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ハーレムとか無理過ぎる 7

 主食のようにマルスの実を食べていたソフィアが船を漕ぎ始めた。王女としては甚だはしたない行為だが、マチルダは窘める気にはならなかった。

 この逃避行でソフィアは肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。王女という立場が強く気を保たせていたが、安心できる場所で食事を取ることができて張り詰めていたものが切れたのだろう。このまま寝かせてさしあげたかった。


「ベッドはありますか?」


 小声で朔也に問う。


「あ、自分が使ってるやつなら」


 朔也も小声で答えると露骨に嫌な顔をされた。


「他には?」

「無いです」

「しかたがありません。検分するので案内しなさい」


 小声でのやりとりの後、朔也はマチルダと一緒に食堂から廊下に出て、向かい合う4つの個室のうちの左側の手前の部屋へと入っていった。ちなみに惨劇のあった部屋は右側の奥の部屋なので、朔也の部屋の選択基準は推して知るべしだろう。


 朔也が使っているのは干し草のベッドだ。試行錯誤の結果、ベッドサイズの箱型の入れ物に十分に乾かした草と虫よけの薬草を入れ、その上に厚手の布を被せた朔也自慢の逸品だった。


「随分汚れているし匂いますね」


 逸品はマチルダによって一蹴された。


「お前が使ったままのものに王女殿下をお寝かせするわけにはまいりません」


 そう言うと、かざした両手から出た柔らかい光がベッドを包んだ。その光が消えた後にはすっきりと汚れも匂いも無くなったベッドが鎮座していた。


「な、何をしたんですか?」

「清浄の魔法でお前の穢れをきれいさっぱり消し去っただけですが?」

「え、そんな魔法があるんだ」


 微妙に貶されたことよりも、なんて便利な魔法なんだと朔也は感動していた。

 清浄の魔法は昔からある誰でも使える魔法だ。鑑定や治癒といったハイレベルな魔法は使えるくせに、こんなに簡単な魔法を知らないなんて。

 マチルダは知らずに苦笑していた。




 マチルダとヘレナがソフィアをベッドに連れて行き、朔也とカリナは食堂から応接間へと移動した。

 2人の間になんとなく気まずい空気が漂う。ソフィアのお腹の虫のせいで話しが中途半端になっていたせいだろう。

 朔也はこれが苦手だった。話を再開するべきか、するとしたらどう切り出したらいいか、もしあっちが忘れていて「何言ってんだこいつ」って思われたらめっちゃ恥ずかしいとか、コミュ能力が高ければ問題にすらしないようなことで悶々と悩んでしまうのだ。


「ねぇ。さっきの森狼の話なんだけど」


 カリナの方から話しかけてきて朔也は反射的にビクっと体が震えた。そしてちらりと彼女を見る。


「い、言いたくないことがあるなら言わなくてもいいんだけど……」


 その表情は遠慮がちというか恐る恐るというか、ひどく自信が無さそうに見えた。

 もしかしたら彼女も自分と同じように悩んでいたのだろうかと思うと朔也は体に入っていた力が少し抜けるように思えた。もっとも同じく悩んだとしても、そこから話しかけられるか否かでコミュ障のラインが引かれるのだが。


 少しリラックスできた朔也は素直に言葉が出てきた。


「あ、そうじゃなくて。その、なんか距離が……近くて」

「距離……あ」


 カリナも思い出したのか少し顔を赤くした。


「じゃ、じゃあこれくらいなら大丈夫でしょ」


 今はカリナがソファーの傍に、朔也は壁際にと3mほど離れている。

 朔也は頷いて口を開いた。


「も、森狼が逃げたのは、たぶん、俺のせい」

「ウガジンの?」

「うん。俺、嫌われてるみたいで」

「え、ちょっと待って。森狼に嫌われるって……」


 カリナには意味がわからなかった。だが、彼女がそれを言葉にしなかったのは意図していなかったとしても正解だった。もし「意味わかんない」とか言われていたら朔也はカリナとの会話を諦めただろう。コミュ障は面倒臭いほど繊細なのだ。


