婚約破棄という噂が流れていましたが……
拙作「コミュ障は異世界でもやっぱり生きづらい」書籍化・コミカライズ連載中!&毎週金曜20時更新予定です。よろしくお願いいたします!
トーアル王国にて、年の始まりを祝うパーティが行われた。
国内の貴族たちが集まり、国の繁栄を祝うこのパーティは当然ながら政治的にもそれなりの意味を持つ。不参加の貴族は国に反意アリと思われかねないからだ。
そんな重要なパーティでまことしやかに流れている噂がある。
立太子を控えた王子が、婚約を破棄する、というモノだ。
トーアル王国の第一王子、イーサン。
彼は現在王立学園へ通う学生の身ではあるが、次期国王となることは間違いないと目されている人物だ。特別何かが秀でているというわけではないが、全てが平均以上。王になれば可もなく不可もなく、しかし戦争を起こすことなく平和な一時代を築くのではないかと言われている温厚な人物だ。稀代の美姫と呼ばれた王妃譲りの金髪と、王に似た優し気な緑の目を持つ彼は当然のように女性人気も高い。
特に留学に来ている他国の姫君や、最近貴族の家に養子となった聖女が、学園でいつも彼の傍に控えているらしい。
と、いうのも王子の幼少期からの婚約者であるサンセトル公爵家の令嬢、ユーリは学園を休みがちなのである。良家の子女にありがちな「蒲柳の質」という噂も聞かず、実際のところどうなのかと事情通の高位貴族に聞けば何故か彼らはこぞって目を逸らし口を閉ざす始末。
本来であれば王子とともに学園へ通うべきなのだが――。
「でも、婚約破棄なんて、ねぇ?」
そんな噂話に興じているのは一人や二人ではない。下位貴族や商人等からの成り上がり貴族たちは愉快そうに口の端にその話題をのぼらせている。
そんな人々の思惑が渦巻く中、当の本人であるイーサン王子が入場してきた。
「王子、一人……?」
「いえ、あれを見て。あれは……」
普通であればイーサン王子は将来の伴侶となるユーリ嬢とともに入場するはずだ。しかし、彼は誰もエスコートすることなく単身でパーティ会場に現れた。
そして何故か、彼の後ろから隣国の第十三姫君であるアーカン姫と聖女メダが付き従っていた。
その姿を見て口さがない者たちがにわかに色めき立つ。
『王子はユーリを娶るつもりがない』
『あの二人のうちどちらかが、将来の王妃だ』
ざわり、とそんな思念が会場でうねりをあげる。
と、そのとき、王子が大きく息を吸い、よく通る声を発した。
「今宵は、皆に聞いてほしいことがある」
シン、と会場が静まり返る。
人々の不安と期待が渦巻く中、続けて彼は口を開いた。
「言わぬことこそ美徳でもある。しかし時には、本心に向き合うことも、決して悪ではないだろう」
その言葉に、王子の後ろに控えていたアーカン姫と聖女メダが殊勝げに伏せていた顔を同時に上げた。そしてお互いのそんな動きに気付き、牽制するように睨み合いを始める。
だが、王子にはそれらが全く目に入っていないようだった。
「私はーー」
王子が何かを言いかけたその時だった。
会場のドアが無遠慮にバーンと開かれる。そして、その向こうから一人の令嬢が現れたのだった。
「大っ変遅くなりましたわ! 魔法で治水工事をしておりましたらいつの間にか魔物のスタンピードに巻き込まれまして! ですがご安心くださいまし、ドラゴンゾンビ含め全てを殲滅してまいりました!」
平凡な茶色の髪を、結い上げることもなく現れた令嬢。その人こそが、噂の王子の婚約者であるユーリ・サンセトル公爵令嬢だ。
なお、この短いセリフの中に複数のツッコミどころがあるのは近しい人間にとっては既に慣れたことである。
そして、王子はといえば。
「ユーリ! まさかそんなことまでしてくれていたとは。いつも本当にすまない。私が貧弱なばかりに」
感激のあまり頬を紅潮させて、彼女を足早に迎えにいった。人々の手前踏みとどまったが、二人きりであれば即座に抱きしめていただろうことが伺える。
対するユーリはと言えば、そんな王子の対応がいつものことであるように受け止めていた。
「何をおっしゃいますの。適材適所というではありませんか。わたくしこそ、貴方様のお役に立てて嬉しいです。貴方が完璧な王子様だからこそわたくしは安心して特技を活かせるのですわ」
なお、王子の武術の腕は騎士団長クラスには敵わない程度。魔法の腕は国お抱えの魔術部隊に入れば上の中程度、といったところだろうか。貧弱とは?
