無人の廃村は天国です 3
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朔也は廃村の中に佇んでいた。
人がいないのは問題無い。むしろウエルカムだ。
問題は水と食料が手に入らないことだ。
ともかく喉が渇いていたので、水を求めて手近な廃屋に入ってみることにした。不法侵入に問われるかもしれないが廃村なのでセーフだろう。
家屋は土造りで、柱などは見えず壁だけで構成されていた。屋根も瓦ではなくスレートっぽい。家の入口はぽっかりと穴が開き、ドアだったと思しき木材が下に散乱していた。
「お、お邪魔します」
朔也は一応そう声をかけて家の中へ入った。
壊れた窓から入ってくる光のおかげで中は然程暗くない。そこには木製の家具が無造作に置かれたり倒れたりしていて、その上に厚く埃を積もらせていた。壁と同じような材質の床にも埃が積もり、過去の汚れを隠している。
朔也は埃を吸わないように口元を手で覆ってその中を進んだ。リビングっぽい部屋を抜けると、竈がある部屋があった。シンクのよう台もあり、調理場として使っていたと考えてよさそうだ。
けれどもそのシンクに蛇口が見当たらない。傍らに土器の破片のようなものが散らばっているだけだ。
別の家も見てみたがどこも同様だった。ただいくつかの家には土器の破片ではなく、口の大きな壺が置いてあった。
そこで朔也ははたと気がついた。この世界にはまだ上下水道というものが無いのではないかと。
ざっと見た感じ、生活水準はあまり高そうには見えない。となると村の水源は共用の井戸とかではないだろうか。時代劇で見たことがある。
さっそく朔也は井戸を探した。頭の中にあるイメージは髪の長い女性が出てくるアレだ。
けれども集落の中には全く見当たらなかった。生い茂る草をかき分けるのも面倒になって、理力を使ってかたっぱしから刈り払ってみてもそれらしいものはどこにも無かった。
見つけたものといえば、集落の真ん中にある小さな広場の隅に並べてあった大きな甕だけだ。中には水草を浮かべた水が入っていたが、飲料に適した水質でないのは一目瞭然だった。
この甕に雨水を溜めて使っていたのか?
疑わし気な視線を甕から空へと移してみたが、青く澄み渡る空には雨など気配もしない。
無人で喜んでいたが、こういうのは想定していなかった。
「すいませーん! 誰かいませんかぁ!」
もはやコミュ障に拘ってなどいられない。無駄とは思いつつも一縷の望みにかけるようにそう呼びかけて辺りを見回した。
当然のことだが返事はなかった。
その代わりというか、見回す朔也の視界にあるものが飛び込んできた。
それはとある家の庭の奥の木だ。その茂らせた緑の葉の中に一際目を引く黄色いものがあった。
朔也は思わず草をかき分けてその木の元へ走った。それほど高くない木にいくつもの黄色い実がぶら下がっていた。見れば見るほどその実はリンゴにそっくりだった。
そこで例の謎知識が発動する。
『マルスの実 水分が多く、栄養価も高い 生食可』
生食可! 水分が多い!
その情報に朔也はさっそく手の届く高さになっている黄色い実に右手を伸ばした。と、グローブをはめていることに気づき左手に変えた。左手のグローブはさっき狼を抹殺した時に一緒に弾けていたのだった。ちなみに手に損傷は無い。
朔也はマルスの実をもぎ取りいざそれを口にしようとした時に、この不意に湧いてくる謎情報を無暗に信じていいものかと逡巡した。もっともそれは一瞬のことで、喉の渇きに抗えるはずもなく、朔也はいっきにかぶりついた。
「うまっ! つか、まんまリンゴじゃん!」
誰に言うとでもなく叫んでしまった。つまりは独り言だ。だが気にする人はいない。無人だし。
朔也は次から次へとマルスの実を食べた。手の届く高さにあるものを食べつくすと、今度は彼が理力だと思っている魔法を使って取り始める。手をかざしてもぎ取るようにイメージすれば、そのイメージのまま枝から実が取れて朔也の手元まで空中を移動してくるのだ。
「ハハハハ! マルスサイコー! フォー●サイコー! 廃村サイコー!」
朔也のハイテンションな独り言はしばらく無人の村に響き渡った。
飢えと渇きが満たされ、ようやく人心地ついた朔也は再び考えた。
今はいいとして、ずっとマルスの実に頼るわけにはいかないだろう。かといって雨水を当てにするのは不安だ。やっぱり水、井戸が欲しい。でもここにはない。見当たらない。ならどうするか? 簡単だ。無ければ作ればいいじゃない!
というわけで、朔也は井戸を掘ることにした。
場所は広場のど真ん中。特に理由は無い。
本来は水脈などを考慮しなければならないのだが、朔也が生まれ育った場所は扇状地だったので、井戸を掘ればどこでも水が出る環境にあった。だから彼はただ自分の中で囁くゴーストっぽいものに従って穴を掘った。
朔也は予め右手のグローブも外して、足元の除草されてむき出しになった地面に向けて両手を突き出しドリルのように捻った。
「掘削!」
朔也の手から放出された魔力は螺旋を描き地面を穿った。そして土が激しく巻き上がり、朔也を直撃した。
「あだだだだっ」
慌てて中止した。
勢いで始めたが、そもそも井戸の掘削方法など全く知らないことに朔也は気づいた。
「まぁトンネルみたいに掘ってみるか」
偉そうに独り言を言っているがトンネルの掘削技術も知っているわけではない。ただなんとなくシールド工法の映像を見たことがあっただけなのだ。
朔也は開けた穴から少し距離を取って、直径50㎝くらいの円筒形のドリルをイメージした。それを回転させて地面を真下に掘り進む。掘削した土は掘った穴を通して噴き上げ周りに積もらせる。掘り進むにつれて穴の側壁を固めていくことも必要だ。
噴き出す土は黒から焦げ茶色、灰緑色と色を変え、穴の周囲に山のように積もっていった。既に朔也からは見えなくなっていたが、穴の中から次々に土が噴き出ている。
「……来る」
何かが地下から湧き上がってくる気配を感じ、朔也の胸が期待に高鳴った。
その数秒後、
ブシャアァァァァ~
もうもうとした湯気とともに泥混じりの水が噴き出した。いや、水ではなかった。
「……え、お湯?」
それは正真正銘まごうことなく温泉だった。なぜなら『鑑定』が示していたから。
『温泉 泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉 泉温:42.8℃ 美肌、肉体疲労に効果が期待できる』