「いつも避けられてるんだよね」

「……何したのよ」

「たぶんだけど、あいつらの親分を殺しちゃったせいかと」

「え、森狼の親分って……もしかして角森狼のこと?」

「うん。それ」

「それを殺しちゃった?」

「まぁ、勢いで」

「ほんと、ちょっと待って……」


 カリナは頭を抱えてしまった。


 角森狼は魔法が使えるようになった変異種で、ただでさえ魔法耐性がある上にいくつもの魔法を操り、体も大きく知恵もある。この森の最も危険な魔物の一つだ。もし討伐しようとするならば10人以上の精鋭が必要となり、それでも幾人かの犠牲を覚悟しなければならないと言われている。それをウガジンが一人で?


「あの、確認なんだけど、それウガジンが一人でやったの?」

「……友だちとかいないんで」


 ちょっと遠い目をして朔也が答えた。

 朔也は気づいていないかもしれないが、ずいぶん口調が滑らかになって言葉遣いも砕けてきていた。ちょっとした自虐ネタも言えるくらいに。


「す、すごいんだね、ウガジン。角森狼ってかなり強いって聞いたけど」

「うん、ヤバかった。死ぬかと思った。ていうか、ほとんど死んでた」

「そ、そう。よく生きてたね」

「なんか、もうダメだって思ったら、テレポートしてて」

「てれぽーと?」


 さすがに『テレポート』という単語は通じないらしい。


「あー、瞬間移動?」

「?」


 まだ通じていないと思った朔也は実際に見せることにした。


「こういう感じ」


 言うなり朔也の姿がかき消えた。


「えっ」


 思わず一歩踏み出したカリナの背後から、


「こっち」


 と朔也の声がした。振り向けばさっきまでいた壁と反対側の壁際に朔也が立っていた。


「ま、待って待って」


 待てが多いなと朔也は思ったが、カリナが相手だと不思議に不快にはならなかった。ポンコツ枠だからだろうか。


「今何をしたの?」

「だから、瞬間移動」

「高速移動じゃなくて?」

「たぶん」


 そんな魔法は聞いたこともなかった。体に魔力を巡らせて身体能力を上げる魔法はある。それを使えば通常ではありえないほど速く動くことができるけれど、動きが見えないということはない。だが、今のは全く見えなかった。本当に消えてしまったのだ。


「魔法じゃない?」

「わからない。少なくても私は知らないわ」


 首を振るカリナを見て、朔也は改めてこれは超能力だと確信した。


「どうしました。なにやら騒がしいようですが」


 そこへ寝室から戻ったマチルダがやってきた。ヘレナは護衛として寝室に残っている。


「マ、マチルダ! ウガ、ウガジンが変な魔法を!」

「はい?」


 カリナの動揺が酷すぎていまいち意思が伝わらない。


「パッと消えたと思ったら違う場所にいたのよ! でも身体強化じゃないの。まるで転送魔法みたいだった。でもたぶんそれも違うと思う」


 転送魔法も一瞬にして移動できる魔法だが、それは予め決められた場所の移動に限るし、長い詠唱が必要とされていた。


「……ウガジン。私が見ている前でもできますか?」


 何か思い当たるのか、マチルダがリクエストする。もちろん朔也はオッケーだ。


「じゃあ行きます」


 今度は一呼吸分間を取って発動する。出現場所はマチルダの隣だ。


「っ!」


 これは心臓に悪い。何の前触れも無くそこにいるのだ。そしてマチルダは確信した。


「これは転移魔法ですね」

「あ、魔法なんだ」


 朔也としては超能力だと思っていたのだ。まぁ高度に発達した超能力は魔法と見分けがつかないと言うらしいし、と納得しておいた。


「へぇ、聞いたことないけど、そういう魔法があるんだ」


 カリナは知らなかったらしい。


「伝説級の魔法です。もう百年以上使い手がいません。私もこの目で見るのは初めてです」


 マチルダの説明にカリナは「へぇ~凄い」と無邪気に感心しているが、彼はヒト族なのだ。それが今の魔人ですらできない魔法を事も無げにやってみせたのだ。


「ウガジン……。お前は何者なのですか」


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