 家の中には継ぎ接ぎだらけの服を着た赤茶髪のヒト族の男がひどくイヤそうな顔をして立っていた。


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