無人の廃村は天国です 4
湧き出た湯は積み上がった土の内側に溜まりゆらゆらと湯気を上げていた。やがていっぱいになるとその一角を崩して流れ出し、地面の傾斜に従って広場の外、集落の外へと流れていく。
その傍で朔也は頭を抱えていた。
「俺が欲しいのは温泉じゃねぇよ! 無色透明な地下水だよ! 飲み水だよ! いや温泉は好きだけどさ、今じゃないんだよぉ」
独り言を喚きちらかす朔也だったが、温泉をこのままにしておくわけにはいかないと考えられるほどの理性は残っていた。
「とりあえず周りの土を固めてプール状にして、あと排水溝もきちっとしなきゃだな」
朔也は土の山を崩しながら流れる茶色く濁ったお湯を見ながら独り言ちた。
先程から独り言が多いが、コミュ障にありがちなことなので許してやって欲しい。
とまれ、朔也はイメージを実行に移した。すると土の山はみるみるうちに固まって低くなり、源泉を円形の壁で取り囲んだ。
次に溢れ出てカオスに流れる湯をまっすぐに流れるように地面に溝を掘っていく。流力で浸食されないように溝をしっかり固めておくことも忘れない。
それが終わると朔也はその直径2mほどのプールに手を入れてみた。
「ちょっと熱い?」
入れないほどではないが、朔也はもう少し温い方が好みだった。
「水でうすめたいなぁ」
何の気なしに呟くと、湯から出した手に今までとは違うエネルギーを感じた。
そしてそれは唐突に具現化した。朔也の手のひらに水の球が出現したのだ。それは見る間に水流となって溢れ出した。
予想外の出来事に慌てた朔也は、急いで手を引っ込めた。すると集中力が切れたせいか、水流はストップした。
「な、何だこれ?」
朔也は手のひらを見つめた。
水でうすめたいとは思った。だが、だからといって水が出てくるか?
朔也は右の手のひらを広げると、今度は意識して唱えてみた。
「水よ、出でよ」
さっきと同じように手のひらに水球ができ、すぐに崩れて流れ落ちだした。
朔也は水を出し続ける手を見てある可能性に思い至った。
これ、フォー●っていうより、魔法っぽいんだが……。
そう、魔法だ。
すっかり忘れていたが、あの管理者が異世界がどうとか言っていたのを朔也は思い出した。そしていつか読んだ異世界ファンタジーの小説を思い返す。
トラックに轢かれた主人公が異世界に転生する。それは中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界で、神様からもらった力で無自覚に活躍して、たくさんの女の子からチヤホヤされる。そんな話だった。
かなり適当な記憶だが、まぁ間違ってはいない。
自分には当てはまらないけれど、と朔也は卑下しつつも、数少ない魔法についての知識を掘り起こす。
「確か属性とかあるんだよな。火とか水とか。水は今のヤツだろう。温泉を掘ったのは土か? なら……」
朔也は手のひらに意識を集中した。そして何かのエネルギーが集まるのを感じながらそっと言葉を紡いだ。
「出でよ、火よ」
手のひらから赤い炎が上がった。不思議と手は熱くない。
「風よ」
炎が消えて、小さな旋風ができた。
「光よ」
LED球のような灯りが浮いていた。
他にもあったような気がしたが、朔也の知っている魔法はそんなものだった。
「やっぱり魔法なのか」
しかしそれなら森狼を屠ったアレは何属性になるのだろうか。あれこそフォー●ではないだろうか。
真相は、手に集めた魔力を属性に変換せずにダイレクトに発しただけなのだが、朔也にその発想はなかった。
「まぁ、使えるならなんでもいいや」
朔也はあっさりと考えるのを止めた。その代わりに別の真相にたどり着く。
ここが異世界なら誰でもこんなふうに魔法を使えたんじゃないか? ここに住んでいた人たちが魔法で水を出せたとしたら井戸も水道も必要ない。
「どうりで探しても無いわけだ」
朔也は今までの徒労を思い深くため息を吐いた。
さて、魔法が使えると知った時、異世界ファンタジーが好きな人ならばまっさきに自分がどんな魔法をどれくらい使えるのか試してみたくならないだろうか。いや、なるに違いない。
だがしかし、残念なことに宇賀神朔也は一般人だった。
「水は確保できたから、次は食糧だな。あと、寝る所」
彼の関心は衣食住に向けられていた。
水道を探し回った時についでに食べられるものも探したが、どの家にも見当たらずにいた。まぁ荒れ果てた廃村だ。食べ物を期待する方が間違っている。たとえあったとしても、それは既に消費期限切れだろう。
一応マルスの実という果実はあるが、それで安心できるほど朔也は楽観的ではなかった。
そこで思い出した。
この集落の周りは草だらけだったけれど、もともとここは開拓村だ。当然開墾して畑を作っていたのではないか。となれば、あの草だらけの中に食料として育てていた植物があるのではないかと。
それはあながち的外れではなかった。
元は畑だった草原に出てみると、例の謎知識が各々の植物の情報を教えてくれた。
多くは豆だった。雑草に交じって何種類ものマメ科の植物が生えていた。中には今すぐにでも収穫できるものもあった。
麦のようなものもあった。根菜類も残っていた。ハーブの類もあったが、これは栽培種ではなく野性のものだった。ベリーの低木もあった。
改めて集落に戻って探してみると、旬ではないので実はなっていなかったが、他の果樹も植えられていた。
「案外あるもんだな。これならなんとかなるかもしれん」
謎知識によって収穫可と教えられた豆を一抱え持って安堵しているが、実家住みだった故か、調理というハードルがあることを彼はまだ知らない。