「ちょ、ちょっとお待ち下さい!」
「そうよそうよ! 王子様が何か喋ろうとしてたのに邪魔しないでよ!」
先程まで睨み合ってたはずのアーカン姫と聖女メダが息を合わせて抗議をする。確かに、このツッコミは正しい、かもしれない。
「あら、イーサン様何かスピーチでも? 素晴らしいわ。わたくしはそういったことが不得手だから羨ましい」
「いや、そんなことはないが。そうだね、良ければ君も聞いてほしい。面と向かって言うのは少し照れくさいのだけれど」
ユーリ嬢とイーサン王子の周りがハートマークやらピンクの空気やらで包まれている幻覚を、多くの貴族が目撃したことだろう。しかし、彼らは止まらない。
「本日私が言いたかったのは、こんな私を受け止めてくれる、いや、管理してくれるのはユーリ以外にいないということなんだ」
この言葉に、あまり王子と接する機会がなかった下位貴族たちがピシリと固まった。なお、イーサン王子の妹にあたり、王位継承権二位のアレクサンドラ姫はバカでかいため息とともに「また始まったよ、この兄」と吐き捨てた。彼女や王子の側近たちも言葉には出さないが似たような態度をとっている。
ちなみに、現王と王妃は遠い目をしながら上座で二人お茶会を始めていた。
「いやですわ、そんな、管理だなんて……。誠心誠意務めますけれども」
ユーリ嬢だけがほんのりと顔をあからめているなか、イーサン王子のスピーチは続く。
「皆も知っての通り、私は凡才だ。勿論国を背負う身として努力はしているつもりだが、私には突出したものは何もない。そんな私を管理してくれるのは彼女しかいないと確信したのは、忘れもしない王国歴334年銀の月3の日、薄曇りの中から太陽が少し顔を覗かせた11の鐘がなる少し前、我々が5歳時の婚約者選びのパーティのときだ」
王子の顔が当時を思い出したのか、嬉しげな笑みに染まる。そこだけを見るならば、確かに非の打ち所のないイケメンだ。絵に描いて額縁に飾るには良いだろう。何せ、絵は喋らない。
「彼女は婚約者としてのアピールタイムのときに『わたくし、おうじひきょういく、むいてません!』と正直に申し出てくれたんだ。
『なので、そのかわりにダンジョンぶっちゅぶしてまいりますね!』
と。あのときの彼女は自信に満ち溢れていて本当にかっこよかった。しかもそれだけじゃない。たったの十日でそれを成し遂げたんだ。移動日数を抜けばたったの三日。それがどれほど凄いことか、賢明な皆ならわかってくれるだろう?」
「いやだわ、イーサン様ったら。幼かったとはいえソロ攻略に三日もかけてしまったのです。そんな風に自慢するのはやめてくださいまし」
「何を言う。ダンジョン踏破の証である最深部の宝箱からでた宝玉は未だに私の宝物だよ」
「普通はソロ踏破自体が無理なんですよねぇ。普通は」
ボソリと呟いたのは胃を抑えているイーサン王子の側近の一人だったか。そのツッコミができる時点で彼もまた大人物である。その他大勢の貴族は扇で口元を隠すことすら忘れてポカンと口をあけるしかなかった。
「それ以来、ユーリはダンジョンを踏破するたびにお土産をくれたんだ。ある時は美しい短剣をプレゼントしてくれてね。なんと思念が込められていたんだ。当初は『殺せ、殺せ』と言っていたのだけれども……そう、私が頑張って本能を殺していることが、その短剣にバレていたんだ。だからいっそのこと本音語ることにしたんだ。『彼女に愛されたい、押し倒されたい、痕をつけられたい。所有してほしい、殺されたい』と。するとね、魔剣も理解を示してくれたんだ。今は『もう何も言わない、何もしないから語らないでくれ』と言うようになった」
「命吸いの魔剣ですね。様々な研究から王子とユーリ嬢にのみ無害であると立証されました」
またも死んだ目をした側近が語る。魔剣を屈伏させる王子の語りが、今ここで披露されているらしい。
「で、でもぉ……巷ではユーリ様はあまり王妃にはむいてないんじゃないかって言われてません?」
