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ハーレムとか無理過ぎる 4

 名前を呼ばれたような気がして、カリナは眼をゆっくりと開いた。視界には見知らぬ天井とよく知った顔があった。


「……殿下?」

「カリナ! よかった、気がつきましたか!」


 おかしい。自分は森狼に襲われて死んだはずだ。殿下はヘレナたちと一緒に……。


「……ああ、お労しや殿下。このカリナ、近衛のお役目を果たせず誠に申し訳ございません」


 その自責の念に駆られた表情を見て、王女はカリナの誤解を知った。


「い、生きています。私は生きていますし、あなたもです」

「生きてる?……はっ」


 カリナはばっと上体を起こして、


「で、殿下は御無事ですか?」


 と王女の体を上から下まで見回した。そして「はい」と頬笑みを見せる王女を見て。「よかった」と深く安堵の息を吐いた。


「体の具合はどうですか?」

「はい、問題ありません!」


 しゃきっと立ち上がったカリナは、はてと頭を捻る。


「殿下、私はなぜ生きているのでしょうか」


 それには王女に代わってヘレナが答えた。


「そこのヒト族の男が森でお前を見つけたんだと。で、ここに連れ込んだそうな」


 微妙に悪意の籠った言葉選びに朔也は顔を顰めるほかなかった。その顔をカリナはまじまじと見る。

 継ぎ接ぎだらけの服を着たひょろっと頼りなさそうな(なり)の男の赤茶色の髪には確かに角が無かった。


「ヒト族の男がなぜ……あっ」


 カリナは慌てて自分の頭に手を持っていく。そこに角は無かった。


「角が……」


 カリナの顔面は蒼白になりわなわなと震えだす。


「ヒ、ヒト族の男にこのような姿を見られてしまうとはなんたる失態、なんたる恥辱! もはや生きてはいけない! お前を殺して私も死ぬぅ!」


 言うなりカリナはヘレナの持つ剣を奪って朔也に切りかかった。


「ダメです! カリナ!」


 王女の制止の声に、カリナの剣はピタリと止まった。さすがは近衛、よく訓練されている。


「なぜですか、殿下!」

「そのヒト族の言葉を信じるならば、あなたの命を救ったのはその人です。命の恩人に剣を向けるのは、たとえそれがヒト族であろうとも魔人の信義にもとります」


 凛としたその声はどこか感情を押し殺しているようでもあった。


「私を救った? このヒト族が?」


 カリナは眉を顰めて朔也を見た。


「いったい何のために?」


 何のためと言われても、特に目的があったわけではない朔也には上手く答えることができなかった。それをいいことに、


「おおかた手籠めにでもするつもりだったんだろ」


 ヘレナにあらぬ疑いをかけられてしまった。


「手籠め……」


 女性陣からの視線が痛い。

 そこから逃れたくて朔也は頑張って話題を変えた。


「あ、あの、いいんですか? 角とか」


 朔也が指さした先のカリナの髪は降ろされたままだった。それを見られるのは死ぬほど恥ずかしいのでは?


「あああっ!」


 カリナは大慌てで髪に手をやって、「角! 角!」ときょろきょろと周りを見た。そして朔也に鬼気迫る勢いで聞いてきた。


「鏡! 鏡はないの!」


 朔也はふるふると首を横に振る。


「あーもう! これだからヒト族は!」


 カリナは一言文句を言うとマチルダに泣きついた。


「マチルダ、鏡を出して。お願い」


 マチルダは子供をあやすようにはいはいと言って空中に水玉を出現させた。そしてそれは垂直な平面へと形を変えて鏡のような水面になった。

 カリナはそれに自分の姿を映して髪に手を伸ばすとシュルっと捩じるように指を動かす。するとそれに合わせてエメラルドグリーンの髪が捻じれて見事な角へと伸びていく。


 朔也がそれをほぇーと見ていると、鏡越しにカリナと目が合った。


「なっ、お前! 乙女の角繕いを覗き見るなんて、一度ならずに二度までもぉ!」


 カリナは振り返ると眦を釣り上げてビッと朔也に指を突きつける。


「いい。たとえ角を解いた姿を見たからと言って、私をて、て、手籠めにできると思わないでよぉ!」


 そう言いながら顔を赤らめ涙目になるカリナは朔也の中でポンコツ枠にカテゴライズされた。


 騒々しいカリナを見やりながらなぜかほっこりしている朔也にマチルダは胡乱な眼差しで話しかけた。


「うまく話を誤魔化したつもりかもしれませんが、カリナを連れてきた理由をまだ聞いていません。言えないのなら手籠めということにしますが」


 冗談なのか本気なのかその表情からは判断できなかったが、『気絶していた女性を手籠めにしようとした男』という不名誉な烙印はなんとしても避けたい。朔也はどうにか言葉を絞り出した。


「その、怪我をしてる人がいて、それを助けることができるなら、助けるでしょ? 普通」

「それがおかしいのだ! ヒト族が魔人を助けるなんて普通ではない!」


 朔也の本心からの返答はあっさりヘレナに否定されてしまった。けれど、朔也にはピンとこない。


 そんなに仲が悪いのか? 魔人とヒト族とやらは。

 まぁ俺も最初から印象最悪みたいだったけど、角以外にも何かやらかしてるのかな?


