ハーレムとか無理過ぎる 10
王国の2番目の王女として生まれたソフィアは幼少の頃から体が弱かった。
侍医の見立てでは、体内の魔力の巡りが良くないとのことで、それ故体調を崩しがちになり体力も抵抗力もつかないまま子供時代を過ごすことになった。また巡りの悪さは体内の魔力を増やす妨げにもなり、ソフィアは同年代の子供たちに比べて魔力が小さかった。
それは髪の角に顕著に表れた。
角は魔人にとって最も誇りとするものだ。その形は家系の表明であり、大きさは持っている魔力に比例する。
15歳のソフィアは本来ならば王家の証である鹿型の角が枝分かれを始める頃であった。しかし彼女の角は未だその兆候が見られず、二つの突起に過ぎない。これはソフィアにとって大きなコンプレックスとなっていた。
魔力の巡りの悪さは月のものが始まると更に悪化し、起きていられない日が続くこともあった。
ソフィアは父母、兄姉と共に王城の中で暮らしていたのだが、堅牢を旨とするために石と土で造られている王城の環境が良くないのだろうと、王都から離れた温暖な地にある離宮で家族と別れて静養することになった。
離宮には王太后が住んでいて、ソフィアをたいそう歓迎した。ソフィアも環境が変わったおかげか、王城にいた時よりも体が軽く感じられることが多くなった。
それから間もなく王都からの急報があり、ヒト族の軍隊が王都を攻撃したこと、勇者が王城を強襲したため国王陛下と王太子殿下が勇敢に応戦するも善戦虚しく討ち死にしたこと、それを知った王妃陛下と第一王女殿下が尊厳を守るために自害したこと、王都がヒト族の手に落ちた場合離宮も安全ではないことが王太后に知らされた。
王太后はその知らせを全てソフィアに伝えると、手勢を連れて隣国に落ち延びるように告げた。ソフィアは当然のように聞き入れなかったが、あなただけが王家の血を残せるのだと説得され首を縦に振るしかなかった。
「いいですか、ソフィア。どんなに辛く苦しくとも生き延び、子を成すのです。それが王国再興を託されたあなたの使命です。ですが……」
そこで言葉を切った王太后は、表情を王家の一員のものから一人の祖母のそれへと変える。
「どうしても無理だと感じたなら、王家であることを捨てても良いのですよ」
それは王国の民の守護者として君臨してきた王族には許されない裏切り行為だった。はたしてソフィアは今度は首を横に振り、
「いいえ、お祖母さま。きっとヒト族を退けて王国を再興いたします。それまでどうかご健勝で」
と気丈に言葉を返すのだった。
ソフィアは祖母に礼と暇を告げると、急いで仕立てた馬車に乗って隣国を目指して出立した。しかし、隣国へ通じる街道は既にヒト族によって封鎖され、見つかったソフィアたちは追撃を受けることになった。
ソフィアと共に離宮へ派遣されていた近衛は彼女に合わせて若手が起用されたせいで決して精鋭とは呼べなかったが、それでも果敢に応戦した。侍女たちは王女に見えるように変装して囮となって方々へ散っていった。ソフィアは護衛もできる侍女のマチルダと2人の近衛を連れて奥森と呼ばれる魔物が巣くう森の中へと分け入った。そこで森狼の群れに追われて近衛の一人を犠牲にせざるを得ず、無情に鞭打って進んだ先で奇跡的に村を見つけることができた。
ところがその村にはヒト族が住んでいた。
そしてあろうことか死んだと諦めていた近衛のカリナをて、て、手籠めにしようとして……いたのは誤解で、怪我をしていた彼女を助けてくれたのだったかしら。しかもこのヒト族、ひょろっとして頼りなさそうな顔をして全然強そうに見えないくせに魔法が使えるのだとか。まるで父や兄の、いえ王国の敵の勇者のようではないですか。そのせいで一時は憎らしく恨みもしましたが、あの決して目を合わせようとしないおどおどとした態度や自信無さげにぼそぼそと呟くような喋りを見ているうちにそんな気は失せ、逆にこちらが彼を問い詰め追い込んでいる悪者にでもなったような気分にさせる曲者です。そのくせ鑑定で私の名を知り何気ない顔で「ソフィア」などと呼んでドキリとさせたり、私が大好きなマルスの実がなっていることをわざわざ大きな声で知らせて私の反応を楽しんだり、あのウガジンという殿方は本当に本当に……。
