プロローグ
小説家になろうでは2作目になります。
初めて3人称視点で書いてみました。
1日1話ずつ投稿していきますので、よろしくお願いします。
トラックドライバーの宇賀神朔也は人付き合いが苦手だった。
幼い頃はそうでもなかったのだが、思春期に入ってからは人と関わることがなんとなく煩わしく感じるようになり、独りで過ごすことが多くなった。周りとの最低限の会話はできたが、それ以上積極的に関わろうとはしなかった。その結果、他人との関係をうまく構築できない所謂『コミュ障』と呼ばれる存在になっていた。
高いコミュニケーション能力が評価される今の社会はコミュ障には生きづらい。けれども身に沁みついたコミュ障は簡単に改善できるものではなかったし、本人にその気も無かった。
そんな朔也がトラックドライバーという職に就いているのは、コミュ障の自分に合っていると思ったからだ。資材や製品を乗せていくつかある指定工場の間を行き来するだけなので、関わる人間も会話も少なくて済んでいた。
むろんトラックドライバー=コミュ障というわけではない。同僚のドライバーには社交的な者も少なくなく、配達先で人気者になる者もいれば仲間内で草野球チームを作ってエンジョイしている者もいる。それでも朔也はコミュ障でもやっていけるこの仕事を気に入っていたし、やりがいも感じていた。
今日も今日とて滞りなく配送を終えた朔也は、後は会社へ戻るだけと通り慣れた県道を走っていた。
前方の信号が赤から青に変わるのを見てスピードをそのままに通過しようとしたその時、左からブレザー姿の男子高校生が道路に飛び出してきた。手にしたスマホに視線を落としたまま、耳にはワイヤレスのイヤホンを付けている。
朔也は脊髄反射の如くブレーキを踏み込んで、ハンドルは右では轢いてしまうと瞬時に判断して左に切った。
後で誰かに語る機会があれば、自分史上最善最速の判断と操作だったと自慢できただろう。けれどその機会は永遠に来なかった。
全く気付く様子の無い男子が視界の右に流れていく。
衝撃は無い。なんとか撥ねずに済んだか?
ほっとする朔也の目前に電柱が迫り、激しい衝撃と共にエアバッグが視界を覆った。
朔也の記憶はそこで途切れた。
名前を呼ばれたような気がした。
なんなら頬を叩かれた感触もあった。
「いいかげん目を覚ましなさいよ!」
剣呑な様子の女性の声に、朔也がうっすらと眼を開けると、そこには今まさにグーにした左手を振り下ろそうとしている女性が映った。
「え、あ……あぐっ」
朔也はすぐに目覚めたことを伝えようとしたが、そこはコミュ障、とっさに言葉がでてこないまま女性のグーパンをもらうことになってしまった。
「あ、あの、起きましたから」
右頬をさすりながら体を起こした朔也が見たものは、インドの映画に出てきそうな煌びやかな衣装を着た妙齢の褐色美人だった。ただしその表情は険しい。そしてその背景はどこまでも白い空間だ。右をみても左を見ても振り返ってもただただ白い空間が続いている。
「あの、ここは?」
「ここは管理空間よ」
褐色美人は当然というように答える。
管理空間? 朔也にはさっぱり意味がわからなかった。
「あんたがわかる必要は無いわ。あと、私はこの世界の管理者ね」
言葉にしていないのに指摘され、なんだか心を読まれているようだと朔也が不気味に思っていると、
「あんたの感想なんてどうでもいいのよ。とにかく、あんたは死んだの」
世界の管理者を自称する美人に唐突に自分の死を告げられてしまった。
死んだ? ……ああ、電柱に衝突して死んだのか。そうか、死んでしまったのか。
朔也は戸惑いながらも意外にすんなりと死を受け入れていた。更には自分の死後の心配までし始める。
トラックの損傷はどれくらいだろう? 会社には迷惑をかけちゃうな。すみません、社長。まぁ配送中でなかったのが不幸中の幸いということで許してください。あ、そういえばあの高校生はどうなった?
「無事よ。かすり傷一つないわ」
自分の思考に割り込んできた声にビックリしたが、どうやら人身事故は避けられたらしい。よかったと朔也は心から安堵した。
「ぜんっぜん良くないわよ!」
なぜか管理者によって朔也の安堵は否定されてしまった。
「いい? あの男子高校生はトラックに惹かれて死んで、異世界に勇者として転生するはずだったのよ! あんたのせいで計画が台無じゃない!」
トラックに轢かれて異世界に転生……。
いくつか読んだファンタジー小説の中にそんな描写があったなと、朔也は思った。その時は轢いた方のドライバーに同情したものだが、まさか自分がその当事者になるとは思わなかった。まぁ自分は轢かずに済んだが。
どことなく満足げな朔也の様子に彼女のボルテージが上がった。
「何いい仕事したみたいな顔してるのよ! あんたもトラックドライバーならちゃんと轢き殺しなさいよ!」
こいつ無茶苦茶言うな。全国のトラックドライバーに謝れ。
朔也はそう強く指摘した。コミュ障なので心の中で。
でもまぁ言葉にしなくても彼女には聞こえているみたいだしと、ちらりと視線を向けると、
「あーもう。せっかく準備した転移エネルギーもリセットしなくちゃダメかぁ。今から集め直すとすると、転生じゃ間に合わないわね。転移、それとも召喚にしようかしら? 勇者召喚の儀式をするようにあの子たちに神託を下して……」
管理者は朔也を無視してブツブツと独り言を呟いていた。
朔也は黙ってそれを聞いていたが、内心ではこの状況に困っていた。
いつまでこうしていればいいのか。そもそもなぜ自分はここにいるのか。その疑問を聞いてみればいいのだが、朔也には難易度の高いミッションだ。
次のタイミングで質問するぞ、という意気込みを十何回か繰り返してから、
「あ、あのおぅっ!」
やっとの思いでかけた声は変なイントネーションの大声になった。
「……何?」
不機嫌に振り向く彼女に、朔也は何とか言葉を絞り出す。
「あ、えっと、俺は何でここにいるんでしょう、か」
尻すぼみになる質問に、彼女は思い出したように答えを返してきた。
「あー、そうだった。実はねぇ、転移エネルギーが臨界なのよ。一旦使ってリセットしないと次の転移エネルギーを集められないし、丁度死んだあんたの魂を転移させようと思ってね。あんた、ラッキーだったわね」
何一つラッキーなことはないのだがと心の中で反論しつつ、朔也は確認のために聞いてみた。
「えっと、じゃあ俺がその高校生の代わりに転生するんですか? その、勇者とかに」
「あんたバカ? そんなわけないでしょ」
あっさり否定された。ついでにディスられた。
「勇者っていう重要な役は誰にでもできるものじゃないのよ。あの子ならそれができるって目を付けてたのに」
「あの、じゃあ俺はどんな人間に転生するんですか?」
「うーん、そうね……」
管理者は何かを探すように視線を下に向けてから、ポンと軽く両手を合わせた。
「あ、ちょうど今死んだのがいるから、そこに転移させるわ」
「え、転移? 転生じゃないんですか? ていうか、死んだって――」
「あー、ごちゃごちゃうるさいなー。もう時間ないから。ほら、転移しなさいよ、転移」
「え、ちょっ」
管理者が手をペイっと振ると、あっという間に朔也の姿は白い空間から消え去った。