ここで一人の勇者(と書いて愚者と読むのかもしれない)が立ち上がった。聖女メダである。この演説を聞いてなお立ち向かう勇気は称賛に値するかもしれないが、勇気と無謀は違うことだけは学んだほうがいいかもしれない。
そんな彼女に対して、王子は普段と変わらぬ優しげな笑みを浮かべながら諭すように語りかけた。
「世間がどう言っているかは私も聞き及んでいるが、真実は逆なんだ。私が彼女に相応しくないんだよ。私にはドラゴンゾンビのソロ討伐なんて無理だからね」
「わ、わたしなら頑張れば浄化できますわ! 聖女ですし!」
必死にアピールする聖女メダ。しかし、その声には若干の焦りがあった。それはそうだろう。彼女が聖なる力を使い始めたのはほんの数年前。小さなレイスを払ったのがきっかけだ。そこから彼女なりに努力を重ね、アンデッドを退けたり人々を癒やしてきた。
しかし、凶悪なブレスを吐き腐臭を撒き散らしながら暴れるドラゴンゾンビなど、目にしたこともない。勢いで口に出してはみたが、やれと言われた時にできる自信はなかった。
「そうか、聖女メダも素晴らしい才能を持ち研鑽を重ねているのだね。でも、ユーリの素晴らしさは対アンデッドだけではないんだ。どんな魔物だって彼女には敵わない。しかも膨大な魔力を持っているから今回のように力技で治水工事なんかも任せられてしまう。そうそう、以前迷子のレッドドラゴンが山火事を起こした時なんかは土砂降りの雨を降らせて鎮火し、ついでにドラゴンを殴り飛ばしていたね。本当に彼女は素晴らしい」
「レッドドラゴンを……なぐりとばす?」
蕩々と語る王子の後ろでメダは呆然と呟いた。
レッドドラゴンは全身を頑丈かつ高温な鱗に覆われたドラゴンだ。ドラゴンゾンビよりも更に上の危険度があり、そう易々と殴り飛ばせる魔物ではない。
普通であれば。
「あの頃はまだ未熟でしたので素材をいくらかダメにしてしまいましたわ……」
「レッドドラゴンによる被害は軽微。かつ、無事だった素材を売り飛ばしたおかげで国庫はむしろプラスになりました。悲観しなくてもよいですよ」
反省のため息をつくユーリ嬢をフォローしたのは優雅な仕草でお茶を楽しんでいた王妃だった。音もなくティーカップを置き、ユーリに微笑みかける。
流石に王妃は何かしらの感情を露わにすることはなかったが、その目はどこか遠くを見ているようだった。
「で、ですがユーリ様は語学があまり堪能ではないと聞いておりますわ!」
勇者その二が現れた。隣国のアーカン姫である。彼女自身は留学にきてかなりの好成績をおさめている。特に言語には自信があり周辺諸国の少数民族の言葉すらも操れるとか。
圧倒的エピソードを前に撃沈した聖女にかわって追撃を仕掛ける。
「そういえば、我が国の訛り丸出しで外交に臨んだという噂を聞いたことがあるな……」
「語学の授業に出ていないと聞いているぞ」
「そもそも学園にあまり通っていないらしいしな……」
「そうですわ! その点私であれば……」
周囲の貴族たちから、そんな声が漏れる。その尻馬にのるように勢いづいてアピールしようとしたアーカン姫。
しかしながら、声高に演説を続けるイーサン王子に遮られてしまった。
「あぁ、知っている者もいたのか。そう、あれは北国からの支援要請がきたときだね。アイスフェアリーの大量発生でかの国全体が危機に陥ってるときだ。彼女はこう言ったんだ」
アイスフェアリーとは、別名を雪の精とも言う。各国に眠りの季節である冬をもたらす妖精に近しい存在だが、大量発生すると厳冬となり、国が滅んだ例もあるほどだ。
だが、倒そうとすると、これがなかなかどうして面倒くさい。実体がないので物理攻撃が効かず、通る魔法攻撃は火魔法のみ。アイスフェアリーが存在する地域は極寒なため、火魔法を使い続ける集中力が試される。
どうにか倒したとしてもその後素材が落ちるわけでもなく、ただ消えるだけという美味しくない存在だ。まともな冒険者なら退治依頼は受けない厄介者である。
『そーりー! あいきゃんとすぴーくそちらのげんご。ばっと、あいきゃんまものみなごろし!』
