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無人の廃村は天国です 6

 配下の若いもんがニンゲンに殺された。そいつは角が無いのに角有りが使う見えない力で殺したという。報告してきたヤツの見間違いかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 相手が何であろうと、群れのボスとして子分を殺されて黙っているわけにはいかない。きっちりとケジメをつけさせてもらう。


 匂いを辿って着いた場所には覚えがあった。かなり前に角の有る人間たちが作った巣だ。角有りは怪しげな力を使う厄介な奴らだ。だが、なわばりに勝手に巣を作られたのを何もせずに見過ごしては他の群れになめられる。

 俺たちの群れは角有りの巣を襲った。奴らの怪しげな力はよほど強いヤツでなければオレたちには通じない。オレはまだ群れの中の1頭だったが、誰よりも多く殺し喰らいつくした。するとオレの体に感じたことのない力が溢れた。頭に角が生え、角有りのような力が使えるようになった。

 俺はその力で群れのボスを殺し、新たなボスになった。そして他の群れのボスも殺した。別の角有りの巣も襲った。ついにこの森で一番の強者になった。

 角が有ろうと無かろうと、ニンゲンごときすぐに喰らってやる。




 天を裂き地を割るような狼の遠吠えが、森の中の廃村に響き渡った。


「な、なに?」


 鍋を持ったままおろおろと辺りを見回していると、再び腹に響く遠吠えが聞こえた。

 朔也は鍋を置いて急いで家の外に飛び出した。

 家の前の広場に出て、さらに家々の間を縫って見晴らしのいい場所まで走った。

 そこでまた遠吠えが聞こえた。

音の源を確かめる。

 太陽が沈もうとしている方向、昨日朔也が通った壊れた門の所にシルエットとなってそれはいた。一頭の狼だった。だが、スケールがおかしい。そこそこ距離があるはずなのに、昨日見た森狼の大きさとたいして変わらなかった。その狼のまわりを小型の狼がうろうろしているのも見えたが、きっとあれが普通の大きさだろう。


 目を眇めてじっと見ているうちに鑑定が頭の中に浮かんできた。


『角森狼 森狼の群れのボスにして、この森の主 状態:変異種』


 角森狼? 角ないじゃん。


 シルエットではあるが、あの狼は大きさを問題にしなければ他の森狼と変わらないように見える。当然、角など無い。


「ていうか、変異種ってなんだ?」


 鑑定からの答えは無い。けれどヤバいことだけはこの距離でもひしひしと感じられた。


 角森狼は朔也を見つけると、沈もうとする太陽を背にして走り出した。生い茂る草など何の障害にもならぬほど一直線に疾走してくる。


 あのあたりには麦があったんだけど。


 無残に蹴散らされる草と麦を見咎めながら、朔也は対抗措置を考えた。速攻で出した案は昨日森狼に使ったヤツだ。

 左手をかざして魔力を集める。

 その時、あのスプラッタな光景が頭をよぎり一瞬躊躇ってしまった。

 角森狼はそれを隙とみて、さらにスピードを上げて襲い掛かった。


「ファ、ファイヤー!」


 とっさに火魔法にチェンジした。野生動物は火を嫌うと思い出したからだ。

 朔也の打ち出した火球は焦っていたせいか角森狼を僅かにそれてその毛を焦がした。それでも角森狼に襲撃を躊躇わせる効果はあったようで、角森狼はすぐに横っ飛びに避けた。そして慎重に獲物を窺っている。距離は5mも無い。

 数秒の睨み合いの後、角森狼は空に向かって咆哮を上げると全身の毛を逆立てた。同時に額の毛が渦を巻くようにして伸びていき、1本の角となった。


「角が……生えた?」


 呆気に取られていると、角森狼はその場でぐるりと回って長い尾を振るった。


 しっぽ攻撃? でも届く距離じゃないぞ?