目を開けると知らない天井があった。ベッドもひどく粗末な感じで肌触りが悪い。
「お目覚めになられましたか、姫様」
いつものマチルダの声がする。
体を起こすと、やはりぼろ布のようなシーツの上に旅装のままの下半身があった。そこでようやく頭が冴え、今が逃避行中で食事中に眠ってしまったことを思い出した。と同時に見ていた夢は思い出そうとするほど逃げるように消えてしまった。
「いかがなさいました?」
マチルダが怪訝そうに覗き込む。
「いいえ、何でもありません。ただ、何か嫌な夢を見ていたような気がして……」
嫌なというか何だか腹立たしい夢だった気もしたが、もう何も思い出せない。
王女が拗ねたような顔をしているのを見て、彼女にしては珍しい表情だなと思いつつ、アチルダはルーティンを続けた。
「お身体の調子はいかがですか?」
「……いつもよりは良いかしら」
「よくお眠りになっていらしてましたから」
その口調に昨夜食事中に眠ってしまったことを咎めるようなものはなく、ただ安堵している侍女がいるだけだった。
「皆は?」
「カリナは部屋の外で警護をしています」
マチルダの声がほんの少し上ずって聞こえた。何か不都合がと思った時、ソフィアは彼女の変化に気づいた。侍女はお仕着せを着ているのだ。それがあまりにいつも通りなせいで、違和感を抱けなかった。彼女達はずっと旅装で過ごしてきたはずだ。そういうソフィアも旅装のまま寝ていたのだし。
「マチルダ、着替えたのですか?」
「は、はい。やはりこの方が姫様のお世話をいたしやすいので」
マチルダはそう言いつつ、カバンから服を一揃え取り出した。このカバンは拡張カバンといって見た目以上の容量がある高価なカバンだ。
「姫様も着替えをいたしましょう。カリナ!」
マチルダに呼ばれた近衛のカリナが「お呼びですか」と部屋の中に入ってきた。その姿を見てソフィアは驚いた。彼女は町娘が着るような簡素な半袖の上着と脛丈のスカートを履いていたのだ。それは変装用にと持っていた服だった。一応腰の帯には剣を携えているようだが。
王女の視線に気づいたカリナは少し顔を赤らめながら、
「森狼のせいで服がぼろぼろになってしまいましたので、このような格好で失礼したします。どのような形でも近衛の役目に支障はないよう鍛錬しておりますのでご安心ください」
と弁明した。
しかしソフィアの眼にはそれ以上の違和感が映っていた。
「傷がすっかり治っていますね」
半袖から覗く腕は傷跡一つない綺麗な肌に戻っている。
「それに以前よりも肌の色が良いような……」
肌色だけではない。髪の艶も良く見える。気づけばマチルダも同様だった。
「は、はい。これは、その、温泉に入った効果だと思われます」
「おんせん?」
「はい。ウガジンが地面に掘った穴から湧き出ている湯のことです。その黄金色の湯には傷を癒し肌の色艶を良くする効果があるのだとウガジンが言っておりました」
「ウガジンが……」
いったいあのヒト族の殿方は何をやらかしているのでしょうか。
カリナが嬉しそうに説明する様子をソフィアはどこか落ち着かない気持ちで聞いていた。
「畏れながら、お着替えの前に姫様も温泉に入られてはいかがでしょうか」
髪と肌をツヤツヤとさせたマチルダが勧めてきた。
「マチルダも入ったのですね。そのおんせんとかいうものに」
「はい、たいそう気持ちの良い……、いえ、姫様がご使用になられる場合を想定して私が身をもって安全を確認しておいた次第でございます」
王女からじとっとした眼を向けられてマチルダは更に続けた。
「ささっ、騙されたとお思いになってお入りになってください」
「……マチルダが私を騙すことなど無いと信じております」
そう言ってソフィアはベッドから降りた。