 理解してなそうな朔也にヘレナは低い声で告げる。


「……ヒト族は我々魔人と戦争をしているからだ」


 とてつもなくやらかしていた。

 だが戦争なんて朔也には全く縁の無い言葉だった。日本が戦争をしていたのは何十年も前だし、世界のどこかで起こっている戦争や紛争もディスプレイの向こうの話でしかなかった。今も言われたことに現実味は感じていない。

 朔也は何を言っていいのかわからず黙り込んでしまった。


「……戦争をしていることも覚えていないようですね」


 埒が明かないと思ったマチルダは話を纏めることにした。


「覚えていないって?」


 話に置いてきぼりになっているカリナにヘレナがこれまでの経緯を耳打ちする。


「だとすると、あくまでも善意でカリナを助けたと判断していいでしょう」

「か、手籠めだな」


 ヘレナが混ぜっ返し、カリナが思わず自分の体を抱きしめる。


「……あれ? 傷が無い?」


 そして今更のように無傷の体に気がついた。


「あ、マチルダが治癒してくれたのか」


 この中で治癒魔法が得意なのはマチルダだ。この逃避行中にも何度も目にしている。


「いえ、私ではありません」


 だが返ってきたのは硬質な彼女の声だった。


「じゃあいったい誰が……」


 皆の視線が一斉に朔也に集まった。


「ここに治癒魔法を使える者がいますね? どこですか?」


 マチルダの詰問に朔也は素直に手を挙げた。


「……何ですか?」


 何かのハンドサインだと思われたらしい。


「お、俺、です」

「何を言ってるの、こいつは。常識も覚えていないのかな」


 カリナが蔑みと憐れみが9:1くらいの眼を向ける。


「ヒト族のお前が魔法を使えるわけが「使えるんだよ、こいつは」……えっ?」

「このヒト族は魔法が使えるんだよ」


 ヘレナが繰り返した。


「ありえないわ」

「実際に見たんだよ。風魔法で私の風斬を止めてみせた」

「私の鉄菱も障壁で止められました」


 ヘレナは嫌そうに、マチルダは淡々と事実を告げる。


「じゃ、じゃあこいつは風と障壁の他に治癒も使えるって言うの?」

「そのように言ってはいますが、私は疑っています。ですからまだ他に治癒を使える魔人が隠れているのではないかと。いえ、無理に隠されているのかもしれません」


 マチルダのみならずヘレナもカリナも疑念の籠った視線を向けてきた。

 一難去ってまた一難。今度は監禁強制労働の冤罪の危機だ。だがこれを晴らすのは簡単だ。


「あの、証拠見せればいいですか?」


 そう。目の前で傷を治してみせれば疑いは容易く晴れる。

 マチルダもそれを受け入れた、


「……いいでしょう。やってみせてください」


 許可をもらったので朔也はさっそくカリナに近づいた。


「え、ちょ、な、な、何?」

「だから、傷を治そうと」

「治ってる治ってる」

「でもまだ途中だったから、綺麗に治ってない」


 今までどこか自信無さげだった朔也にグイグイ来られて、カリナは受け身一方になってしまった。


「じゅ、十分綺麗に治ってるわよ! ほら」


 森狼に噛まれた利き手を見せる。若干赤みが残っているがあの傷の酷さを思えば十分な出来だった。

 しかし朔也は首を横に振ると脚を指さす。視線を下げれば、裂かれたズボンから見えるふくらはぎにはまだ抉れたような跡が残っていた。


「俺はこれを治したとは言わない。ちゃんと治したい」

「いや、待って。待ってよ。お前、そう言って乙女の柔肌に触りたいだけでしょう?」


 カリナがキッと睨んできた。普段の朔也ならそれだけで萎縮してしまったかもしれないが、今の彼には冤罪を晴らさなければならないという強い信念があった。ここで引き下がるわけにはいかない。じりじりとカリナに迫る。


「いいじゃないか、カリナ。せっかくだから綺麗に治してもらえ」

「ヘレナ! 他人事だと思って」

「もしお前に何かあったら私が敵を取ってやる」

「何かある前に止めて欲しいんだけど」


 ヘレナとカリナの掛け合いに王女も加勢する。


「カリナ、女性ならば肌は大切にするものですよ」

「殿下、これくらいの傷、剣士ならば日常茶飯事ですから」

「カリナ、事実の確認が必要なのです。諦めなさい」

「マチルダの裏切者ぉ」


 全員に後ろから押される形でカリナは朔也の治癒魔法を受けざるをえなくなった。


 ソファーに座らされたカリナは朔也の両手がふくらはぎを包むと一瞬ビクっと震えた。そして朔也の手から暖かい何かが流れてきたのがわかった。


「治れぇ~」


 気の抜けるような声をかけながら朔也の手がカリナのふくらはぎをゆっくりと移動していく。すると暖かさとくすぐったさが混じったような何とも言えない気持ちよさが伝わってきた。


 た、確かに魔法を使っているようだけど……。


 治癒魔法は以前に何度も受けたことはあるが、これほどの心地よさは初めてだった。

 カリナは腹の奥が熱くなるような不思議な感じを受けながら2度3度とふくらはぎを擦る朔也をボーっと見ていた。


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