 念のためにと軽くバックステップした朔也を突風が襲った。無警戒な体の至る所をナイフで切られたような痛みが走る。革の防具がある腕と胸と靴以外はボロボロで、派手に血が出ている。とっさに腕でカバーしなかったら顔が大惨事だった。


「何が起こった?」

『疾風刃 風魔法』


 すぐに鑑定が答えた。


「魔法? 狼も魔法使うのかよ」


 呆れ混じりに感心する暇も無く、血塗れの朔也めがけて角森狼が飛びかかってきた。

 朔也はもう躊躇わなかった。右手を突き出すとともに全力で魔力を打ち出した。

 角森狼はそれをも避けて見せた。が、そのせいで着地は朔也の横にそれた。しかしすぐに前足のフックが朔也を襲う。

 朔也は最初の森狼にしたように動きを止めようと手をかざしたが、激しい衝撃にあっさり吹き飛ばされてしまった。

 地面を数回転がって家の壁にぶつかった。全身が痛い。

 顔を顰めながら起き上がった朔也に角森狼の追撃が迫る。身構える朔也の眼前で、ぐるりと巨体を翻らせた。疾風刃だ。


「なら、こっちも!」


 朔也は腕を振って魔法の風を吹かせた。

 風同士がぶつかり合い四方八方に激しく吹き荒れる。それを切り裂いてきた風の刃に数か所切られたが、さっきに比べたらずっとマシだ。

 朔也はすぐに反撃にでた。呆けたように朔也を見ている角森狼に右手を突きだす。その魔力を打ち出す前に、角森狼はパッと横に跳んで逃げた。更にジグザグに跳んで距離を取る。

 朔也は焦った。狙いがつけられなかった。横に素早く動かれるとついて行けない。何発か放った魔力は全て外れていた。


 攻めあぐねて手が止まった朔也に対して、角森狼は動きを止めて角を地面に突きさした。一瞬の溜めの後、突然朔也の目の前の地面から何十という土の塊が飛び出て朔也を襲った。小石ほどのその塊はまさに石のように硬く、朔也は息が詰まるほどのダメージを受けることになった。

 思わず片膝をつく朔也めがけて角森狼が迫る。

 朔也は片手を地面に押し当てて、今受けた攻撃をイメージしながら魔力を流し込んだ。するとお返しのように角森狼の手前の地面から礫が弾け飛ぶ。


 角森狼は驚愕しながらもそれを横へ躱した。

 『風』どころか『土』まで真似された。『火』も『力』も使う。しかも俺の毛を焦がすほどの威力だ。こんな奴は以前戦った角有りにもいなかった。

 だが弱い。

 角森狼はフッと鼻で笑った。

 こいつは戦い慣れていない。最初のひと当てでわかった。怖気づいて力の使い時が遅い。力自体はオレでも無傷では済まないほどに強力だが、当たらなければどうということはない。


 朔也の攻撃をあざ笑うかのように右へ左へと交わしてみせる角森狼。


「余裕かましやがって。けど、このままじゃじり貧だなっ」


 朔也は魔力を火に変えて左から右へと火炎放射のように放った。角森狼には後ろに跳ばれてあっさり躱されたが、それが狙いだった。時間稼ぎだ。

 朔也は考えた。こんな開けた場所じゃ自由に躱されてしまう。なら、狭い場所なら? 確か広場の向こうに家と家の間が狭くなっている所があったはず。そこへ誘い込む!


 朔也は身を返すとダッシュで駆けだした。日が沈んで薄暗くなり始めた集落を駆け抜け、僅かに残照が照らす広場も走り抜ける。

 横目で見た温泉プールに、そういえばまだ温泉入ってなかったなとどうでもいいことが頭をよぎったが、生死が掛かった賭けの前に一瞬で流れ去った。

 幅2mも無さそうな隙間に駆け込んだ時には、もうすぐ後ろに角森狼の息づかいを感じた。


 かかった!


 振り向きざま魔力を放つ。


 これなら避けれないだろっ!


 その勝利の確信はあっけなく外れた。角森狼が上に跳んだのだ。


 ……ああ、その手があったか。


 朔也は自分の馬鹿さ加減にすっかり呆れていた。そして迫る咢の向こうに見える湯気を視界に入れながら、逃れようもない死から逃避した。あーあ、死ぬ前に温泉に入りたかったなぁと。


 次の瞬間、朔也は温泉に入っていた。


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