「身振り手振りを添えて言い切った彼女のことを、私は心底誇らしく思ったよ。勿論、彼女の所有物として、私もできる限りの通訳は行ったよ」
「イーサン様、とても素敵でした」
うっとりと見つめ合うユーリとイーサン。まさに全ては蚊帳の外だ。
満足するまで見つめ合ったあと、ようやくイーサン王子は言葉を続けた
「それにね、かの国の方もいたく感激してくれたんだ。やはり言語はツールにしかすぎず、伝える気持ちこそが大事なのだと」
「いや、最初はドン引きしてましたし、最後は一人で殲滅する姿にもドン引きしてましたよ。感謝もされましたけど」
またしてもボソリと呟く死んだ目をした王子の側近。
国を危機に陥れるほどに大量発生したアイスフェアリーを一人で殲滅してたらそりゃドン引きしつつ、感謝せざるを得ないだろう。感謝しなければその矛先が自国に向くかもしれないのであれば余計に。
「もう、あまり人前で褒めないでくださいまし。恥ずかしいですわ」
「いや、我が国の宝は大いに宣伝せねば。それに、言いたいことを溜め込みすぎるのは良くない」
完全なる二人の世界だ。
だがそこは次代の国を背負う者。周囲への気遣いはギリギリ忘れていなかった。
「皆、時間をとってくれてありがとう。私はどうしても彼女の素晴らしさを皆と共有したかったんだ。新年を言祝ぐのとともに、彼女の素晴らしさも皆と語り合いたいのだが……」
いや、やはり気遣いはどこかに忘れてきているかもしれない。王妃の腹の中とかに。しかし彼は腐っても、ちょっとおかしくても王子。そんな彼の提案を無下にしては今後良くないのではないかと貴族たちの間に緊張が走る。
「息子よ、あまり彼女の素晴らしさを広めすぎると困るのはお前ではないか?」
「どういう意味でしょう、父上」
暴走の一途を辿る王子に待ったをかけたのは、この国の最高権力者である王だった。だがその表情はなかなか苦悶に満ちている。この暴走を止められる地位にいるのは自分くらいであるという自覚と、どうやったら止まるんだという葛藤で揺れていた。
「そのーなんだ。彼女の負担になるのではないか?」
「……はっ! 確かに! 彼女が優秀すぎることを知ってしまえば私以外にも管理希望者が殺到してしまうかも……」
(んなわけあるかい!!!)
その場の皆の心が一つになった。
だが、それを口に出す訳にはいかない。むしろ、この勘違いを促進させねば。
さもないと、この後待ってるのはユーリを褒め称える会なのだ。
「そうそう、そういうことだ。もしどうしても語りたければユーリ嬢本人に言えば良い」
「普段から言っているつもりではありますが……」
「えーと、そうだな。あれだ。お前と同じように管理してもらっている同志を見つけると良いのではないか。そういう人物なら新たにユーリ嬢に管理されたいと思ったりしないだろうし」
「なるほど! この、所有されたいという欲をわかちあえる同志! 素晴らしい!」
心得た、と顔を輝かせた王子が周囲を見渡す。
当然ながら、王子と目が合うものはいなかった。
そう、先程まで「あわよくば王子の相手に……」と思っていた二人もだ。
(婚約者押しのけて玉の輿、とか思ってたけどこれ無理じゃない? 管理されたいってどういうこと!? どうなってるのよこの国! アレが次期王様でいいわけ!?)
(自国が先約いっぱいだから他国にって勇んできましたけれど、イーサン王子ハズレもよいところでは? 少なくとも私の手には余りますわ)
イーサン王子のツッコミどころ満載の発言とそこからにじみ出る何か、それらをなんてことないとでも言うように受け入れるユーリ嬢にドン引く聖女メダとアーカン姫。
そして目があった二人は、身分の差をこえて硬い握手をかわしたとか。
かくして、新年を祝うパーティは既知の者には更なる諦観を、未知だった者には深い混乱をもたらし、国を超えた女の友情を育んで幕を閉じたのだった。
【お願い】
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